第203話 ~閑話:とある人外娘の過日~

「……… 何これ、最悪」

 

 乱暴にがされた下着や、均整の取れた肢体にこびり付く野盗たちの精液を指先でなぞり、街道脇の草むらへ連れ込まれて輪姦された挙句あげく、勢い余ってめ殺された旅装の娘が溜息を零す。


 沈思黙考、一時的な仮死状態におちいったことで、みずから忘却の彼方かなたに沈めていた “何者であるか” の事実を思い出し、半裸の少女ドロテアは突然の哄笑こうしょうを響かせた。


「ふふ、あははっ、これはこれで未知! 初めての経験!!」


 先ほど殺されるまで続いた “流民の人生” を思い浮かべ、けがされた華奢きゃしゃな身体を抱き締めながら、言い得ぬ多幸感に蕃神ばんしんの眷属が打ち震える。


 永劫えいごうを生きるゆえにすべてが色せ、何をしても既知きちであるという倦怠けんたい感にさいなまれていた彼女は、どうしようもなく “知らない刺激” に飢えていたのだ。


 連綿れんめんと蓄積された記憶や人外の権能をすべて投げ捨て、無知で非力な劣等種ニンゲンの小娘に身をやつしても、一向に構わないと考えるくらいには。


 完全な不死でなくとも不老の長命種にとっては泡沫うたかたごと刹那せつなの夢、最後はってたかって暴漢の嬲り者にされたが、それもまた一興。


「凄まじく不快だけどね、あの下郎ども一人残らずくびり殺して… あぁ、いつ以来かな? こんなに怒りを覚えるの。くふっ、駄目、笑いが止まらないわ」


 はたから見れば支離滅裂な言動を繰り返しつつも、細い指先で名状しがたい魔術文字を虚空につづると球形門スフィアが開いて、次元の狭間から不定形の生物がしたたり落ちてくる。


 無数の多眼を不規則にうごめかせ、ご主人様を見つけた “意志ある粘液ショゴス" は嬉しそうに震えて、半ゼリー状の粘体を小刻みに波打たせた。


「綺麗にして、気持ち悪い」

「テヶ―ㇼ―ㇼ!!」


 奉仕種族の本能が刺激されたらしく、歓喜の声を上げると同時に飛び跳ねて、体積を何倍にも膨張させた半透明の怪異が少女を包み、衣服の残骸ごと男たちの体液や汚れを消化していく。


 されども脆弱ぜいじゃくな人の身であれば、またたに溶かされてしまう強酸性の粘液であろうと、可憐な外見に反して強靭きょうじんきわまる皮膚をそこなうことはできない。


 一糸まとわぬ姿になった彼女が立ち上がって右腕を振り払うと、引き裂かれた空間より溢れだした闇が身体にからみつき、瀟洒しょうしゃな黒極のドレスとなった。


 ついでに全身の細胞も入れ替え、蕃神ばんしんつらなる本来の基本性能スペックを取り戻した上で、復讐とやらを経験すべく、狼藉者の野盗たちを追い求めるのだが……


 どうやら、それなりの時間がっていたようで、はからずもくだんの連中に襲われた直後とおぼしき街道沿いの村落へ辿たどり着いた。


「ん… 死体ガラクタだらけ、全滅かしら? 残念、余興を見逃したわね」


 ほど悔しがるでもなく呟き、臙脂えんじ色の髪をげれば、人外たる少女の優れた聴覚にかすかな呻き声が聞こえてくる。


 今にも途切れそうな呼吸音を拾って歩いた先、燃え崩れた家と地面に挟まれて、熾火おきびに身体をあぶられながら、息絶えようとしている六歳前後の子供がいた。


 その小さな身体には崩落時にかばったのか、母親らしき残骸がおおいかぶさっているのも瓦礫がれきの隙間からうかがい見えた。


(しゅの存続を考えた場合、弱い存在から切り捨てるのが正しい、のだけれどね)


 以前、飢饉ききんに襲われた土地でも生存率が高く、生産性のある大人たちがみずから犠牲となって食料をち、死にやすくて未熟な子供らに与えていた “奇行きこう” を思い出す。


 少なくない数の働き手が共倒れになって、翌年以降も厳しい状況は継続するという、愚かな選択に想いを馳せている間にも、耳朶じだに届く吐息は細くなっていった。


「っ… ぅぁ……」

「……… 意識があるうちに聞くけど、もっと生きたい?」


 単なる暇潰ひまつぶしのたわむれ、このり取りがり方を変えるとは露知つゆしらず、気だるげにかがんだ少女が手を差し伸べると、それをつかんだ幼い子供は一度だけうなずいて気絶した。


 記憶、記憶、遠い記憶、魂魄を形成する曖昧あいまいなもの。


 微睡まどろみの中で垣間かいま見えた百年以上も昔の情景に触発されて、当時と変わらない少女姿の自身を抱いて眠る “いとし子” のたくましい胸板にほおずりする。


 もはや、過日の面影はなく、外法に手を染めた屈強な老人となっているも、文字の読み書きから野盗の殺し方まで、生きる術を教えた可愛い弟子に違いない。


 特殊な二重ロリコン & マザコンの悪癖を持つように仕向けたとはえ、無条件に等しい信頼をって愛されるという、望外の出来事できごとは彼女のかわいた部分を大いに満たしてくれた。


(今なら、命をして弱きものをかばう行為の意味… 理解できている、のでしょうか? 本当にはやくの身を孕ませて欲しいものです)


 既に子育てはアルトで経験済みだが、腹を痛めて産む初子はつごに興味は尽きない。


 妄想を膨らませながらも、まだ起きるような時間帯ではないため、人ならざる少女は乱れた着衣のまま義息ぎそくでもある老教授に素足すあしからませて、研究室にもうけられたベッドの上でまぶたを閉じた。

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