第108話「揺れる教国」其の一
第百八話『揺れる教国』其の一
【メタリハ・エオルカイ教国にて】
教国の首都『マスタブパペト』、人口約七十万人。
建造物は白で統一された不自然で神聖なる都市。
首都マスタブパペトの規模は大陸中部で大きいと言える。しかし、首都以外は過疎化が進み、人口減少と都市崩壊の危機に直面している。
首都以外に開発する意欲を見せない教皇庁は、その事に対して気にした様子はない。何故なら――
地方が困窮している?
信仰心が足りんのだ。
この問答で万事解決するからだ。
教国の人間はこれを言われると何も言い返せない。
だが、教皇庁の人間がそれをそのまま言い返される事になった。
隣国の辺境都市壊滅から続く
教国の者と言われる大男が辺境都市を蹂躙し、辺境伯の娘を辱め、最終的に娘は死んだ。
その日と前後して国境の村がメタリハの兵と思われる存在により滅ぼされ、メタリハの村々も教国兵と思われる存在から滅ぼされている。
それから幾日かしてキンポー平原の戦い。
辺境伯軍は全滅。戦場には多くの教国兵も斃れていた。
さらに、戦場から離脱したと思われる辺境伯も、居城の一室で魔法攻撃と推測される追撃により爆死。
これらが全て、教国による仕業だとメハデヒ王国は非難している。
辺境伯は勇者の義父、その勇者も声を荒げて乗り込んできた。
教皇庁は困惑した。
否定はするが、物的証拠が多すぎる。
幸い、懲罰に来た勇者は教国が集団召喚によって転移させた少年だ、その少年を
聖女の一睨みと『キモッ』と言う
しかし、メハデヒ王国との溝は修復困難と予想された。
愛神エオルカイを奉じる教徒同士の争いになる。
大教皇を頂点に据える教皇庁は頭を抱えた。
何故、愛神は神託を下ろさずに静観しているのか?
教皇庁の皆が嘆きつつ天に問う。
奴隷の白エルフ少女がポツリと呟いた――
「信仰心が足りないのよ」
その日、酷い拷問を受けた白エルフの少女が、教皇庁前広場で火刑に処された。
しかし――
天から注がれた光によって、少女は炎から護られた。
その光は誰もが知る光、加護の儀で天から注がれる光。
そして、殆どの者が知らない、世界が許可した光、ルールに抵触しない光。
少女は焼けた丸太に鎖で繋がれたまま微動だにしない。
静まり返る群衆、震える聖職者達。
彼らの存在を気にするでもなく、少女は天に向かって叫んだ。
「嗚呼っ!! マハーアートマンッ!! マハーラージャッ!!」
そして少女は、燃え盛る炎の中、漆黒の大地に沈んで消えた。
偉大なる真我は愛する息子に意識の大半を注ぎ、その息子が大切にするモノに僅かな意識を傾け、それ以外に興味が無い。基本的に動かない。
だが、相棒の心に宿るおせっかいな知識が、愛する相棒の為にと母神のケツを蹴――いや背中を押す事もある。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
エオルカイ教総本山、ライザライニン神殿。
その最奥に在る『玉座』に王の如く腰を据える男。
大教皇『ラーヅ・ウル・リッヒ(百十二歳)』である。
白地に金糸の刺繡が施された大教皇冠を置く頭は白髪に覆われ、不健康そうな
高身長は大陸中部以西に見られる人間の特徴だ。
白い聖衣の上に大教皇が羽織った床まで届く光沢ある青いマントの縁には、幼少の猫獣人から刈り取った柔らかい白毛が贅沢に施されていた。
マントの生地は生け捕ったナイトクロウラーに吐き出させた
魔族は路傍の石、獣人は経済動物、それは教国の常識。
エオルカイ教に於いて神のみ座る事の出来る玉座、そこに座る時点でこのラーヅ・ウル・リッヒと言う男の信仰心が
彼の言い分としては「神がお座りになる玉座は天に在る」から大丈夫とのこと。
そんな大教皇の前に跪くのは教国の大幹部たる三教皇。
赤地に金糸の刺繍が施された教皇冠が彼らの頭に据えられていた。
