第31話 エルフの女王

「──なるほど、人間とドワーフ、そして我々のエルフで連合を組み、魔族を追い返したいと……」

「その通りですわ!」

 エルフリーダーの言葉に、交渉役を買って出たヴェルチェが頷いた。


 さすがに、魔族からの襲撃前には交流があったドワーフ族の姫の言葉は、信憑性があったようである。

 エルフリーダーは、まだ疑わしい目を私やデューナを向けながらも、ひとまずは敵では無さそうだと判断したようだ。


「……その申し出、確かに有効な物とは思います。しかし、私にはそれにお答えする権限がありません」

「あら。それでは、どなたにこの話を持ち込めば、よいのですか?」

「我々の女王へ、今の話をもう一度話していただけませんか?」

「承知いたしましたわ」

「ご承諾、ありがとうございます。それでは、私……女王近衛兵ロイヤルガードのアストレイアが、陛下の元へとご案内いたします」

 二つ返事で答えたヴェルチェに、アストレイアと名乗ったエルフリーダーが、頭を下げて案内役を買ってでてくれた。

 うーん、やっぱりある程度の立場と信用がある者がいると話が早いなぁ。


「それでは、皆様。早速ですが、私達の国へ……」

 そう言って、アストレイアが私達を促そうとした時、彼女の部下であるエルフ達が、何やら小声で話しかけていった。


(よいのですか……ドワーフや人間ならともかく、ダークエルフやオーガまで連れていってしまって……)

(ドワーフの姫や、人間の勇者の仲間である以上、無下にはできないでしょう)

(しかし、あの忌み子が無闇に吠えかかったり、国民を咬んだりしたら……)

 ぬっ……人を、躾のなってない飼い犬みたいに……!


 優れた聴覚を持つ私の耳には、奴等がヒソヒソと話している内容が届いている。

 いや……寧ろ、わざと聞かせているのか?

 向こうから「帰れ」と言われる前に、こちらから「帰る」と言わせるために。

 何やら、チラチラとこちらを見る、部下エルフ達の目を見るとどうもそれっぽいな。

 くそっ、異世界の本にあった、『イメージ上のキョートジン』とやらを、さらに陰険にしたような真似をしてくるなんて!

 まぁ、アストレイアは、こちらを立ててくれているようだから許すが……。


「森に引き込もってばかりいるエルフは、これだからダメなんですね」

「……前世むかしの自分を、見てるみたいな気になるからかい?」

「っ!?」

 ポツリと漏らした愚痴に反応した、デューナの言葉に私はハッとする!

 ぐぅっ……もしや、これが同族嫌悪というものか……。


「…………」

 ちょっとばかり、言葉のブーメランが刺さったショックが大きかったのだが、ふとルアンタがエルフリーダーの横顔をジッと見ているのに気がついた。


「どうかしましたか、ルアンタ?」

「あ、いえ……何て言うか、あのアストレイアさんって、どことなくエリクシア先生に似てませんか?」

 えー?そうかなぁ?

 そんな事は無いだろうと、私が否定するより早く、唐突に振り向いたアストレイアが大声をあげた!


「エリクシア!?」

 急に名前を呼ばれて、驚いた私が思わず頷くと、彼女はズンズンと目の前までやって来て、顔を覗き込んでくる!

「あ、貴女はエリクシアという名前なのですかっ!?」

「え、ええ……そうですが、なにか?」

「……いえ、失礼しました」

 マジマジと私の顔を見た後、彼女はそう言って列の先頭へと戻っていく。

 な、なんだったんだろう……結構びっくりしたわ。

 やはり、今の奇行のせいか、他のエルフに色々と聞かれているようだったけど、アストレイアは生返事を返すばかりだった。


         ◆


「ここから、エルフの国へと入ります」

 しばらく森の中を進んだ所で、アストレイアは私達に振り返る。

 はて、確か地図上では、もっと森の奥……もう一日位はかかると思ってたんだけど。

 それに、「入ります」と彼女は言うが、どこにも関所らしき物は無いのだが……?

