第十五話 薬草の入手




「やめろぉおおお――っ!」


 咲弥は叫び、上半身をがばっと飛び起こした。

 焦点が定まらず、視界も頭もぼやけている。

 ここはどこかの洞窟の中か、赤黒い岩肌が見えた。

 呼吸がひどく乱れ、喉の奥から痛みが広がる。


「こんの、ばかっ! ビックリしたでしょうが!」

「オドを消耗しすぎたな。気絶程度で済んでよかったぜ」


 声のほうへ、咲弥は目を向けた。

 休憩していた様子のネイとゼイドに、アズロの姿もある。

 現実と思ったほうが夢で、夢と思ったほうが現実だった。


 この世界に来てから、思えば故郷の夢を見た記憶がない。

 懐かしさと寂しさが、胸をじわりと絞めつけた。

 浮いた涙を拭い捨て、咲弥は謝罪する。


「すみません。僕、気絶してたみたいで……」

「あんたが倒したから、別にいいけどね」

「いいえ……お二人がいなければ、殺されてました」

「本来、等級が下の上級が適正だとさ」


 ゼイドはからからと笑う。

 ネイが歩み寄り、咲弥の前でしゃがみ込んだ。

 ふわりとした風が流れ、華やかな香りが鼻腔びこうをくすぐる。

 手にしている通信機を、ネイが見せてきた。


「ほら! あいつ、討伐リストに入ってたみたい」

「……こういう写真、どうやって撮ってるんですかね」

「んぅ? そりゃあ、ギルド員の誰かじゃない?」

「そんな仕事をしてる方も、いるんですね」

「そんなことより、あいつの討伐報酬二五〇〇〇だって」


 かなり高額の報酬だと、咲弥は一瞬だけ驚いた。

 しかし命がけであり、わざに狙うのはどうかとも考える。

 それぐらい、危険極まりない魔物だったのだ。


 ネイはしゃがんだまま、通信機を腰の鞄に戻し入れる。

 そのとき、つい彼女の胸元に、咲弥の目がいく。

 ネイが振り返る気配を察知し、視線を別の方角に向けた。


「この報酬は、三人で山分けね」

「えっ? いいんですか?」

「まあ、ボーナスみたいなもんだし」


 山分けだと言われ、少々不思議な気分になる。

 お金が好きなネイであれば、討伐報酬も独り占めしそうに思えた。少しばかり、彼女のことを誤解していたらしい。

 咲弥にとっては、素直にありがたい話ではあった。


「あ、ありがとうございます」


 お礼を告げるや、ネイは軽快に立ち上がる。

 ゼイド達も、ゆっくりと立ち上がっていた。

 その二人を見てから、咲弥は自身の右手を見つめる。

 限界突破を二度も使ったが――自身に使用したときとは、明らかに違う。だるさはあるが、動けないほどではない。


(きっと、あれは禁断の方法なんだろうなぁ……)


