第14話 アイツがあなた?

「オラァ!!」

 獣のような咆哮と共に、デューナの剣撃が襲いかかってくる!

 しかし、『戦乙女ヴァルキュリア装束・フォーム』を纏った私は避ける一方だった変身前と違い、その一撃一撃を受け止め、弾き、叩き落としていく!


 それと同時に、体勢を崩したデューナへと確実に反撃を打ち込んでいった!

 暴風のようなデューナの攻めと、稲妻のような私の反撃は、火花を散らせながら繰り返される!


 スーツのお陰で、攻撃の際の反動をほとんど受けなくなった私は、百パーセントの力で打撃を打つ事ができ、多彩なカウンターでジワジワとデューナの体力を削っていく!……削っているはずなんだけど。


「アッハハハッ!もっとだ、もっと楽しもうよぉ!」

 戦闘狂に相応しい、狂気を帯びた笑顔のまま、デューナはまったく引こうとしなかった!

 どれだけ殴っても殴っても、オーガの持つ回復力さえ強化されているのか、衰える様子がさっぱり見えない。

 ええい、なんて厄介な!

 こうなれば、チマチマ反撃するより、必殺の一撃で行動不能に陥れるしかない!


 私は、スーツにも装着されている収納魔法ポケットから、もう一本『バレット』を取り出し、スイッチを押した!


爆発エクスプロード


 音声が鳴り、準備ができたそれを、もうひとつの空いている挿し込み口へと装填する!

 そんな私のアクションに、デューナの瞳にわずかな警戒の色が見えた。

 おそらく、『バレット』を使えば詠唱無しのノータイムで魔法が使用できるのと、『爆発』の音声で強力な魔法が発動する事を悟ったのだろう。

 しかし、デューナはニヤリも狂暴な笑みを浮かべると、さらに距離を詰めてきた!


「こんだけ近けりゃ、魔法は使えないだろうが!」

 そう、普通なら威力の強い大規模な魔法であればあるほど、自分が巻き込まれないために、ある程度の距離を置く必要がある。

 百戦錬磨のデューナは、それを知っているからこそ、私との距離を詰めてきたのだろう。

 しかし、それが命取りだ!


 私はデューナの斬撃を弾き返し、必殺の打撃を放つためのわずかな距離を確保する。

 そして、『ギア』を起動した!


 『バレット』から『ギア』に注がれた魔力が、光のラインとなって私の右の手甲へと流れてくる!

 その魔力の乗った右拳を、眼前のデューナ目掛けて叩き込んだ!


爆発するエクスプロージョン我が拳ナックル!」


 必殺技の名を叫ぶのと同時に、デューナに打ち込まれた私の拳から、巨大な爆発が巻き起こった!

 耳をつんざく爆発音の中、確実な手応えと、オーガの超戦士が悲鳴をあげるのを聞く!


 ……もうもうと沸き上がった爆煙が晴れた時、焦げて倒れるデューナと、無傷で立ち尽くす私の姿に、周りから歓声が上がった!

 私がルアンタに手を振って答えていると、足元で倒れているデューナが、呻くようにか細く声を漏らした。

「な……んで、アン……タは……」

 平気なんだ?と聞きたいのだろう。

 というか、まだ意識があるなんて……本当にタフだなぁ。


「『ギア』を経由した魔法は、私の手甲や脚甲へと収束されて、打撃と共に撃ち出す事ができます。そのため、魔法に一定の指向性を持たせる事ができ、威力を上げつつ、反動を抑える事ができるのですよ」

 ついでに言えば、『戦乙女装束』に編み込まれたミスリル糸が、スーツ表面で魔法を弾くので、私の体への影響やダメージはほとんど無いのである。

 異世界の知識と発想、引きこもり気味だった前世から研鑽した技術、そして冒険者からぶん盗った素材をもって作られた、『戦乙女装束』は伊達ではないのだ!


「訳が……わからん……」

 そう言い残して、今度こそオーガの女王は意識を失う。

 それを確認して、私も『ギア』を腰から外して変身……武装を解除した。


         ◆


「…………ん」

「あ!先生、デューナさんが目を覚ましました!」

 ルアンタの声にそちらを向けば、傷ひとつ無いデューナ・・・・・・・・・・が上体を起こす所だった。

 決着がついた後、興奮するルアンタやオーガ達を宥めながら、彼女に聞きたい事があった私は、デューナを回復させようとした。

 だが、考えようによってはちょうど良い機会なので、ルアンタに回復魔法で彼女を治すよう促したのである。

 ルアンタも焦げたデューナを心配していたし、回復魔法の訓練にもなるから一石二鳥というものだろう。


「アタシは……いったい?」

「気にしないでください。ルアンタの回復魔法の、練習台にさせてもらっただけですから」

「痛む所は無いですか?」

「ああ……すっかり、全快したみたいだよ」

 尋ねるルアンタに笑顔を向けて、お礼を言いながらデューナは彼の頭を撫でる。


「おかしらぁ!無事で良かったあぁ!」

「おいおい、なんだいアンタら!」

 意識を取り戻したデューナに気付いたハイ・オーガ達も、彼女の回りに集まってきた。

 やはり、人望はあるみたいだなぁ。


「彼らにも、礼を言うといいですよ。何せ、貴女の命乞いを必死にやってくれたのですから」

「何?オマエら……」

 少し感激した風なデューナに、オーガ達は「エヘヘ……」と、照れ笑いをして見せる。

 決して可愛くはない(むしろ怖い)が、私とルアンタのように、彼等の絆の深さが感じられる光景だ。


「へへっ……だって、おかしらのバキバキに割れた腹筋が失われるなんて、世界の損失じゃないですか」

「そうっすよ!俺だっておかしらの、でっかいおっぱいに顔を埋めるまで、死なせる訳にはいかんですって!」

「俺は、おかしらのぶっとい太ももに挟まれたい」

 どいつもこいつも、私欲かよ!

