第48話

 何やら、さびれた廃村を抜けるさいかすかな警笛けいてきの音が聞こえたので、同心円状に探索用の魔力波を連続させて放ったところ、その定位反射で俺の脳内に不穏な影が結像けつぞうされていく。


(探索道かられた両脇に軽装の者が四人、少し離れた場所に倒れて微動だにしない者が二人、すでに死んでいるようだな)


 前者はやぶの中で待ち伏せして、通り掛かった冒険者の身包みぐるみをぐ野盗だろうか?


 この森に埋もれたヴァレス領の迷宮遺跡は休眠期の浸食領域であり、おもに駆け出しの者達が出入りしているため、良い狩場になっているのかもしれない。


 魔物との戦闘で勝利した後の油断を突かれたり、探索隊パーティが消耗している復路かえりで襲われたりすれば、全滅を避けられないほどの脅威となる。


「法のおよばない街の外へ一歩出たら、人間こそが最も怖いとはよく言ったものだ」

「っ、対人戦闘ね、気は進まないけど……」


 斥候という役割がら、勘の鋭いリィナが少し硬い表情でこちらをうかがい、そっと剣帯に繋ぎ止められた双短剣の片鞘を撫でた。


 やや遅れて察したクレアも愛槍を握り締め、一呼吸置いてから抑えた声で問う。


「ジェオ、賊徒の数は?」

「四人だな、あとは恐らく死体が二つ」


「殺害しているんですね、人を……」

「ん~、まわりまわって、自身の首を絞めるだけなのにね」


 眉根を寄せたフィアの呟きに続いて、おどけた調子で斥候の娘が口外したように、いずれ無法のやからしかるべき追討を受け、その多くが罪科を命であがなう羽目となる。


 ゆえに俺達が危険をおかしてまで、火中の栗など拾う必要はない。この地を収める伯爵殿の領兵隊に頑張ってもらうか、義憤ぎふんに駆られた熟練の冒険者らに任せればいい。


「自領でもないし、ここで引き返すのも妥当と言えるな」


「相変わらず、発想が童貞しろうとだな… 数名の有象無象くらい、お前一人でも何とかなるだろう? 斬る覚悟が無い、というより人命を重く考えすぎだ、馬鹿弟子」


 やれやれと大袈裟に肩を竦めた我が師いわく、“な主観を排除した場合、すべての命は根源的に平等かつ、総じて軽い” と。


「だって、お前らだろ、毎日」

「当然です、食べないと生きていけませんから」


 生命の価値を低く見積もる発言は地母神派の教義にそぐわないため、毅然とした態度で侍祭の娘が反論を試みるも、何かを食殺しょくさつせずに生きられないよう被造物をこしらえたのなら、神仏のたぐいは性悪だと一蹴される。

 

「まぁ、どうでもいいモノがあふれている現世で、最大限の敬意を払うべき対象ではあるが、それはつつしみなく生命を奪う連中にも適応すべきなのか?」


 ほうっておけば “無為により多くの命を散らせるぞ” と言外に含めて、捕食と自衛以外の殺生を認めないあたり、実は生命賛歌の傾向もあると疑わしいサイアスが皆へ視線を巡らせた。

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