13. 雷穿と焔撃

 目の前に立ち塞がるのは、かつて憧れた男。

 存在、振る舞い、そしてプレイヤーとしてのカリスマ性……その全てにおいて尊敬の念を抱いていた存在だ。


 ——そんな男が、今や偽りの鎧で着飾った小者にしか見えない。


「豪炎寺だぁ? 豪炎寺だろ。三下が調子に乗ってんじゃねぇぞ!」


 などと、唾を撒き散らしながら吐き捨てるように話す姿こそ、まさに三下。

 額に血管が浮かび上がり、怒り狂ったように歪んだ表情を見せる。


 留美奈はその様子を見て、怖くなったのか俺にぴたりと隙間なくくっついてきた。


「大丈夫だからな、留美奈。を持って少し後ろに下がって待っててくれ」


 俺は【クラウド】から、御守りにも似た手のひらサイズのアイテムを引っ張り出す。

 アイテム名は——『天蓋ノ守護』。


 彼女の手を優しく包み込みながら、ソッとそれを渡した。

 何のアイテムなのか気になる素振りを見せるが、質問する事なく両手で大事そうに握りしめる。


「ありがとう。気を付けてね、星歌くん」

「あぁ。……絶対に二人で帰ろうな」

「うんっ!」


 俺の言葉に留美奈は安心したようで笑顔を見せる。

 ——やっぱり、留美奈は笑顔が一番だな。

 しっかりと脳裏に焼き付かせてから、対峙すべき敵の方へと向き直る。


「人前でイチャイチャと見せつけてくれやがって! オマエのようなカスE級プレイヤーが、この選ばれし英雄たるS級の僕に勝てるはずないだろう!」

「カスE級か。化けの皮が剥がれまくりだな」

「はっ……ゴミをゴミとハッキリ口にして何が悪い! オマエなんざ一瞬で消し炭にしてやるよ」


 チープな挑発を恥ずかしげもなく告げて、豪炎寺は手にした刀に力を込める。

 途端に刀身に茜色の焔が纏われ、二人の領域内は火山の火口近辺に似た灼熱地獄へと変化する。


 猛烈な熱気で呼吸をすると肺が焼けてしまいそうだ。

 とんでもないクズだが、プレイヤーとしての資質はやはりS級なのだ。


 だが、例え相手がS級であったとしても俺の戦闘スタイルが変化する訳ではない。

 いつも通り【検索】と【ダウンロード】……そして【アップデート】を駆使するだけだ。


 ———————————————————————

[検索対象者のスキルを表示します]


■《炎帝修羅イフリート

⇒焔を自在に操る能力と常時攻撃力に強力なプラス補正がかかります。力の制御を失うと暴走状態になり………。

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[スキル《炎帝修羅イフリート》をダウンロードします]

[……《炎帝修羅イフリート》は使用者に命の危険が伴うため、ダウンロードを推奨しません]

