第3話 かくして少年は勇者となる

        ◆◆◆


 それは今から五年前……人間の世界は、魔王ボウンズール・・・・・・・・と名乗る王が率いる魔族達から宣戦を布告され、侵略が開始されました。

 敵の力はとても強くて、いくつかの小国が瞬く間に滅ぼされてしまったんです。

 事態を重く見た人間界にある七つの大国は、敵の首魁である魔王を討つために、各々の国から『勇者』を選抜して、魔界へ送り出す事になったのですが……。


         ◆


「ぼ、僕が……『七勇者』に選ばれた!?」

 ある日、突然僕を呼び出した兄上は、苦々しい表情でそう告げた。

「……すまない。まさか、こんな事になるとは」

「何かの間違いでははいのですか、お兄様!私の可愛い弟が、なぜそんな危険な任務につかなくてはならないのです!」

 僕と一緒に兄上の話を聞いていた姉上が、抗議の声をあげる。

 それに対して、兄上は「俺も辛いんだ!」と机を叩いた。

 でも、姉上が言うようにするように、確かに何かの間違いなんじゃとしか思えない。


「……ルアンタが、極大級の魔法を使える事が、王の耳に入ったらしい。それで、今回召集される、『七勇者』の一人としてこの子が指名されてしまったんだ」

「そんな……」

 兄上と姉上が、悲痛な表情で言葉を失う。

 それもそのはずで、僕は確かに極大級の強力な魔法が使える。

 だけど、それは生まれつき高い魔力を持っているけど、魔力のコントロールが出来ないが故の副産物みたいな物だった。

 要するに、僕は細かい魔法を使えるような魔力操作はできず、さらに極大魔法を一発撃てばほとんどの魔力を使い果たしてしまって、その後はろくに動くことも出来なくなってしまうのである。

 いくら強い魔法が使えるからって、それでは長丁場に耐えられるはずが無い。


「で、でもどうして僕が極大級魔法を使えるなんて話が、王様の耳に入ったんだろう……」

 我が家は七大王国のひとつ、ミルズィー国に仕える地方の中堅貴族だ。

 王様と直接話す機会なんてそうそう無いし、中央の大貴族と違って権力闘争とも無縁だから、わざわざ売り込む必要も無い。


「……すまない。俺が、貴族の集まるパーティーで、めっちゃ弟自慢してしまったから……」

 兄上!?

 思わぬ話の出所に僕がビックリしていると、慌てた姉上が兄上に噛みついた!


「な、何をしてるんですか、お兄様!」

「軽率だったとは思ってる!だが、こんなに可愛くて優秀な弟を、自慢する事ができないはずが無いだろう!」

「っ……確かにっ!私もお茶会などでは、絶対に弟自慢をしてましたわ!」

 えっ!? 姉上も!?

 驚いて立ち尽くしていると、二人は感極まったように僕を挟んで抱き締めながら、すりすりと頬擦りをしてきた!

「すまない、ルアンタ!兄がお前を自慢してしまったばっかりに!」

「ごめんなさい、ルアンタ!姉である私が、守ってあげなければならないのにっ!」

 ううん……愛が重い。

 兄上も姉上も、万事この調子で僕を甘やかそうとする。

 でも、二人とも悪気があってやっている訳じゃないのはわかっているから、あんまり強く言えないんだよね……。

 それに……密かに僕だって二人が自慢してくれるような、弟でありたいと思っている。

 だから僕は、この話を受けようと思うんだ。元から、拒否権は無いかもだけど。


「大丈夫です、兄上に姉上!僕は立派に『勇者』の役割を果たしてきます!」

 一発しか使えなくても、極大魔法は極大魔法。戦力になるのは間違いない。

 それに、他の国の『勇者』達から、魔力のコントロールなんかも教えてもらえるかもしれないもんね。

 そうすれば、きっと何かの役に立てるはず!

 そんな決意を込めて兄上達へ頷くと、再び感極まった二人は涙ながらに僕を抱き締めた。


「ルアンター!必ず生きて帰って来るんだぞ!お前に何かあったら、俺が魔王を殺してやるからなぁ!」

「そうよ、ルアンタ!『大きくなったらお姉ちゃんと結婚する』って約束を果たすためにも、絶対に帰って来るのよぉ!」

 興奮常態の兄上達に無抵抗で撫で回されながら、僕はやっぱり二人の愛が重い……と少しだけ辟易していた。


        ◆


 それから数日後、ミルズィー国の王都をスタート地点として集結した各国の代表、通称『七勇者』が各々の王からの命を受けて旅立つ事になった。

 でも、やっぱり子供は僕ひとりだけで、他の国からはベテランの風格が漂う人達が任命されている。

 よ、よし!この人達の足を引っ張らないように、頑張ろう!


 とはいっても、いきなり魔界に乗り込むのは、ただの自殺と変わらない。

 なので、まずは人間界で魔族に侵略されている場所を取り戻し、そこを足掛かりにしようという事で、話はまとまった。

 それで、もっとも近い人間以外が支配する地域……『黒狼』とあだ名されるヌシが巣食うという森へと、僕たちは足を踏み入れたのである。


 だけど『勇者』に任命されたとはいえ、冒険者のように旅慣れていない僕と数人のメンバーは、かなり疲れがたまっていた。

 その上、急造故の悲しさか上手く連携も取れていなかった。

 そのせいもあってか、突然のゴブリン軍団の襲撃を受けて、僕たちは散々になってしまったんだ。


 みんなとはぐれて、ひとり追われていた僕は、虎の子の極大魔法を使って追ってくるゴブリンの一団を吹き飛ばす!

 全部を倒す事はできなかったけれど、爆発に巻き込まれるのを免れたゴブリン達は、魔法によって粉々になった仲間の肉片に夢中で貪りだしていた。


 逃げるなら、今しかない!

 だけど、魔力が切れて動けなくなった僕は、そんな余力も無かった。

 やがて、仕留め損なったゴブリン達が邪悪な笑みを浮かべると、僕を目指して近付いてきた。

(もうダメだ……)

 諦めかけて、兄上や姉上に心の中で謝っていた、その時!


 ……僕の目の前に、空から女神が舞い降りてきたんだ。


 地母神を思わせる褐色の肌に、月の光をまとめあげたような銀に輝く髪をなびかせて、フワリと降り立った彼女は、クールな表情ながらも優しく僕に声をかけると、敢然とゴブリンの群れに挑んでいく。

 彼女に襲いかかるゴブリンを、まるで舞うように蹴散らしていく姿は、神話の英雄のように恐ろしくもあり美しくもあって、僕は胸のドキドキが止まらなかった。


 あっという間にゴブリンを殲滅した彼女は、「エリクシア」と名乗って僕に手を伸ばしてきた。

 僕はその手を……胸のドキドキが伝わらないように祈りながら、ソッと握り返す。

 華奢で柔らかい手。

 こんなにも優しい手なのに、まるで伝説の名刀みたいな切れ味で、ゴブリン達を切り裂いていた。

 一体、どういう原理があったんだろう……そんな疑問を抱いたけれど、今はエリクシアさんの手を握れるトキメキで、頭がうまく回らなかった……。


 それから僕はエリクシアさんに問われ、この森へと来た経緯の一切合切を話す。

 ただ……さすがに本人を目の前にして、『女神様かと思った』とか『ドキドキしてる』なんて思った事は説明しなかった。というか、恥ずかしくて言えないよね、そんなこと。

 でも……僕はもっと彼女の事が知りたい。

 それだけは、強く思ったんだ。

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