白い聖衣は大教皇と同じ物だが、獣人の血で染められた赤黒いマントは腰までの長さ、縁には幼い犬獣人の白い体毛を使っている。
『カァク・ハメルド(百七歳)』、『ジェイム・ヘドフィル(百十一歳)』、『エイソン・ヌーステド(百五歳)』。
彼ら三人、高身長で白髪に瘦身瘦躯は大教皇と変わらない。愛神による加護は大教皇より弱めで、年齢は六十代前後に見える。
そしてこの場に居る最後の一人、白い聖衣を纏った長い茶髪の聖女『
特に語るべき風貌ではないが、強いて言うなら日焼けした一重目蓋のモンゴロイド女性、だろうか。多くの異性を魅了する容姿とは言い難い、しかし、異世界に来て状況は変わったようである。
彼女は広義の勇者、転移時に愛神から加護を賜っている特別な存在。大教皇に跪く事は無い。誰に対しても無いが。
神聖な玉座の間に、そんな五人が暗い面持ちで瞑想を、いや、祈りを捧げていた。
捧げる先は無論、教国の主神『愛神エオルカイ』。
五人は必死に祈る。未だかつてない信仰心を以って祈る。
しかし、愛神からの神託、返事が無い。一向に無い。
キンポー平原の戦いがあった日から、待てど暮らせど神託が下りない。この五人だけではなく、教国内の誰一人神託を得た者は居ない。そんな報告は無かった。
四百年続く教国史上初めて、有り得ない状況だ。
少なくとも聖女が愛神に祈れば必ず返事が返って来た。それが無い。音信不通、連絡が途絶えたとも言える。
しかも、彼らの加護が急激に弱まった。精神を研ぎ澄ませば感じていたモノが無い。
即ち、天上から注がれていた神気を感じない。
これにはさすがに焦った。
特に、
聖女も不安を覚えずには居られない。つい先日、教国を出奔した同級生が怒鳴り込んで来た。その時は高校時代と同じように侮蔑と罵声を浴びせ撃退出来た。
だが、その時は既に聖女の加護は薄れており、出奔勇者と戦闘になれば十中八九負けていただろうと思い至る。聖女は初めて危機感を覚えた。
かつて、高校では最下層のゴミだった男、名前も覚えていないゴミ、そんなゴミが自分を蹂躙するかもしれない。不快な恐怖だった。
聖女は焦っていた為に気付かず、勇者は無知故に気付かなかったが、怒鳴り込んで来た勇者も加護が薄れている。
召喚された場所も、加護をくれた神も同じだから当然だろう。
勇者達は鑑定スキルを無効化する能力を授かる。これも世界が定めたルールであるが、その本来貴重なはずのスキルが勇者達に疑心暗鬼を生じさせ、彼らが
幸か不幸か、聖女と出奔勇者はその無効化スキルによって互いの状態を確認出来なかった。
この一件で、桧野登美子と言う奔放な少女は真剣に、生まれて初めて真面目に他人の意見を聞こうと思った。
聞こうと思ったのに返事が無い。あの嘘臭い微笑みと桃色の髪が
苛立って奴隷の白エルフ少年を痛めつける。
召喚勇者達にも魔族や獣人に対する嫌悪は有る。しかし美男美女の人外は別、置き物と変わらぬと言うなら好きにする。誰からも
考える余地も選択する必要も無い、他種族の美形は性奴隷一択、これのみ。それ以外の選択肢を選ぶ者は男女共に皆無である。
それはさておき、登美子が最後に得た神託は『大森林浅部を制圧せよ』、それだけ。
理由も分からない、制圧の具体的な完遂状況も分からない、大森林中部魔族への備えも分からない、そもそもメハデヒ王国内を通過出来るのかも分からない。
女神は何故、キンポー平原の戦いがあった日に他国の森を侵せと神託を下ろし、同日に連絡出来なくなった上に神気が消えたのか。
そこが一番分からない。
しかし、四人の老人と登美子は同じ予感を胸に抱いていた。
その悪い予感を払拭するべく、必死に祈りを捧げる。
『信仰心が足りないのよ』
先日、ナマイキな白エルフの少女が放った呟きが、五人の耳から離れなかった。
神の威光によって火刑から護られた魔族の呟きが、どうしても耳から離れない。
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