第19話 エドモンの秘密
曲がりくねった坑道の奥に、光が見えた。
「その先だな」
ラークが呟き、エドモンが頷く。
頭に叩き込んだ地図によると、先に見えるカーブを曲がれば、少し広い場所があるはずだ。
コアルームと呼ばれる、ダンジョンの最深部である。
あの光は、最深部にあるダンジョンコアが放つものに違いなかった。
「ねぇ、ダンジョンコアってどうやって壊せばいいのかな?」
「強い力をぶつければ壊れるらしいから、とりあえず俺の青魔法でぶん殴ってみるよ」
「そうだね。それでダメならボクの魔法で硬度を下げてやれば……」
そうやって喋りながら歩いているうちに、ふたりはコアルームへと辿り着いた。
そして目の前の光景に、エドモンは言葉を詰まらせ立ち尽くす。
ラークも立ち止まり、思わず息を呑んだ。
ふたりが見る先には、両手で抱えなければならないほどの大きな宝玉があった。
それこそ、ダンジョンコアだろう。
だが彼らが驚いたのはコアの姿にではない。
その宝玉のすぐ近くに、人影があったからだ。
黒いローブを身に纏った男性だった。
頬はこけ、ローブの袖から見える手は骨と皮だけのようだった。
わずかに覗く手首が驚くほど細い。
肌が青白く見えるのは、宝玉が放つ光のせいだろうか。
(なんで、こんな所に人が……?)
ラークはそんな疑念とともに警戒心を抱き、男性を見据える。
向こうも、ふたりに気づいているようだった。
「おやおやおやおやぁ」
ローブの男性は、白く長い髪をかき上げながらふたりを見た。
「こんなところで会うとは、奇遇だねぇ」
歯をむき出してニタリと笑う男の赤い目は、エドモンを捉えている。
そのエドモンは目を見開き、呆然としているようだった。
「くくくく……まったく、迷宮都市なんていう
「
男の言葉にラークが険しい表情を浮かべる。
「あんたが、なにかしているのか? それで
ラークは問いかけたが、男は彼を一瞥し、すぐにエドモンへと視線を戻す。
エドモンは相変わらず、ローブの男を見たまま固まっていた。
(知り合い、なのか?)
少なくとも、男のほうはエドモンを知っている様子だ。
「おい、エドモン――」
「エドモン!!」
ラークがエドモンを問いただそうとしたところで、ローブの男が大声を上げて言葉を遮る。
ラークは続く言葉を呑み、男とエドモンを交互に見た。
男は嘲るような笑みをエドモンに向けている。
「なるほどなるほど、エドモンと……アナタはいまエドモンと名乗っているのだねぇ」
ねっとりとした口調で男がそう言うと、エドモンは眉を寄せて歯ぎしりをする。
「健気だねぇ……かつて父が使っていた偽名を名乗り、彼の足跡でも辿っているのかねぇ」
どうやらエドモンというのは偽名であるらしい。
だが、偽名を名乗る冒険者は、少なくない。
エドモンに対する疑問は尽きないが、それ以上にこのローブの男が不快だった。
「おい、質問に答えろ!
エドモンへの疑問は棚上げにし、男を問い詰める。
男はふたたびラークを見た。
「さっきからうるさいよ」
次の瞬間、ラークは腹に衝撃を受けた。
「ごほっ……!!」
口から血が溢れ、身体に力が入らず、その場に崩れ落ちる。
「ラーク!!」
エドモンが叫び、駆け寄ってきた。
(攻撃、されたのか……?)
警戒していたはずなのに、まったく見えなかった。
気づけば、腹にタメージを受けていた。
「ぐぅ……ぁぁぁあああぁっ!!」
衝撃が収まり、激痛が始まる。
「ああぁぁぁああああぁぁぁああ……」
内臓をかき回されるような痛みが、続いた。
「ラーク! 大丈夫か、ラーク!!」
痛みに朦朧としながら自身の腹を見たが、コートやインナーに傷はついていなかった。
「ぐぅぅううぅぅううぅぅ……!」
激痛に耐えながらコートを開き、インナーをまくり上げる。
「がぁあぁ……これ、は……?」
腹が黒ずみ、その内側でなにかが
(
ポーチに手をのばし、
だが、効果はなかった。
「そんな……この、臭いは……」
エドモンが呟く。
その言葉で、悪臭に気づいた。
肉が腐ったような臭いだった。
これは、自分の身体から出ている臭いなのだろうか。
「あああぁぁぁああああぁぁああ……」
激痛は止まらない。
意識が、朦朧とし始める。
いっそこのまま、死んでしまったほうが楽なのではないか。
そう思い、ラークが意識を手放そうとしたときだった。
《ラーニング成功! [
その言葉と身体の奥底からみなぎる力に、失いかけた意識を取り戻す。
「ぐぅぉぉおお……!」
だが、激痛に耐えられるほどに、アビリティは上昇しない。
(そんなことより、なぜ、ラーニングが……)
ラークは男を凝視する。
男はニタニタといやらしい笑みを浮かべていた。
(そう、か……!)