 しかも全員が澄んだ瞳で、心の底から言っているからタチが悪い。


「よーし!お前ら全員、張っ倒す♥」

 感激から怒りの笑顔に変わったデューナは、言うが早いか手近なオーガにビンタをかます!

「ありがとうございます!」

 そして頬を張られたオーガ達は、なぜかお礼を言いながら床に転がった!


「つ、次は俺で!」

「ばか野郎、順番は守れ!」

 並ぶな、並ぶな。

 行列を作ってデューナのビンタ待ちをするオーガに、私は内心でツッコまざるを得ない。


「……これも、オーガ特有の文化なんでしょうか?」

 目の前の狂った宴に困惑するルアンタが、ポツリと呟いた。

 いや、単なるヤバい性癖だと思うけど……うん、君のような純粋な子と、変態オーガ達では文化が違う。

 そういう事にしておこう。


「目の毒ですから、終わるまであっちに行っていましょう」

「は、はい……」

 背後から響くビンタの音と、オーガ達の悶える声を尻目に、私はルアンタを連れてしばらく外で過ごす事にした。


         ◆


「……そろそろ、ボンバイエ祭りは終わりましたか?」

「勝手に変な名称を、付けるんじゃないよ!」

 異世界で、とある格闘家がビンタをすると回りが喜ぶ現象があるという故事に因んだ名称だったけれど、彼女は気に入らなかったようだ。


 それはさておき、砦の中に戻った私達の視界に入ったのは、デューナの手形を頬に付け、恍惚とした表情で倒れているオーガ達の姿だった。

 マジもんだな、こいつらは。


「まぁ、他人の性癖にとやかく言うのはやめておきましょう。なにより、これからの事について話す必要がありますからね」

「ふん……アタシらの始末をどうするかって事かい」

「まぁ、おとなしく投降するなら、悪いようにはしませんよ。それより……」

「あん?」

「私が聞きたいのは、貴女と戦う前にチラリと聞いた、異なる世界の知識を持つ者について、です」

「あー、確かにそんな事、言ったね。でも、そんなに気になる事かい?」

「ええ、私に大変興味深い話です」

「ふうん……」

 変わり者を見るような目で私を見ながら、デューナはふぅ……と、ため息をひとつ吐いた。


「まぁ、信じられるかは知らな・・・・・・・・・・いが・・、聞きたいなら聞かせてあげるよ」

 なんだか含みを持たせるような事を言いながら、デューナは私を別室へ誘う。

 この場で話さない……という事は、ひょっとすると聞かれてはマズい話なのだろうか?

 私はひとまず、ルアンタにオーガ達へ回復魔法をかけて、練習しておきなさいと指示を出し、デューナの後に着いて別室へと移動した。


         ◆


「まぁ、座んな」

 そう言って、デューナが椅子を勧める。

 ここは、おそらく彼女の寝室も兼ねた私室なのだろう。

 オーガが寝転がっても十分な余裕がある巨大ベッドに、飾り気の無い頑丈そうなテーブルの上には飲みかけの酒瓶、それに椅子が数脚とトレーニング用とおぼしき重石があるだけといった、非常にシンプルな部屋だ。

 そんな中、私は彼女の勧めに従って、テーブルを挟んだ対面の椅子に腰を降ろした。


「さーて、どっから話したもんかねぇ……」

 喉を潤すためか、強そうな酒をコップに注ぎながら、デューナは思案している。

「その人物について、知っている事を話してもらえば結構です。何か気になる事があれば、こちらから質問しますので」

 説明が苦手そうな彼女にそう促すと、新しい酒の蓋を開けてコップに注ぎ、それを私に進めながら、デューナは語り始めた。


「ここと違う世界に、強い興味を抱いていた奴……それは、かつて魔界を統一していた魔王の次男で、オルブルっていう奴だ」

「ブフウッ!!!!」

「うわっ、汚ねぇ!」

 唐突にデューナの口から飛び出した前世の私オルブルの名に、口に含んだ酒が飛び出す!

 な、なんで彼女が、その名を知ってるんだ!?

 前世で会った記憶はないんだが!?


「す、すみません。と、ところで、そのオルブル……さんとは、どういうお知り合いですか?」

 少し咳き込みながらも口元を拭き、デューナに問いかける。

「知り合いっていうか……まぁ、殺し合った間柄かな?」

 こ、殺し合った?

 ますます分からない……自慢ではないが、私は前世で荒事はおろか、公務以外で人と会う事は極端に少なかったのだ。

 デューナのようなハイ・オーガと会っていれば、忘れられるハズがない。


「ず、随分と物騒な知り合いみたいですが、なぜそんな事に?」

「あー……うん……」

 ここで、彼女はちょっと腕組みして天井を仰いだ。

 なんだろう、話づらい事なのかな?


「まぁ、どうせ信じないだろうけど、アタシは前世・・ってやつで、そいつの兄貴だったのさ」

「ブブフウッ!!!!!!」

「だから、汚ねえっての!」

 デューナからの予想外の答えに、再び私は噴き出した!

 ぜ、前世で私の兄貴!? という事は……。


「ま、まさか貴女、ボウンズール・・・・・・なんですかっ・・・・・・!?」

「っ!? な、なんでそれを!?」

 私の問いに、デューナはギョッとした顔になった!

 ま、まさか本当にそうなのか?

 いったい、何がどうなっているんだ……。

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