 二度と自身には使わないと決めて、咲弥も立ち上がる。

 ゼイドが背伸びをしながらに言った。


「さて……それじゃあ、そろそろ帰るか」

「そうね」


 ゼイドのほうへ、ネイは歩んだ。

 近くにいるアズロの顔は暗い。


「あっ、あの……もう、ここまで、入ってしまったんです。だからついでに、薬草を探しに行ってはだめでしょうか?」

「だぁめ。ゴブリンの残党が、まだ残ってんだから」

「なりゆきでここまできたが、あんまよろしくはねぇな」


 よろしくない――咲弥は、ゼイドの言葉を思いだした。

 ボランティアは、冒険者にはよくないことなのだろう。


「僕の分け前を……依頼料代わりってことでどうですか?」

「どうしてそこまでするわけ? 知り合いだった?」

「そうじゃないですけど……なんだかほっとけないんです」


 ネイとゼイドは困り顔で、同時に首をかしげる。

 悪夢だったとはいえ、家族の顔を久々に見た。

 そこから、祖父との記憶が脳裏によみがえる。


「僕の、じいちゃん……あ、祖父は、もし本当に困っている人がいたら、その手を引いてあげられる人でした。きっと、そんな祖父を見て育ったからですかね」

 咲弥はネイ達を、まっすぐに見据えた。

「……そうしてあげたいって、僕も思ってしまうんです」


 ゼイドが重いため息を漏らした。

 ゼイドは腕を組み、アズロのほうへと顔を向ける。


「小僧。俺らは出口探しに迷っちまい、たまたま咲いていた薬草を発見し、なんとなくんで帰った……わかったな?」


 ゼイドの言葉に、アズロははっとした顔をする。

 咲弥は自然と笑みがこぼれた。


「私の荷物持ち君に感謝しなさいよ」

 ネイは言ってから、咲弥を振り返った。

「それにしても……あんた、いつか絶対ばか見るわよ」


「……はい! そうかもしれません」


 ネイは額に手をあてて、小さなため息をついた。


「それじゃあ、薬草を探して帰るか」

「そうね」

「あ、あの……」


 アズロがおびえたような声を出した。


「よろしく……お願い……します……」

「おう」


 ゼイドは短く応え、大きな荷物を背に抱えて歩き出した。

 咲弥の体調を、気遣ってくれているらしい。


「すみません。ゼイドさん」

「ゆっくり歩いていいからな」

「はい」


 咲弥はやや重い足取りで、ゼイドの後ろについた。

 そのゼイドの隣に、ネイが並んだ。


 前を歩く二人を見つめ、ふとゼイドの状態が気になる。

 気絶前の戦いでは、本当に熊にしか見えなかった。

 今は熊らしき要素以外、普通の人の姿をしている。


「あ、あの……」

「ん?」

「ちょっと変なことを、いてもいいですか?」

「お、おう?」

「ゼイドさんって、変身できるんですか?」

「へっ……?」


 ゼイドは肩越しに、ぽかんとした顔を見せた。

 妙な沈黙が流れ、咲弥は勘違いだったのかと思い始める。

 限界突破の代償で、幻覚を見ただけなのかもしれない。


昇華しょうかのことか?」

「昇華……?」

「ああ。獣人はみんな、昇華っつう特殊能力を持っている。俺は熊みたいに形態変化し、力と耐久が格段に上がるんだ」


 漠然と人狼の逸話いつわが、咲弥の脳裏に浮かぶ。


「へぇ、そうだったんですか」

「だから、獣人は基本的に薄着をしている奴らが多いんだ。変身をすると、ほら……服とかが、こう破けちまうからな」

「ははっ。なるほど。格好よくて、凄かったです」


 この世界には、空想上だった生き物が多々といる。

 別の惑星なのに類似点が多く、少し不思議だった。


「あんたねぇ……ほんと、呆れるぐらい無知なのね……」


 ネイの頬が、少し引きつっていた。

 唐突な指摘に、咲弥は小首をかしげる。


「一応、言っておくわ……結構、デリケートな話よ。それ」

「え……?」

「その昔、獣人は魔物と同一視……差別をされてきたのよ。いまだによその国では、平然と差別するばかが多いからね」


 咲弥は、サァーッと血の気が一気に引く。

 ゼイドは豪快に笑った。


「はっはっはっ。まあ、俺は気にしねぇがな」

「す、すみません! 僕の……考えたらずな、質問でした」

「なあに。知らなかったんだろ?」


 咲弥は内心、穏やかではない。

 しかし必死にこらえ、ゼイドにうなずいて応えた。