 強いて言えば、なにか門のように、対になって生えている巨木があるくらいかな。


「大いなる森の精霊達よ……」

 すると、私達の見ている前で、アストレイアが魔法の詠唱を始める。

 それと同時に、森がざわめき、魔力がこの場に集まってきた!

 これは……。


精霊王の道エレメンタルロード!』


 アストレイアの詠唱が終わり、魔法が完成すると、門のようだと思った二本の巨木の間に、異界へと通じるような空間が広がった!

 ま、まさか、この魔法はっ!?


「さぁ、どうぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください!見たところ、異界へのゲートのようですが、なんなのですかこの魔法は!?」

 興奮気味に尋ねると、アストレイアは少し戸惑いながら答えてくれた。

「こ、これは精霊魔法の一種で、エルフの国とこの場所を、繋げる事ができるのです」

 なんと!やはり精霊の力を借りた、転移魔法かっ!

 自力でやろうとしたら、とんでもない魔力を使うために、実現不可能と思われていた転移魔法だが……。


「なるほど、場所を限定して異界に住む精霊の力を借りれば、少ないコストでそれも可能ということですか。さすがは精霊魔法に長けたエルフ、普通の魔法とはまた違った視点を持っていますね!」

「……エリ姉様が驚いているなんて、ちょっと新鮮ですわね」

「ああ、いつもはアタシらが、驚かされてばかりだからね」

 珍しい物を見たといった感じで、デューナとヴェルチェが囁き合う。

 なんですか、人を非常識な人みたいに言って。


「エリクシア先生も、精霊魔法で同じような事をできないんですか?」

 純粋に好奇心で聞いてくるルアンタに、私は首を横に振った。

「これは、おそらく……隠れ里と呼ばれる、独自の結界を構築するに至った、上位精霊の力を借りた魔法です。私は精霊魔法がそこまで得意ではありませんから、上位精霊と契約が結べるとは思えませんしね」

「そうなんですか!」

 びっくりするルアンタに、私は少し照れながら頷く。

 まぁ、精霊魔法が苦手なエルフなんて、確かに珍しいかもしれないから、驚くのも無理はないだろう。


 いや、前に使っていたように、風の精霊を使役して道案内や偵察といった事はできるよ?

 しかし、契約に縛られたり環境によって効果が上下する精霊魔法よりも、自前の魔力と詠唱だけで安定して発動できる、いわゆる普通の魔法の方が面倒がなくていいと私は思っている。

 ……とは言ってみたものの、こんな事ができるんだったら、もうちょっと本腰を入れて研究してもいいかもしれないなぁ。


 だけど、上位精霊と通じる事ができるなんて者は、エルフといえどそうはいないはずだ。

 さすがに女王近衛兵を任されるだけあって、このアストレイアという女性は、かなりの実力者なのだろう。

 そんな風に、アストレイアに感心の目を向けていると、彼女の部下達がヒソヒソと囁きあってるのが視界に入った。


(聞いたか?エルフなのに、精霊魔法が苦手なんだとよ)

(ププッ、ダッセ……)

(所詮はダークエルフだな……)

 ルアンタとの話を横から聞いていた、アストレイアの部下達が、私を小バカにするように、小さく鼻を鳴らす。

 その態度に気付いたルアンタが、ムッとした顔になったが、私は平気ですよと微笑んで、私の代わりに怒ってくれた彼の頭を撫でて諌めた。

 そんな私達師弟を、下っ端エルフは小バカするような目で見ていたが、ここは許してやろう。

 誰の言葉だったか、「こんな奴等、いつでも殺せると思うと、心に余裕ができる」というのは、案外本当だな。


「あー、そういえばエリクシアは、ほとんど精霊魔法を使わなかったな」

「以外な欠点ですわね。からかうネタが、増えましたわ」

 エルフに侮られた私を見たデューナとヴェルチェが、悪そうな顔で笑う。

 おい、そこの二人!それは、味方サイドの台詞じゃないでしょうに!

 言っておくけど、あんまり好みじゃないから使ってないだけですからね!

