19:ヴィタリスの身体でできること?
ドスンと大きな音を立て、テーブルの上にミハイル様の身体が仰向けに倒れた。
ヴィタリスになったわたしは、すべてが終わった後で、そのミハイル様の身体を上から呆然と眺めることしかできなかった。
嘘、またぁ⁉
鏡の悪魔の呪いは、わたしの身体と直接じゃなくて、入れ替わった先の身体でキスをされても発動してしまうものらしい。
もはや入れ替わること自体には驚かなくなっていたけど、間接的にも入れ替わりが成立するというのは想定していなかった。
わたしは無意識で口元に手の甲を当てて拭う。
そして、本当に拭いたいのは、今の自分のこの口元じゃなくて、ヴィタリスの唾液が付いたミハイル様のお口であることに気が付いた。
いやー! わたし、ヴィタリスになってる!
け、汚らわしいわ。
いや、流石にそれはあんまりな言い草なのは分かるんだけど……。
わたしの正直な心情としてはまさしくそうだった。
思わず自分の両腕を撫でさする。
なにしろそうして腕を擦っている掌にしたってそう。
今のわたしは頭の天辺から足の先、皮膚の上から肉の内側まで全てがヴィタリスなのだ。
「…………」
…………。
なかなかの重量感だった。
わたしは興味本位で持ち上げてみたものを下ろして溜息をついた。
……もういいわ。
早く元に戻りたい。
そう思ってテーブルの上で寝転がっているミハイル様の方に目を向ける。
いや、でも待ってよ……?
これは、とんでもないチャンスなんじゃないかしら。
ヴィタリスになら、実の娘相手になら、あの男──ルギスも隠し立てせず、色々な秘密を
その思いつきは、ミハイル様の身体を使ってこのヴィタリスから情報を訊き出すよりも、ずっと簡単なことのように思えた。
よ、よし……。
いっちょ、やってやりますか。
女は度胸よ……!
そう意気込んでドアノブを握る。
そのとき、自分の腹の下あたりにちょっとした
そういえば、ヴィタリスのお腹の、あの火傷痕……。
自作自演とはいえ、一生残る傷をこさえてまでわたしを陥れようとしたんだ。
そのことだけは、このヴィタリスという女の執念に、畏怖にも近い感情を抱いていた。
怖い物見たさも手伝って、わたしはこっそりお腹の火傷痕を覗いてみることにした。
上下別に分かれためくりやすい衣服なので、そうすることは簡単だ。
「……あれ?」
なんだか
ヴィタリスの白い腹の上には、確かに赤く腫れた痕があったけど、それはあの謁見の間で見たときのような醜くただれた皮膚とは違って見えた。
遠く離れた場所からでも、はっきりと分かる大きな痕だったのに、今見ているこれは、あのときよりも明らかに小さい。
それに色も薄く、ジッと目を凝らすと、ただのかぶれのようにも見える。
どれだけ用心深く見ても、今のこれは、一生残る火傷の痕のようには見えなかった。
わたしは、これもフェイクだったのか、と呆気に取られた。
むしろ清々しい思いがするほどだ。
絶対にこの女の悪だくみの証拠を暴いてやると、わたしは決意も新たに小部屋を後にするのだった。
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