「は、はい……本当に、申し訳ありませんでした」

「さっきも言ったが、俺は気にしちゃいない。でも気にする奴もいるかもしれんから、そこだけは気をつければいいさ」


 ゼイドに優しくさとされ、咲弥は心から反省する。

 知らなかったこととはいえ、本来なら許されない。


「ところで、その薬草ってどこに生えてんの?」


 気遣ってくれたのか、ネイが話題を大きく変えた。


「噂で聞いたことがある。濃度の高いマナが充満する場所があるんだと。そこに万病に効く薬草が、生えているのだとか……真偽は知らんがな」


 ネイは目をキラキラと輝かせた。


「へぇ……それって、お金になるわけ?」


 ゼイドは呆れ顔で、ネイを見つめた。


「本当にあれば、なるんじゃないか?」

「よっしゃあ! ちょっとやる気が出てきたわ!」

「……節操せっそうのねぇ女だな」

「なあによ。お金は大事でしょう? ねえ?」


 いきなり話を振られ、咲弥はびくっとする。


「そうですね。お金がなければ、ご飯も食べられませんし」

「ほらあ?」

「まあ、そりゃそうなんだが……だからこそ、俺達は安易に無償の依頼なんか受けちゃいけない。わかるか、小僧?」


 アズロの顔は暗い。

 返答を期待していないのか、ゼイドはそのまま喋った。


「まあ、それはいいとして……咲弥君」

「は、はい?」

「冒険者の一端を体験して、どうだった?」


 ゼイドの唐突な質問に、咲弥は少し考え込んだ。


「……正直、ゼイドさんやネイさんのように、もっと知識と戦闘技術を身につけなければ、僕一人では……難しいのだと再認識しました」

「何も……一人で背負い込む必要は、ないんじゃないか?」


 ゼイドの言葉に、ネイが乗っかった。


「そうそう。荷物持ち君として、仕事をこなせていたわよ」

「それはアレだが……でも、役割を担えばこそのチームだ」


 咲弥は衝撃を受けた気分であった。

 天使から、ほかの使徒達は殺しても構わないと告げられ、世界を救う必要もないとも言われた――だから全部、一人でやらなければならないと思い込んでいた。

 どう考えても、一人だけで達成できるはずがない。


「……そうですよね。一人でやらなくてもいいんですよね」

「あんたは……少し危ういわね。気絶とかしてたら、ほんとシャレになんないわ」

「実力は少しずつ身につくさ。つか、俺らもそうだしな」


 ゼイドは苦笑した。

 ネイが両手を頭に回し、仰々しいため息をつく。


「私はお金さえあれば、等級もがんがん上がるのになぁ」

「どうして、そんなに金がねぇんだ?」

「ふふっ。女ってのはね、お金がかかるものなのよ」

「金をかけているようには……見えねぇけどなぁ」

「はぁ? ばか? どういう意味よ」


 ネイがじろりと、ゼイドをにらんだ。

 少し険悪なムードに、咲弥は手振りだけでなだめる。

 そうこうしている間に、新たな空間へと出た。


「お、ここじゃねぇか?」

「うぇ……気持ちわる……マナ酔いしそうなんだけど……」

「マナ酔い、ですか……?」


 初めて聞く単語に、咲弥は素直にいた。


「属性は相性があるからな。例えば火属性の高濃度なマナが充満している中に、木や風属性のオドの持った者が行くと、悪酔いした感じになるんだ」

「へぇ……そうなんですね」

「ただ、こいつの場合……単に当てられやすいだけだろ」


 ネイは小さなため息をついた。


「私は、敏感で繊細なの……」

「そんな口がきけるんなら、ほうっておいても大丈夫だな」

「か弱い乙女にひどくない?」

「どこがだ。なあ?」


 また話を振られ、咲弥は苦笑いで誤魔化す。

 ゼイドがけらけらと笑い、先陣をきって進んだ。


「どこにあるかわからないし、ちょっと探してみようぜ」


 アズロはゼイドの後を追った。

 ネイは重い足取りで、うなだれながら歩いている。

 咲弥はその場に立ち止まり、一通り周囲を眺めた。


 古びたレールに、破損したトロッコ――壁にはぼろぼろの木の板が張ってある。当時は、採掘作業をしていたようだ。

 現在は荒廃した空間だが、頻繁に出入りした跡がある。

 ゴブリン達が行き交っているわりには、罠は特にない。

 咲弥の位置からでは、それぐらいしかわからなかった。


(どこに、そんな花……咲いてるんだろ)


