第128話
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「小娘ッ! 貴様いつの間に……!」「キヨラちゃんに、手出しはさせない!」「小癪な……!
貴様から埴輪にしてやろうかァッ!?」青筋を浮かべたちひろが腕を大きく振りかぶる。その姿に、キヨラはハッとして立ち上がろうとした。しかし、それはトオルの手によって阻止される。「トオルちゃ、」「キヨラちゃんは、勝つ方法だけ考えて」真剣な眼差しと真剣な声に、キヨラは何もいう事が出来なかった。その瞬間、離れた術により、先ほどの倍以上の威力を持った熱風が二人——否、トオルを襲う。トオルはふくよかな体にキヨラをすっぽりと隠すと、受ける痛みに悲鳴を噛み殺した。「ッ——!!」「トオルちゃん!」「だい、丈夫……!」じりじりと焼けていく全身。直に熱風を受けた服は焼け、現れた皮膚から彼女の体を焼いていく。一瞬にして遠退く意識をトオルは根性で引き寄せた。——此処で倒れる訳にはいかない。トオルはほとんど自棄になった気持ちで、その場に踏ん張った。しかし、離れた術の熱は異常なほどに熱く、トオルは遠のく意識を引き戻すことが出来なかった。「トオルちゃん!」薄れていく意識の中、キヨラの呼ぶ声がした。トオルはキヨラを抱えるようにして倒れ込むと、そのまま気絶してしまった。キヨラは、じゅわりと焼ける自分の手も構わず、トオルの体を受け止めた。「トオルちゃん、しっかりして!」「ハハハッ!
無様じゃねぇか! なァ?!」「ッ、黙りなさい!」キヨラは初めて声を張り上げた。「人を騙した上、無抵抗の人間をいたぶって……何が楽しいの!?」「楽しい?
バカな事言うなよ。必要な犠牲だ。こいつらも、その小娘も」「ッ、腹立たしいくらい、心底腐ってるわね……!」「面白れぇじゃねぇか。そんな男が君の主になるんだぜ?
中々出来ない体験だ! よかったなァ?」下衆の笑みを浮かべるちひろに、キヨラは顔を怒りへと染め上げた。よかった……?
そんなわけ、ないだろう。「アンタと対等な存在になりたいと思っていた、私が馬鹿だったわ」「ハッ。今更知ったところでどうなる?
お前はここで終わりなんだよォ!」「絶対に、許さない!」キヨラはトオルの体をゆっくりと地面に下ろすと、大きく飛び上がった。ちひろの術がキヨラに向かって放たれる。しかし、キヨラは火傷を顧みないまま、スカートの下に付けていたベルトから、gunを取り出した。熱風での対決は不利だ。光線ももしかしたら熱に負けてしまうかもしれない。かくなる上は——。
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「死ねぇええ!!」キヨラは渾身の力を振り絞って、gunの引き金を引いた。温風ではない。冷風の引き金を。「何ィ!?」メキメキと凍っていく炎。溶かされるよりも先に上から抑えつけるように冷風が吹き荒れ、それはちひろの元にまで及んだ。「く、そ、ガキャあ!!」頭の先から一気に凍り付いていくちひろ。その姿をキヨラは最後まで見つめると、数秒後、凍った彼の姿は氷と一緒に砕け散った。キラキラと光を反射させる氷の数々。その光景はまるでクールな印象を持つ“モデル
ちひろ”のように綺麗で、美しかった。「……その顔でそんな言葉遣い、聞きたくなかったわ」猫を被っていたとしても、プロ意識を持ったちひろの仕事への姿勢は、キヨラの目指すものそのものだったのだ。一度持った憧れをそう簡単に振り切るなんて事は、幼いキヨラにはまだ難しかった。
キヨラは散る氷が最後までなくなるのを見送ると、トオルの元へと向かった。火傷に呻くトオルに、自分の上着でくるんだ氷を当ててやる。これで少しでも冷えればいいのだけれど……。「……それにしても、力、使いすぎちゃったな……」「トオル!」「キヨラ様!」ふと、聞こえた声に振り返る。焦った様子の大人の姿に、キヨラはしばし思考を巡らせ、『嗚呼』と思い出した。「おばさま。おじさま」「そのような呼び方は……いえ。今はこの話は置いておきましょう。まずは二人を病院へ」「ええ。キヨラ様、向かうのは私達の知り合いの病院ですが、問題ございませんか?」「……ええ。早くトオルちゃんをお医者様に」「もちろんです」頷く男女——トオルの父と母に、キヨラは安堵に息を吐くと、ゆっくりと意識を手放した。
目を覚ました瞬間、目の前に広がる光景に「……最近多いわね、この光景」と呟いてしまったのは、仕方がないだろう。
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