第66話

「無駄にヴェネタの総督府をあおらず、中立性のある教会や冒険者組合ギルドを支援活動の前面に持ってくるあたり、ダーリンもあざといね」


「こっちが根負けするまで、夜這いを仕掛けてきたリィナに言われてもな……」


 そばには騎士侯もいるため、過度に私的な話を聞かせるべきではないと思いとどまり、出掛けた次の言葉を飲み込んで一瞥いちべつすると、お手上げの仕草しぐさを返されてしまう。


「自重してもらえて何より、そろそろおいとまさせて頂きますが、自由闊達かったつな冒険者らに部隊単位での運用は向きません。手綱を緩めないよう具申ぐしん致します」


 幾度か魔物狩りで雇った経験にもとづく諫言かんげんを述べて、駐留部隊の天幕へ戻る騎士侯の指摘は妥当であり、些細ささいなことで内輪揉めが生じる可能性も排除できない。


 初顔はつがお合わせから結構な日数がち、互いに遠慮する期間は過ぎた頃合いなので、何処どこかで引き締めなければと思っていた矢先、その機会が訪れる。


 領軍陣地への物資搬入が終わり、こちらの天幕を外縁部に建てた後、中央にもうけた食堂代わりの広場で夕餉ゆうげっていたら、腕っぷし自慢の冒険者らがいさかい始めた。


 やれ “纏雷てんらいの大鹿を仕留めた” とか、“三眼狼の群れを撃退した” などと、激しく言い合っている内にはやし立てていた外野も混ざり、論より証拠とばかりに勝ち抜きの組手がり行われていく。


「うぉらぁああ!!」

「ふッ!」


 左右の打撃を織りぜて、守勢にまわらせた上で大振りした前衛戦士の右拳が虚空を切り、かがみながら地に手を突いて放った斥候剣士の蹴りが下腹へ刺さる。


 さらに起き上がる過程で、すくうように撃ち込まれた右拳があごとらえ、軽い脳震盪のうしんとうを生じさせていかつい戦士を倒れさせた。


「「「おぉおおぉ!!」」」


「はっ、やるねぇ、あんた!」

えた体裁きだったぜ!!」


 惜しみない喝采が三人抜きを成し遂げた目つきの鋭い剣士に送られるも……


 体力的な負担が足枷となって四人抜きにはいたらず、筋骨隆々な斧術士の豪拳に押し切られてしまい、さかり場に再度の大きな歓声が響き渡る。


「ん~、派手にやってるけどさ、止めなくていいの?」

「序列づけにもなるし、めぐりめぐって一定の秩序をもたらすだろう」


 小首をかしげたリィナに答えると、斜向はすむかいに外套を敷いて座り込み、魚の干物をんでいた司祭の娘が神妙にうなずいた。


「権威のたぐいで押さえ込んでもかどが立ちます。ここは好きにやらせておきましょう。最低限の節度はあるので大丈夫だと思いますけど… 大丈夫ですよね、ジェオ君?」


「あぁ、多分な、時の治療は任せる」


 えんたけなわとなってきた状況を見遣みやり、もう一人追加で打倒した斧術士に挑む者が誰もいないのを確かめてから、果実酒の杯を飲み干して立ち上がる。


 ここで護衛役の手綱を真に握るため、俺も冒険者らの馬鹿騒ぎに加わるべく羽織ジャケットを脱ぎ、心配性なフィアに預けた流れで黄金こがね色の髪をひと撫ぜして、ゆるりと輪の中心まで進み出た。

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