 ネイやゼイド達とは、別の場所を探すことにした。

 少し先に、高台のような場所がある。

 そこに登れば、もう少し辺りを見回せそうだった。

 上り終えた先の光景に、咲弥は愕然となる。


「そんな……」

「おぉーい。見つけたぁ?」

「ああ、いや……」


 ネイになんと返答していいか、咲弥は悩んだ。

 目の前には、薬草が生えていたらしき痕跡がある。

 おそらく、ゴブリンに荒らされてしまったらしい。

 ネイ達が咲弥のほうへと、ゆっくり向かってきた。


「あらら……これはだめそうね」

「ゴブリンのしわざだろうな……」


 ネイとゼイドが、落胆した声でつぶやいた。


「嘘だ……そんな……」


 アズロが呟き、奥へと進んだ。

 慌ただしく周囲を見渡してから、まるで崩れ落ちたように四つん這いの姿勢となった。アズロは荒れた地面を、素手で払いのけている。

 ただただ必死の形相で、花を探しているのだ。


「全部が全部……良い終わりを迎えられるとは限らねぇか」

「こればっかりは、どうしようもないわね」


 諦めの雰囲気が漂ったが、それでも咲弥は進んだ。

 破棄されたトロッコの下や、瓦礫がれきの下なども確認する。

 傍観していたネイとゼイドも、次第に探し始めてくれた。

 ゼイドが黄土色の紋様を浮かべる。


「剛力の開花!」


 非常に重たそうな瓦礫や廃棄物を、ゼイドが動かす。

 力自慢のゼイドがいなければ、無理な探し方だった。


 咲弥もゼイドを手伝い、一緒に探し始める。

 どれほど探しても、くきより上の部分が見当たらない。

 そして――


「もう……いい……ありがとう……兄ちゃん達……」


 アズロは涙をぽろぽろと流した。

 アズロの言葉で、また諦めの雰囲気が満ちる。

 咲弥は悔しく思い、諦めかけたそのときだった。

 壁のでっぱりに咲く、三輪の花――咲弥は指を差した。


「あぁああああっ! あれじゃないんですかっ?」

「ん……ああ、たぶんあれだな。でも、ありゃあ……」


 ゼイドと瓦礫や廃棄物を、撤去したからこそ見える位置に花が咲いていた。だが、道が崩れて辿たどり着けそうにない。

 ジャンプだけで、どうこうなる距離でもなかった。


(でも……もしかしたら……)


 咲弥は、ネイを見た。

 ネイは察したのか、諦めたような吐息を漏らす。


「わかったわよ」

 そう言い、ネイは若草色の紋様を瞬時に描いた。

「疾風の舞」


 ネイはするすると、たやすく目的の場所まで辿り着いた。

 花を摘み、帰りは咲弥達の前まで飛んで戻ってくる。

 もはや、翼が生えた鳥を思わせるほどの身軽さであった。


「これでいい?」


 ネイは少し屈んで、アズロに手渡した。

 アズロは涙を流しながら、じっと花を見つめ続けている。


「本当に、ありがとう。これで、母さんを助けられる」

「お母さん、元気になるといいね」


 咲弥は笑みを作って、アズロを励ました。

 うなずいたアズロを見て、咲弥はほっと胸をで下ろす。

 ゼイドが肩を回しながら、豪快な声で言い放った。


「よっしゃ! それじゃあ、今度こそ本当に帰るか!」

「本気でマナ酔いしそうだし、私は早くここから出たい」

「はは……帰ったら、ギルドで飯でも食おうぜ」

「はい! ぜひ!」


 咲弥達は、出入口を目指して歩き始めた。

 突然、奥のほうから不穏な気配が漂ってくる。

 おびただしいほどの足音が、徐々に近づいてきていた。


「まったく残党を見かけないから、おかしいと思ったわ」

「こりゃあ、あれだな。総結集している気配だな」

「ど、どうしましょう……?」


 咲弥は戸惑い、ネイ達を見る。

 すると途端に、咲弥はゼイドに大荷物を背負わされた。

 その直後――咲弥はゼイドの背中に、そしてアズロは前に抱きかかえられた。


「ゼ、ゼイドさんっ?」

「二人とも、しっかりつかまってろよ!」

「逃げるわよ!」


 最初に、ネイが軽快に駆けだした。

 続いて、ゼイドが重い足音を立てて走る。

 背負われていることに恥じ入りながら――

 咲弥はただただ、前を見据え続けた。



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