第185話 ~ とある独立都市の談合 ~

 同じ頃、にぎやかな某食堂と対照的に静まり返っている独立都市イルファの議事堂、そこの小会議室に一人、また一人と外套のフードを深く被った者達がつどう。


 謝肉祭の夜ではあれど、まったく酒の匂いを感じさせない彼らは互いに既知きちだが、ほのかな蝋燭の明かりがともる室内の静寂を壊したくないようで、黙ったまままとめ役の青年が訪れるのを待っていた。


「… 申し訳ありません、さかり場の見まわりに手間取りました」


「伝染病が鎮まって三ヶ月、まだ油断は禁物だからな」

「過密な場所はなかったですか、セルジ殿?」


 実質的な市政の舵取りをになうスピネージ議長や、周辺一帯に及ぶ管轄地域の普公教会をべるカルヴォダ司教から尋ねられ、こくりと貿易商の長男が首肯する。


 まだ、裏通りに腐った死体が散乱していた記憶は色せておらず、第二次支援団がぶん屋に書かせた注意喚起をうながす新聞記事の効果もあって、酒場や食堂にめかけての馬鹿騒ぎは起こってないようだ。


「うちの連中も今年は家でかみさんと飲んでるよ」

「お陰でもうからず、こっちは不満だけどな」


 やりきれない感じで商業組合ギルドの長が呟き、高級そうな会議机に頬杖を突いて、ほがらかに語った職人組合の長を軽く睨めば、“まぁまぁ” とセルジが会話に割り込む。


「謝肉祭の緊縮に合わせて、仕入れる商品の傾向を調整したのでは?」

「限度があるだろ、皆が街中に屋台出して盛大にやるのとは売上の規模が違う」


 上半期の稼ぎ時が潰れたとなげきながら、彼は話を続けようとするも… 切りがないため、隣席にいた副組合ギルド長にとどめられてしまう。


 そこで挨拶代わりの雑談が終わり、不定期にり行われる有力者達の談合が始まってすぐ、まとめ役の青年は軽い前置きなど挟んで提案があると申し入れた。


「来月末に予定されているグラシア王国への帰属を問う住民投票、その直前に港湾都市ハザルとの友好式典を捻じ込めませんか?」


「それはまた急な話だな、理由と仔細しさいを聞いても?」

「単なる票固めの一環ですよ、蒸気機関を積んだ市営商船が間に合いそうなので」


 出所不肖な遺失技術の供与もあり、驚異的な速度で建造中の代物を披露ひろうして編入先であるウェルゼリア領、もとい若君わかぎみの素晴らしさを広めたいと皆にのたまえど、外燃式動力機関の彼是あれこれは秘されているゆえに微妙な反応しか返ってこない。


 他者の欲しがるモノを見抜く能力にけたセルジにしては、何やら要領を得ない答えだと不審に思いつつ、スピネージ議長は若干の疑念をつのらせる。


「定期連絡の用途で就航させる試作型の船舶か……」

「ふふっ、現状で伝えられることは少ないですが、きっと度肝を抜かれますよ」


「はっ、勿体もったいぶってねぇで話しちまえよ」

「そういう訳にもいかないんですよ、マウロ殿」


 会合に先駆けてもうからない謝肉祭の愚痴を延々と仲間内から聞かされ、機嫌をそこねたままの商業組合長をなだめた青年は上手くぼかしながら、独立都市の運営に関わる一同より首尾よく式典の了承を取り付けて、本日の主題に言及した。

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