 本格的に勉強すれば、たぶんいけるんだから!

 まぁ、この二人から変に擁護されたりしたら、それはそれでなんか気持ち悪いですけど。


「あの……そろそろ、転移口ゲートに入ってもらっていいですか?これを維持するのも、結構たいへんなんですが……」

 気がつけば、アストレイアはダラダラと汗を流して、転移口ゲートを維持していた。

 これは申し訳ない!

 私達は急いで、彼女が開いた転移口ゲートへと飛び込んでいった。


         ◆


「わぁ……」

 転移口ゲートを抜けると、そこはエルフの国だった。 

 本当に一瞬で移動できた事に、私だけでなく皆が感嘆のため息を漏らす。

 やはり実物を見るとすごいな、この魔法は。

 偽のボウンズール達を倒した後は、是非とも研究しようっと!


「皆さん、こちらへ」

 再びアストレイアに導かれて、私達は街中を抜けてエルフの王宮へと向かう。

 物珍しげに街中を歩く私達を、同じく物珍しげにエルフ達が遠巻きに眺めている。

 まぁ、近衛兵に連れられてる私達に加え、捕縛されてる魔族までいるのだから注目するなという方が無理か。

 そんな、奇異なものを見る視線に晒されながら、私達は一際巨大な木の根元、エルフの国の象徴でもある、通称『世界樹』へと到着した。

 この巨木の内部を利用したのが、エルフの王宮らしい。


 私達が『世界樹』を見上げている間に、アストレイアが門番に話を通すと、私達はすんなり通過を許された。


「では、アストレイア様。我々はここで……」

「ええ、よろしくお願いします」

 部下のエルフ達に魔族達を引き渡して、アストレイアは「こちらです」と私達を女王の元へと案内してくれる。

 ルアンタになついた魔族達が、おとなしく連行されていく姿は、市場に売られる子牛のようで少し切なかった……。


「ところで、意識が無いとはいえ魔将軍もいるのに、彼等だけで心配はないのですか?」

 魔将軍配下の魔族達は別として、ちょっと気になったので尋ねると、アストレイアは心配ありませんと力強く頷く。


「この『世界樹』は、精霊のたまり場でもあり、そこかしこに精霊が漂っています。何か事が起これば、即座に王宮内にいる全エルフに連絡が行きますし、精霊達が取り押さえるのを手伝ってくれるでしょう」

 なるほど、精霊魔法の申し子みたいなエルフが、王宮として使っているだけの事はあるという事か。

 そんな『世界樹』の王宮の一番上に、女王との謁見の間があるという。


 長い階段や廊下を進み、すれ違うエルフ達から、また色々な視線を向けられる。

 もう、いちいち変な目で見られるのもうんざりだなぁ。

 こんなに広いんだから、『世界樹』内にも、転移口ゲートを作ればいいのに!


 そんな感じで、ストレスを溜めながらも、私達はようやくエルフの女王の待つ、謁見の間へとたどり着いた。

 アストレイアに指示されて、部屋の扉の前にいた衛兵達が、室内からの許しを得て扉を開く。

 すると、次の瞬間!


 突然、謁見の間の中から、吹き付けるような魔力の波動が、私達を打った!

「こ、これは……」

 思わず身を固くした私達に、「どうぞ、中へ進んでください」と、柔らかい声が語りかける。

 さらにアストレイアからも促され、私達は意を決して謁見の間へと足を踏み入れた。


 まず、目についたのは、樹木の中とは思えない程の、広さと光量。

 そして、まるで屋外のように開けた空間の奥は、一段高くなっており、そこに『世界樹』から伸びてきたような玉座が拵えられていた。

 その玉座に鎮座し、こちらに視線を向ける、絶世の美女が佇んでいる。

 こ、これがエルフの女王……。

 

「ようこそ、皆様。私はエルフの国の女王、アーレルハーレと申します」


 広い室内を満たすような広大な魔力を放ち、気品に満ちた口元を綻ばせながら、エルフの女王は優雅に一礼して、私達に語りかけてきた。

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