第12話 誕生日

「ねえ、のどか。あなたの誕生日にお友達も誘ったらどう?」

「…………え?」


 ぼんやりと眺めていたテレビに映る天気予報から目を離し、朝から問題発言を投下したお母さんの方へ振り向く。半分閉じた目は一気に開眼し、半分寝ぼけた脳は急激に覚醒していく。


「おおっ、それはいいな! そういえば、高校に入ってから誰も連れて来てないんじゃないか? のどかも、家で友達と一緒に遊びたいだろう。俺と母さんに遠慮なんてしなくていいからな」

「え……い、いや……まあ……あはは……」


 曖昧な返事と必死の苦笑いでなんとかその場を凌いだが、私の心中は穏やかではなかった。

 ついに……ついに起こってしまった……恐れていた事態が。

 私はいじめられていた時も家族にだけは心配をかけまいと、家では努めて元気に振る舞っていた……つもりだった。しかし、最近になって気づいたが、どうやら私の健気な努力も親の偉大な洞察力の前では無力だったらしい。

 私の近頃の様子と、友達と偽った先生のことを頻繁に話題に出すようになってから、安心した両親は目に見えて明るくなった。そして、いよいよ確信を持って見破った……あるいは見誤ったのだ。

 そう、おそらく……学校に馴染めずボッチだった私に、唯一無二の親友ができた――と。

 ……いや、ごめんなさい、違うんです。いじめがなくなっただけなんです。友達は一人もいないんです。

 などと心の中で謝罪するだけに留めている理由は言わずもがな。せっかく安心してくれた両親をガッカリさせたくないからだ。ゆえに、私はこの危機的状況をどうにか打破すべく解決策を模索することにした。



 ……というのが、今から一週間前の出来事である。で、件の誕生日がいつかというと……実は今日。今日なのだ。


「……ど……どうしよう……」


 学校の昼休み、いつものように一人寂しく昼食を終えた私は、汚されることがなくなった綺麗な机の上で頭を抱えていた。

 相変わらず、学校のみんなは私を避ける。いじめを黙認し、時には同調して加担していた引け目があるから当然だ。もっとも、仮に話しかけてこられても友好的に応対できる自信がないからかえって助かるが……。

 特に拒絶が顕著なのは、いじめの主犯格の最後の一人になったクズ女。こいつに至っては、例の二人を私が殺したと未だに妄信している節があり、たまに目が合うと、


「ひッ――!」


 と、まるで殺人鬼にナイフを突きつけられたかのように怯え、胸がすく心地良い悲鳴を上げてそそくさと逃げていく。

 馬鹿馬鹿しい。あの二人の死に事件性がないことは、既に警察の調べで明らかになっていると報道されていた。家に何者かが侵入した形跡は欠片もなく、付近の防犯カメラにも怪しい人物は全く映っていなかったのだ。

 まあ、勝手に怖がられる分には害はないし、むしろざまあみろなのだが。

 ともかく、このような現状なので誰も家に呼べない。というか、呼びたくもないので……


「うーん……やっぱり、どう考えても先生しかいないよねえ……」


 結局、至極当然な結論に至る。

 あまり頼りすぎるのは申し訳ないと思い、先生には一度も相談せず今日まで悩みに悩んだが……もうどうしようもない。同い年の友達ではないが、あれだけ嬉しそうな両親に今さら誰一人として来れないとはとても言えない。

 それに、先生なら人当たりは良いしコミュニケーション能力も高いので、上手いこと両親に好印象を与えて丸く収められる可能性が大いにある。


「よしっ! そうと決まれば、先生に事情を説明しなくっちゃ!」


 唯一の問題は、話が急だということ。完全に私の落ち度ではあるのだが、しかし今日が誕生日ということは前に話しているし、割と時間に余裕がある先生ならきっと二つ返事で協力してくれるだろう。

 ――と、思っていたのだが……。


「ごめん……お祝いはしたいし、のどかさんの力にもなりたいけど……家には行けない」

「…………え?」


 私の浅はかな期待は、あっさりと打ち砕かれた。想定外の言葉に脳が理解を拒んでフリーズしていると、先生は心苦しそうに目を伏せた。


「……ごめん」

「あっ……う、ううん! 謝らないでよ、いきなりお願いした私が悪いんだからっ」


 しゅんとする先生を見て我に返った私は、慌てて笑顔を取り繕ってなんでもない風を装う。そして、冷静になって改めて自分の行動を見つめ直し、ようやく気づいた。

 そうだ、先生は何も悪くない。困るに決まってる。断られて当然だ。何をしているんだ私は。どうして大丈夫なんて思ったのだろう。


「あはは、気にしないで先生。やだなぁ、そんな深刻な顔しないでよーもう~」


 そもそも、先生にとって私は友達ではないし、働いている学校の生徒でもないし、出会ってから日も浅い。私が勝手に毎日愚痴を言いに来るから、お金も貰えないのにボランティアで構ってあげているにすぎない。


「そういえば、今日はお母さんとお父さんが早く帰って来るんだった。じゃあまた明日ね、先生。ばいばい」

「あっ、のどかさん。ちょっと待っ――」


 先生が何か言っていたが、私はその言葉を聞かず足早に来たばかりの樹海を後にした。

 別に、そんなに急いで帰らなくていいのに。なぜか分からないが、急に先生の顔を見れなくなった。

 多分、私は勘違いしていたのだろう。先生なら、いつでも助けてくれる。どこにでも来てくれるし、どんな理由であっても、なんでもしてくれる。そんな、甚だしく傲慢で身勝手な勘違いを。

 恥ずかしい。自ら命を断つ寸前だった私を救ってくれた恩人を、いつの間にか都合の良いヒーロー扱いしていたわけだ。なんて調子が良くて図々しいんだ、私は。自分で自分が嫌になる。

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