26:ルール無用の残虐プロポーズ
長い時間応接室で待たされ、出された紅茶を飲み終えた頃に、家主であるお父様が入ってきた。
「よくお越しくださいましたミハイル様」
「突然の訪問にお応えいただき感謝します」
出された手を取り握手を交わす。
部屋に入ってきてからそこに至るまでの仕草だけで、わたしはお父様がだいぶ不機嫌なご様子なのを感じ取っていた。
「それで?」
「ええ、実は……」
貴方の娘さんとキスをさせてもらいに……なんて、言えるわけもない。
わたしは宿からここに来るまでの道すがらと、待たされていた時間に考えた筋書きどおりに会話を運ぶ。
「急ぎ、アシュリー嬢からお話を伺わねばならなくなりました」
「娘は王から命じられ謹慎中の身です」
「それは承知しておりますが、事は一刻を争います。是非直接会ってお話ししたい」
「話であれば私を通してもできましょう。この上、王命に背いて客人を通したとなれば、いよいよこのヒーストン家も危うい。どうか、ご理解いただきたく──」
「敵国との内通の嫌疑についてです。速やかに疑いを晴らさねば、アシュリー様のお命が危ない。わたしが後ろ盾となって、必ずや彼女の無実を証明してみせます」
「……騎士団が後ろ盾となっていただけるというのは……、それが本当であればありがたいお話ですが……。質問ならば私が取り次ぎます。どうしても確認したいことがおありなら私が娘から聞いてお伝えします」
お父様……。
自分の娘の命がかかっているというのに頭が固いわね。
でも、お父様の性格だし、これは想定どおりよ。
会わせたくても会わせられない事情があることも分かってるしね。
「ご身内を通しての証言では証拠になりません。それに、今回の仕組まれた嫌疑を晴らすには、証言よりも強力な証拠が必要です。騎士団としては、真実を調査するための臨検を考えております」
「臨検……?」
「はい。彼女がお忍びで訪れたという寺院跡に我々騎士団と同行していただきたい。敵国の者と密会していたのであれば、そこに出入りした証拠があるはずです。いえ、何もないことを確認しに行くのです」
「しかし……」
できないでしょう?
だってアシュリーは昨日から眠ったまま、どんなに強く揺すっても、ほっぺをつねっても目を覚まさないんですもの。
騎士団が後ろ盾になって娘の無実の証明に尽力してくれるというのは、お父様にとってありがたい申し出のはず。
できれば受けたいけど、できない事情がある。
だから、実は娘が目を覚まさないのだという事情をお父様から説明してもらい、それを聞いたわたしが、なんとそれは大変、と大袈裟に嘆いてみせる。
せめてお見舞いをさせてください、事実かどうか確認させてください……という筋書きよ。
「何故、娘のためにそこまで……」
ん……?
いや……、そうくるか。
確かに普通はそこ、気になるわよね。
王様や王子から見限られた伯爵家の娘一人をわざわざ助ける理由なんて普通、あるはずがないもの。
みんなして寄ってたかってわたしを有罪にしようとしてるのであれば、それに味方するということは、王やメフィメレス家を敵に回すことになるはず……。
おや? あれれ……?
お父様? 顔が怖いんですけど?
なんかわたし、凄い顔で睨まれてますけど?
これは、わたしが──ミハイル様が、信用に足る男かどうかを見定めようとしてます?
ああ、きっとそうだわ、このお顔。
お父様にとっては、きっと次の一言が重要なんだ。
何か……、何かしっかりした理由を返さなきゃ。
お父様には子供のころから、よくこんなふうにしっかりと目を合わせて、問答をするように
そんな昔の記憶を思い出す。
考えなさい、アシュリー。
今お父様と向かい合っているのはわたしじゃないわ。
ミハイル様ならどう答えるか考えるのよ。
一昨日までのわたしなら、ミハイル様のお顔とお名前ぐらいしか知らなかったけど、昨日の一日だけで何百日分もお話ししたくらい、彼の人となりが分かったはず。
親友のリカルド王子から、どんなふうに言われてたっけ?
気心の知れた騎士団のみんなから、どんなふうに言われてた?
ミハイル様なら……、こんなとき、どう答えるのが正解……???
「わたしがアシュリー嬢を……お慕いしているからです」
あ、あれー……⁉
わたし、勢いで何を言っちゃってるの?
全然、こんなこと、言う予定じゃなかったのに。
ミハイル様の口で、わたしに、アシュリーに、好意を寄せてるなんて話ぃ!
いや、実際根も葉もない話ではないんだけどぉ……!
なんでここで、自分で言っちゃうかなぁ?
自分でぇ……! ミハイル様に言わせちゃってるかなぁ⁉
こんなの絶対反則よ。
ミハイル様ごめんなさい。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
お父様はミハイル様の超ド級の衝撃発言を聞いても眉一つ動かさず、ジッとわたしの顔を見つめ続けていた。
わたしも、それに
ここで怯んでは駄目な気がした。
言ってしまった以上、その立場を貫き通さなければ。
わたしは内心、混乱と動揺のさなかにありながら、必死でそれを表情に表さないように努め、お父様と長い間見つめ合っていた。
「……分かりました。我々も、もはや貴方様を頼る他ない身の上です。娘をお救いいただくことができれば、娘は貴方様に差し上げましょう。いえ、是非もらってください」
ドン!
お父様がそう言い終わった途端、部屋のドアが大きな音を立てた。
誰かが外から思い切り叩いたような音。
それを聞きつけ、お父様が席を立った。
音のことは多少気になったけど、わたしはそのせいで幾らか考える間ができたことに感謝する。
乱れた気持ちに必死で整理を付けようとする。
勢いと成り行きで発してしまった自分の言葉で、何か大変なことが決まってしまったらしいという実感が湧いてくる。
今起きたのはこういうことだ。
今この場にいない、自分の部屋で眠っているはずの
その
わたしの気持ちも確かめないうちに、お父様ったら勝手に婚約を了承したりして……!
そんなふうにお父様に対する憤りに震えるわたしがいる。
けど、本当の本当は、わたしは、今この場に居合わせ、何もかも知っているのだった。
知っているどころか、その提案を切り出したのはわたし自身なのだ。
自分で自分に求婚しておいて、お父様に対しそんな言い草はないでしょうにと憤る、もう一人のわたしもいる。
もう、頭の中は混乱しっぱなしで、何が何やら分からなくなっていた。
顔が熱いわ。
自分のやったことが、もう恥ずかしくて恥ずかしくて死んじゃいそう!
「娘が直接お会いしたいと言っています」
一度部屋から出て行き、戻ってきたお父様が言ったその言葉。
最初は、ああそうか、
そしてその次に、そんなことはあり得ないという荒れ狂う大波が押し寄せ、それ以外の全ての気持ちが一気にさらわれた。
いま、会うって言った⁉
娘が会うって?
お父様の娘ってわたしでしょ?
寝ているはずの
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