第33話 アストレイアからの依頼

「申し訳ありませんでした!」

 唐突に、アストレイアはその場で土下座した!


「失礼ながら、皆さんの実力を試させていただきました!」

 いったい、なんのためにそんな真似を……。

「もしや、女王の命令ですか?」

「試させていただいた事に関しては、命令などではなく私達の一存です!重ねて失礼とは思いますが、どうか私達の話を聞いてください!」

 アストレイアは頭を上げると、私達に真剣な眼差しを向けてくる。

 まぁ、聞かなきゃ話は進まなさそうだから、聞くけどさ……。

 とりあえず、襲撃者達をまとめて寝かせ、私達は彼女からこの襲撃について、理由と動機を聞く事にした。


         ◆


「私達は、『ダークエルフ地位向上委員会』という組織の者です」

「……なんですか、その胡散臭い組織は」

「う、胡散臭くはないです!『ダークエルフ地位向上委員会』とは、身内にダークエルフがいるエルフ達によって結成された、名前の通りダークエルフへの偏見を無くすための会ですから!」


 話を聞けば、今から十年ほど前にエルフの女王が代替わりをしたのを切っ掛けに、「いい加減に、ダークエルフを捨てたり追放するのは止めようや!」という気風が高まり、ひとまず赤ん坊のうちに捨てるという掟は中止されたそうだ。

 だとすれば、アーレルハーレは私が捨てられた後に即位したという事か。


「それで一応はその習慣は廃止となり、身内にダークエルフが生まれても国内で育てる事ができるようになったのです。ですが……」

 とはいえ、今までの経緯もあってなかなか偏見の目は消えず、無駄な衝突やこれまで掟に従ってきたエルフの心情に配慮して、国の一部にダークエルフ自治区を儲けて交流をしているのだという。


「そういえば貴女の部下達は、若干貴女を軽んじてる風に見えましたね」

「わ、私が女王近衛兵ロイヤルガードになって、間もないのもあると思いますが……彼等くらいの歳だと、まだ偏見はありますからね」

 それでも、大っぴらに身内にダークエルフがいる事を批判はできないくらいには、エルフの間で雰囲気は変わっているという。


「なるほど、それなりに改善がなされてるようで、何よりです」

「ええ……そもそもは誤解が発端なので、その風潮が早く無くなってほしいとは思っています」

「誤解……ですか?」

「はい。ダークエルフは『エルフという種族がピンチになると、攻撃性の高い者が生まれる』という、防衛本能に根付くものだったんです」

 そんな、蝗みたいな生態がエルフに……。


「けれどいつしか『ダークエルフが生まれるから、種がピンチになる』と認識されたために、忌み子として扱われだしたといいます」

「ふむう……確かに長い歴史の中では、そんな誤解も有り得なくもないですからね」

 そんな中、エルフの国が魔族の侵攻を受けた時には、その年に生まれた子の半数近くがダークエルフだったという。

 そこで新女王となったアーレルハーレが封印されていたエルフの歴史書を紐解いた所、その誤解が判明したという事らしいのだ。

 実際に、ダークエルフが多く生まれた事で、エルフ種の防衛本能という説が高い説得力を持ち、今の『ダークエルフ地位向上委員会』発足に繋がったのだそうだ。


「しかし、ダークエルフは、普通のエルフよりも強くなるとは聞いていましたけど……それでもまさかたった一人に、しかも、素手で制圧されるとは思いませんでした」

 先程、私達の実力を計るために襲って来たのは、その『ダークエルフ地位向上委員会』の中でも、腕に自信のある連中だったらしい。

 なるほど、道理で奇襲のタイミングは良かったけど……フッ、並のエルフとは鍛え方がちがうのだよ。


「それにしても、よくそんな組織を設立できた物ですね」

 誤解があったとはいえ、今までの風習を真っ向から否定するような物だ。

 そんなエルフ達の中で、組織を立ち上げるには、反対意見もそうとう多かっただろうに。


「確かに大変でした。けれど、ただでさえ魔族の襲撃で人口が減っていた事もあって、なんとか設立に漕ぎ着けましたけど」

「それは……なんとも、微妙な気持ちになりますね」

「ふふっ、そうですね。あっ、ちなみに発足人の一人は、女王陛下なんですよ」

「なんと!」

 まさか、あの女王が……?

 まぁ、話を聞けばありそうな事ではあるけれど、さっきの謁見の時に見せた私達への態度からは、とてもそうは思えないんだけどな……。


「ふーん……ひょっとして女王さまは、本当にアタシやエリクシアのスタイルに嫉妬してたとか?」

「ワタクシの読みは、当たっていたようですわね」

「女王陛下は、本来なら巨乳に嫉妬して冷遇するような方ではありません!」

 冗談めかして言っていた、デューナとヴェルチェに対して、アストレイアが即座に反論した!