ラークの頭に、ひとつの考えが浮かぶ。
「魔族……!」
ローブの男は魔族であり、だからこそ彼の攻撃をうけたことで〈ラーニング〉が発動したのだろう。
「ところでアナタ」
男が、エドモンに目を向ける。
「その青年を、見捨てるのかなぁ?」
「くっ……!」
男の言葉に、エドモンは顔をしかめた。
「いま、彼を救えるのは、アナタしかいないのでは?」
「それは……」
「まぁ、ワタシにとってはどうでもいいことだけどねぇ」
男はそう言うと、わざとらしく肩をすくめる。
「エド……モン……?」
ラークは、弱々しい声で彼の名を呼んだ。
「ラーク……」
エドモンは苦い表情のまま、ラークに目を向けた。
(死にたくない……)
ラークはそう思った。
生きて、生き延びて、いつか父と、そして家族と肩を並べて戦いたい。
その日が訪れるまで、死にたくなかった。
だが彼も冒険者である。
死ぬ覚悟は、できている。
「たす……け……」
「――っ!?」
それでもそんな弱音を吐くのは、激痛から逃れたいためだった。
彼が自分を救えるというなら、救って欲しい。
この痛みを、どうか止めてほしい。
だがどうしても助からないのなら。
彼に自分を助けられない理由があるなら。
せめて……。
「ころし……て……」
痛みから、解放されたかった。
「そんな、ラーク……!」
エドモンは悩みを断ち切るように何度か頭を振ると、ラークの腹に手を当てた。
「あ……あぁ……」
痛みが、ひいていく。
あたりに漂っていた悪臭は消え、黒ずんでいた腹も、元に戻っていった。
そうやってラークの症状が回復しつつあるなか――、
《ラーニング成功! [
――ラークの頭に天の声が響いた。
「なっ!?」
思わず声を上げ、身体を起こす。
そして、エドモンを見た。
「くっ……!」
彼は、申し訳なさそうに目を逸らした。
やがて、ラークの症状は完全に回復した。
最初からなにもなかったように。
そののち。
《[黒癒]の効果により[呪撃][黒癒]を忘却》
ふたたび彼の頭に天の声が響く。
(忘却……? なんだよ、それ?)
はじめての現象だった。
だがいまは、それよりも確認すべきことがあった。
「エドモン、君はいったい……?」
問いかけたが、彼はラークから顔を背けたまま口をつぐむ。
エドモンはこのローブの男と知り合いのようだった。
彼は魔族で、どうやら
不意打ちを受けたラークは激痛とともに死を覚悟したが、エドモンに救われた。
だがその結果、彼もまた魔族であるらしいことが判明した。
彼は何者で、なぜここにいるのか。
なぜ人に紛れて冒険者をやっていたのか。
「おやおやぁ。いけませんねアナタ、お友だちに隠し事なんて」
ニタニタと笑いながら告げられた言葉に、エドモンが顔を上げる。
「なんならワタシが教えてあげようかぁ?」
歪な笑みを浮かべたまま、男はラークを見た。
「……やめろ」
エドモンが小さく呟くと、男はふたたびエドモンに目を向ける。
「んー、だったらアナタ、自分で伝えなくっちゃあねぇ……」
その言葉にエドモンはちらりとラークを見て、すぐに目を逸らした。
そんなふたりの様子を見ていた男は、更に口角を上げ、歯を剥く。
「……自分が先代魔王モンテクリストのひとりムスメ、【黒巫女】セーラムだってことをねぇ!!」
「なっ!?」
「ええっ!?」
男の言葉に、ふたりが揃って声を上げる。
「そんな……!」
ラークは目を見開き、呆然としていた。
「ごめん、ラーク……ボクは――」
「エドモン、君は女の人だったのか!」
「――えっ、そこ?」
目の前にいる人物が魔族で、先代魔王の子というのはかなり衝撃的な事実のはずだ。
だがラークは、エドモンことセーラムが女性だったことに、大きな驚きを見せるのだった。
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