第11話
その数日後のこと。迎えたその日は桜まつりの最終日だった。会場には多くの村人達が集った。皆、ヤヨイ様を見上げている。彼女は最後に残った花びらを、壮大に散らしていた。何とも美しい最期だった。
花びらが風に乗り、青空の下で美しく舞う。桜吹雪だ。それはあまりにも圧巻で、壮大だった。まるで夢を見ているように美しかった。ヤヨイ様は主演舞台を見事に演じ切ったのだ。周りに咲いている色とりどりの草花がヤヨイ様のことを優しく見守っていた。僕は必死に涙を堪えながらヤヨイ様に語り掛けた。
『ヤヨイ様、とても素晴らしい舞台でした。主演女優賞、間違いなしですよ!』
『咲人、最期に嬉しいことを言ってくれるねえ。一生懸命頑張ってきて本当に良かったよ』
『僕、あなたのこと一生忘れません。僕はヤヨイ様がいたからここまで来ることができたんです。本当にありがとうございました』
『何言ってるんだい。あんたは自分の力で立ち上がって生きてきたんだよ。私はそのそばにいただけさ。いや、むしろそんなあんたの姿に私は勇気づけられたのさ。本当にありがとうねえ』
何かを口にしようとしたけれど言葉にならなかった。涙を堪えて必死に笑顔を作って、何度も何度も頷いた。
『咲人、私はもう思い残すことはない。この村に生まれ、優しい村人達に囲まれて本当に幸せだった。きっと日本中の桜の中で一番の幸せ者だね。村人達によろしく伝えておくれ。来世もまた必ずあんた達の元に生を受けると』
『はい!必ず伝えます。さようなら、ヤヨイ様!また必ず逢いましょうね!』
『ああ、また逢おうねえ』
ヤヨイ様はそう言って最期の花びらを華麗に散らした。村人達が大きな歓声を上げている。そこで僕はハッと気づいた。
(えっ……音が……声が……聞こえる……?)
僕は耳を澄ませてみた。
「ヤヨイ様、素晴らしい最期じゃった!本当にありがとうございました……!」
これは村長だ。少し掠れた震える声を、必死に絞り出して叫んでいる。
「美しい花吹雪だったよ!」
「素晴らしい景色をありがとう!」
村人達が口々にヤヨイ様への感謝の声を上げ、大きな拍手を送っているのがはっきりと聞こえた。僕の胸はにわかに高鳴った。
「えっ?これは……夢?」
すると、聞き慣れた声が聞こえた。
「耳が聞こえるようになった気分はどうだい?あんたには一番世話になったからね。どうしても恩返しがしたかったのさ。あんたがずっと、耳が聞こえるようになったらいいのに、って思っていたこと、私は知ってたよ。だから、何とかしてやりたかったんだ」
「ヤヨイ様……!ありがとうございます……!」
「私からの最期の贈り物だよ。咲人、あんたの幸せを私はずっと祈っているよ」
頭の中ではない。僕の耳にヤヨイ様の声は直接聞こえたのだ。様々な思いが一気に込み上げ、堪え切れなくなった僕はその場に泣き崩れた。その時、後ろから誰かが駆け寄って来る音が聞えた。肩を優しく叩かれた。
「咲人⁈大丈夫か⁈」
初めて聞く声だった。太くて低い青年の声だ。しかし、その声の主が誰なのか僕には分かった。
「仁哉、僕……耳が聞こえるようになったよ……!」
「えっ⁈い、一体どういうことだ⁈」
「ヤヨイ様が僕の願いを叶えてくれたんだ……!」
顔を上げてそう言うと、仁哉は目を丸くして驚いていた。
「凄い……凄いぞ!咲人!ヤヨイ様!」
仁哉はそう言うと、満面の笑顔を浮かべて僕の体を思い切り抱きしめた。
「ちょっ……痛いよ仁哉!」
「だってまさかお前とこうして会話ができるなんてな!」
彼はそう言って僕の背中をバンバン叩いた。
「だから痛いってば!」
「はははっ!すまん!」
その時、仁哉が僕の頭に何かが付いていることに気が付いた。
「ん?これは……」
仁哉の手元を覗き込むと、そこには一枚の桜の花びらがあった。
「ヤヨイ様の欠片じゃん!」
「そうだね!」
仁哉はそれを僕の手のひらにそっと乗せてくれた。
「僕が貰っていいの?」
「当たり前だろ!だってお前の頭に乗ってたんだからよ!」
「そっか!」
僕達は顔を見合わせて笑い合ったのだった。
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