[ダウンロードを強制終了します……]———————————————————————



「……なっ!?」


【ダウンロード】をこれまでのように上手く使う事が出来なかった事実に、俺の思考は停止する。


 この場は『煉獄の赤龍』のギルド要塞。

 つまり豪炎寺の得意とする場所での戦闘であるため、戦場で手にするスキルも込みで勝利出来ると計算していた。


 このままでは互角……いや、長期戦になれば確実に不利となる。

 まさかの事態に動揺し、開いた口が塞がらない。


「ププッ、僕の偉大すぎるスキルを前にちびったのか? この灼熱に包まれた地獄の焔はもはや僕の領域、僕の世界だ! 万に一つも勝ちめなんてないぞ?」


 ニヤけた面構えでそう告げると、豪炎寺は一瞬で距離を詰めてくる。

 眼前に迫る刃を寸前で防ぎ、受け止める。

 ぶつかり合う蒼白のいかずちと赤茜のほむら

 吹き荒れるスパークと火花が衝撃波生み出すと周囲へ波及していき、地面が大きくひび割れた。


 このまま押し返し、五分の鍔迫り合いに持ち込もうと考えたが、力強く押し込まれる形になる。

 なんとか踏ん張るも、後方へザザッと五メートルほど後退りさせられた。


「……これが《炎帝修羅イフリート》の力……焔の領域と攻撃補正か」


 全身の身体能力を軽く向上させる《身体強化》と一点に力を凝縮させる《剛腕強化》の良い所だけを混ぜ合わせたような、純然たる強化のスキル。


 それだけではない。

 豪炎寺は刀の扱いに慣れすぎている。

 スキル《神域刀剣術》には僅かに及ばないが、それに匹敵するほど洗練された技術ワザをモノにしていた。


「豪炎寺家はかつて名家の侍だったんだぜ。幼少期から真剣を握らされてきたんだよ。付け焼き刃のスキル如きでどうにかなるわけないだろ? ほらぁ、次々いくぞ!」


 流暢に語る豪炎寺の姿は、これまで以上に生き生きとしている。

 振りかざす刀が、剣技が、それを物語っていた。


 後退させられながらも刃を交え、刀を撃ち合い、散らされる火花を前に深く反省する。


 どのような相手だとしても、おごらず……常に何か得るものがあると考えるべきだった。

 強力なスキルを会得し、S級と同等の力を手にしたと考えて舐めてかかっていたのは俺の方だ。


 状況を打破する為には、限られた状況の中で勝機を見出すしかない。

 ここからは全てを見逃してはならないのだ。

 豪炎寺が放つ息遣い、剣技、獰猛な火炎地獄、その全てを目に焼き付ける。

 ———————————————————————

[スキル《炎帝修羅イフリート》を再ダウンロードします]

[……《炎帝修羅イフリート》は使用者に命の危険が伴うため、ダウンロードを推奨しません]

[ダウンロードを強制終了します……]———————————————————————


 くそ、さっきと同じか。

 ……いや、まだだ!

 諦めない、絶対に!!


———————————————————————

[【ダウンロード】と【アップデート】を同時実行します]

[情報過多により使用者に強烈な負荷がかかります]

[それでも同時実行を実施しますか?]

[【YES / NO】]———————————————————————


「——っ!」


 表記が変化したことで心が躍ると同時に、『負荷』という文字に不安をかき立てられる。


 それでも今は信じるしかなかった。

 これまで俺を成長させ、最弱の底辺からS級並みの強さまで昇華させてくれた【スマートスキル】のことを。

 この戦いを勝利へと導く、新たな力の誕生の可能性を!


「……YESしかないだろ!」


 選択した刹那——脳内がキリキリと痛み、悲鳴をあげる。

 体内の血流が一気に加速し、まるで血が沸騰してしまっているかのような強烈な痛みと熱さに襲われた。


 目が眩み、視界が血で滲み歪む。

 それでもなお、刀を握り、奴の姿をその瞳に捉え続けた。


「……星歌くん!」


 背後から聞こえるのは、留美奈の声。

 余裕は一切ないが、少しの間視線を移し彼女の姿を瞳に浮かべる。


 心配そうな表情ではあるが、両手を胸の前で握り合わせじっと見守ってくれている。


 彼女と過ごしたこれまでの時間、空間、記憶——それらが一気に思い起こされ……俺に勇気と力を与えた。


「……ありがとうな、留美奈」


 キミがいるから頑張れた。

 キミがいたからここまで来れたんだ。

 ……だから、俺は。



 "——今ここで、限界を超える!"



 強くあろうとし、高みを目指し続け、志を抱き続けた者が辿り着ける極地へと———そして、その時が訪れる!

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[スキル《炎帝修羅イフリート》を変換。新たな固有スキルを獲得しました]

[新たに獲得した固有スキルをもう一段階【アップデート】します……]

[……成功しました]

[真なる想いが固有スキルを更に昇華させます]

[新たに『覚醒スキル』を会得しました]———————————————————————


 それは俺も聞いた事がない『覚醒スキル』という存在。

 すぐさま確認した詳細に、笑みが止まらなくなる。


 対峙する豪炎寺も、さすがに俺の様子がおかしいことに気付く。

 そしてその笑みが己との力の差を感じ、恐怖して出たものではないことに違和感を覚える。


「何だ……何が、おかしい? その不気味な笑みは何なんだ!?」


 勝利が近いはずの豪炎寺は焦る表情を見せ、後方へよろめく。


 決して先程まで感じていた痛みが消えた訳ではない。

 しかし、新たな力を手にした今は、それさえも心地よく感じる。

 愛刀『雷電鳴光』を鞘に収め、【クラウド】へと戻す。


 丸腰状態になったはずの右手には程なくして、音もなく金色に輝く一筋の光が露わになる。

 光が剣へと形を変えると、一層濃い煌めきを放った。


 その手には本当に剣が握られている訳ではない。

 所詮は光で創造された、偶像に過ぎない。

 それでも豪炎寺の目には、これまで見た何よりも圧倒される恐怖を感じたらしい。

 目を限界まで見開き、口をパクパクさせ、大きく尻餅をつく。


 その姿を前に、俺は光の剣を握る右腕を高々とかざし——『覚醒スキル』の真名を叫んだ!



「——《現ナル幻界アザトース》!」






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