「女王陛下は、本来ならもっと気さくな方なんです!」

「気さく……?」

「どう見ても、そういった感じではありませんでしたが?」

 どちらかと言えば、排他的で傲慢な雰囲気を漂わせていたように思える。


「いいえ!いつもの女王陛下は、朝寝坊して怒られたり、会議に遅刻して怒られたり、お酒が入るとワイ談したりして怒られたり、むしろ胸の大きな方には『ちょっと揉ませて』と頼むような、とっても気さくな方です!」

 それは、気さくというより、ダメな大人なのでは……?

 しかし、そんな人物がなぜあれほど素っ気なかったのか?


「女王陛下は……今の女王陛下は、普通ではないんです」

「おいおい、自分とこの女王をそんな風に言っていいのかい?」

 デューナでなくとも、心配になるような事を言ったアストレイアは、仲間のエルフ達が確実に失神しているのを確認してから小さく息を吐いた。


「……信じられないかもしれませんが、今の女王陛下は魔族と通じています」


 ………………なっ!

「なんだってー!!!!」

 予想外の告白に、私達全員が思わず声をあげる!


「それは偶然でしたが、私が夜警をしている時、魔族と密談をする女王陛下を目撃してしまったんです」

「か、勘違いとかじゃないんですか!?」

 ルアンタの言葉に、彼女は間違いありませんと首を振った。


「そ、それを知っているのは!?」

「私の他に、信頼できる女王近衛兵の先輩が、数人だけです」

「た、確かに、下手に広めて良い話ではありませんわね」

「はい……その後も、先輩達と協力して女王陛下の近辺を探った所、魔族との関与は間違いないと判明しました」

 まさか、エルフの女王が敵対する魔族と……しかし、それはいつからなのだろう?


「はっきりとはしませんが……二度目かの王都防衛をした後に、女王陛下の様子が変わってきたというのは確かです」

 彼女の物言いからは、その後の魔族の撃退自体が八百長めいた物だったのではないか……といった疑念が感じ取れた。

 まぁ、そう疑うのも無理はないか。


「……私達に、協力してほしいと言っていましたが、具体的に何をやれと?」

「……女王陛下を元に戻し、その背後にいる魔族を倒すために、どうか力を貸してください!」

 再び、アストレイアはその場に土下座して、私達に懇願してきた。

 その姿から、必死で悲壮な決意が伝わって来る。

 そして、私達の答えは決まっていた。


「……あの女王をたぶらかすって事は、相当な上位魔族だろうねぇ」

「ええ、それこそディアーレンと同じ、魔将軍クラスでしょう」

「まぁ、デュー姉様にエリ姉様、それにルアンタ様がいらっしゃれば、余裕……というか、オーバーキルになりかねませんわね」

 私達のそんな会話に、アストレイアがバッと頭を上げる。

 そんな彼女の肩を、ルアンタが優しく叩いた。

「任せてください、アストレイアさん。一緒にエルフの国を救いましょう!」

「あ……」

 力強く頷く私達に、アストレイアはポロポロと涙を流しながら、よろしくお願いしますと、大きく頷き返してきた。


         ◆


 ──ひとまず、女王の動向を見張るために、アストレイアは王宮へと戻る事にした。

 私達はこのまま、ダークエルフ自治区へと向かい、なに食わぬ顔で適当に会談をする手筈になっている。

 本格的に魔族が動く前には、女王に何らかの接触があるだろうから、それが分かり次第、連絡をよこすそうだ。


「それでは皆さん、よろしくお願いします」

 一礼してアストレイアが背中を向ける。

 そんな時、ふと気になる疑問が頭に浮かんだ。

 そういえば、彼女も『ダークエルフ地位向上委員会』に所属している。

 という事は、身内にダークエルフがいるのだろうか?

 何故だかそこが引っ掛かって、彼女が去る前に確認しておきたくなった。


「アストレイアさん」

 だから私は彼女を呼び止めて、浮かんだ疑問をぶつけてみる。

「……本当は、すべてが終わってから話そうと思っていたんですが」

 すると、私の質問にそう前置きしてから、アストレイアは語り始めた。


「私には、私が生まれる前に捨てられた、姉がいました……」

 いました……つまり、生存は絶望的という事か。

 なんだか、悪いことを聞いてしまったかも。


「でも……姉は見つかったんです」

 おお、生きてたんだ!

 良かったですね、と口にする前に、アストレイアはソッと私の手をとった。

 え?


「エリクシア……それが二十年前に、掟によって両親が泣く泣く捨てざるをえなかった、姉の名前……」

「!?」

「つまり、私は貴女の妹です!」

 なっ!

 予想だにしなかった解答!

 驚愕で思考が停止しかける中、アストレイアは私に抱きついてきた!

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