14:お助けください! ミハイル様

 わたしから一通りのことを聞き終えたミハイル様は席を立ち、すぐに帰る素振りをみせた。

 その大きな体を見上げながら、わたしは急に心細い思いに囚われる。


 このままではまた見放されてしまう……!


 ミハイル様のお姿が、謁見の間で見上げたリカルド様のお姿と重なって見えた。

 わたしを取り巻く状況は大体把握できたけど、結局手詰まりの状況には何も変わりがない。

 せっかく人目を忍んでミハイル様に来ていただいたのに。


 すべてミハイル様にお話しすべきではないだろうか……?

 わたしがリカルド様と入れ替わったときに、タッサ王やヴィタリスから聞いた話はまだお父様にも、誰にも伝えていなかった。

 とても信じてもらえるとは思えなかったからだ。

 でも、さっきリゼにやってみせたように、あの入れ替わりの呪いに再現性があるのであれば話は別だ。

 そして呪いの力を上手く利用すれば、メフィメレス家の企みを暴くことだってできるかもしれない。

 ミハイル様のお知恵と騎士団長としての力をお貸しいただければ……。


「あの、ミハイル様。お待ちください」


 わたしは慌てて立ち上がり、ミハイル様の背中に向かって呼びかけた。

 思わずその大きな手を両手で握ってお引き止めする。


「まだ、お話ししていないことがございます……」


 そこまで言いかけて、入れ替わりの条件のことが頭をよぎった。


 えぇ……、やっぱり言えない。言えないよ。

 寝たフリをしているときにリカルド様からキス、されたこととか。

 リカルド様のお身体を使って、わたしが自分にキス、したこととか……。


「アシュリー様?」


 ミハイル様は戸惑ったように、わたしに握られた右手を持ち上げる。

 けど、それ以上は、強引に振り払ったりはしない。

 どうしたら良いのか分からずに、そこで手を止め、困惑しているようだった。


「あの……、お助けください。ミハイル様……」


 上手く言葉が出ない。

 どう説明していいのか……。

 リカルド様としたキスのことを思い返すと、何故か目の前にいるミハイル様の唇に目が行ってしまい、話の続きを言い淀んでしまう。

 まだ、何も話せていないのに、自分の頭の中だけで気持ちが先走ってしまって、顔が熱くなる……。

 何も言えないまま、わたしはミハイル様のお顔にジッと見入っていた。

 それ以外のものが全然目に入らなくなった。


 だって、視界いっぱいにミハイル様のお顔が……、唇が……。


「んっ……」


 首の後ろを優しく、そっと触れるようにして支えられる感覚。

 と、同時に、唇を覆う熱い体温。

 そのときのわたしはどうしてか、驚きよりも先に、見捨てられずに居てもらえたという謎の安堵感で心をいっぱいにしていた。

 トロリとまぶたが落ち……、そして──。


 重っ!


 腕の間から何かがこぼれ落ちる感触に驚き、とっさに左手でを抱き留めた。

 指と指の間に食い込む、温かく、柔らかな質感のそれは……、いや、そんなことより、重っ!


 重ければ手を離せばいいのだろうけど、そんなわけにはいかない。

 そのときには、わたしはすっかり事態を飲み込めてしまっていたからだ。

 今、わたしの手の中にあるこれは、何あろう、自身の身体なのだ。


 うっかり放り出して、頭を打ったり、首を折ったりさせては一大事。

 わたしは抱え持つのではなく、自分の方へ思い切り引き寄せることで、床に倒れようとするの身体を支え起こしていた。

 でも、意識を失くしたは、自分の脚で立とうとはしてくれなくて、膝を曲げ、その場にしゃがみ込むようにして沈んでいく。

 わたしはその身体を追い掛けるように、いっしょに腰を屈めて介添えをしながらお尻から着地させ、そしてゆっくりと仰向けに寝かせた。


「…………」


 この光景はもう結構見慣れてしまったかもしれない。

 わたしの苦労など知らないとばかりに、スヤスヤと寝息を立てるの身体。

 もう言うまでもないでしょ?

 わたしは今度は、ミハイル様と入れ替わってしまっていたのだ。

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