第9話 ラークの過去2

 旅は順調に進んだ。


 路銀に余裕があることが、なによりありがたかった。


 辺境伯の裏書きがある身分証も各所で大いに役立ったが、まだ父に守られているようで少し居心地が悪かった。


「まぁ、甘えられるところは甘えとこうかな」


 開き直ってそう考え、迷宮都市を目指す。


 馬車を乗り継いで数日、ラークは街道を南に進んでいた。


 馬車には十数名が乗っている。

 中には冒険者と思われる一団もおり、機会があれば話してみようと思っていた。


 そんな矢先のことである。


 ――キィィイイィイィーッ!!


 耳をつんざくような甲高い音があたりに響く。


 その直後、馬車が横転した。


「なんだ!?」


 倒れた馬車から放り出されたラークは、慌てて起き上がる。


「こ、これは……?」


 頭上に、大きな魔物がいた。


「なんで、グリフォンがこんなところに……!」


 乗客のひとりが呟く。


 グリフォンとは、鷲の頭と翼、獅子の胴体を持つ魔物である。

 魔境にも棲息するほど、強い魔物だった。


「あーもう! こんなところでこんな奴に襲われるなんてツイてないわねー」

「だが逃げるわけにもいかねーだろ!」

「拙者では力になれぬゆえ、乗客の避難を手伝おう」


 乗り合わせていた冒険者たちが、臨戦態勢に入った。


「おらぁ! かかってこいやぁ!!」


 戦士風の男性が剣を抜き、盾を構え、グリフォンを挑発する。

 その隙に、魔道士風の女性が杖を構えた。


「キュァアーッ!」


 だがグリフォンは戦士の挑発に乗らず、横転した馬車に襲いかかろうとする。


「させるか!」


 ラークは手近にあった石を拾い、投げつけた。


「キュイィッ!?」


 投げた石は降下したグリフォンの顔面に直撃する。

 大したダメージにはならないが、牽制程度の効果はあった。


「キュゥ……!」


 グリフォンが、敵意の篭もった視線でラークを見るや、身体ごと彼に向き直り翼を大きく拡げた。


「うそだろ!?」


 辺境で暮らしていただけあって、ラークには魔物の知識があった。


 あの予備動作は、まずい。


 彼は慌てて馬車の陰に身を隠したが、グリフォンは構わず拡げた翼を大きくはためかせた。

 すると風の刃が生み出され、ラークに襲いかかる。


 風の刃は馬車を切り裂いてなお止まることなく、ラークの胸に直撃した。


「ぐぁっ!」


 胸が真一文字に切り裂かれ、血が噴き出す。

 馬車に隠れていなければ、そのまま切断されていただろう。


 即死には至らなかったが、深い傷だ。


 致命傷といっていい。


「ぐぅ……」


 ラークは激痛に喘ぎながらポーチに手をやった。


 使用が間に合えば、助かる。そう思ってポーションを取り出し、手に取ったとき――、


《〈ラーニング〉成功! [ウィンドスラッシュ]を習得》


 ――天の声が頭に響いた。


(これが、ラーニング……!)


 身体の奥底から、力が湧き上がってきた。

 だがそれよりも先に、生命力が尽きていく勢いのほうが強い。


 まずはポーションを。


 そう思って視線を動かすと、自分に興味を失ったグリフォンが、ふたたび馬車に襲いかかろうとしていた。


 戦士と魔道士がそれを阻止しようと動いているが、飛行系の魔物と戦い慣れていないのか、かろうじて牽制できている程度だった。


 このままだと彼らは敗れ、全員殺されてしまうだろう。


「させ……るか……!」


 ラークはポーションを一振りだけ胸の傷にかけ、立ち上がる。


 そしてグリフォンに向かって両腕を拡げた。


「ウィンドスラッシュ……!」


 そう呟き、鳥が翼をはためかせるように、拡げた両腕を閉じる。


 彼はそのままうしろに倒れ、意識を失った。


○●○●


 気がつくと、見知らぬ天井が目に入った。


「おう、目を覚ましたか」


 起き上がり、声のほうに目を向けると、馬車に乗り合わせていた戦士風の男がいた。


「どうやら元気そうね」


 その隣には、魔道士風の女性もいた。


「うん、傷痕も残ってないですし、わたしってば天才ですね!」


 見知らぬ女性が、そう言った。


 分厚いメガネをかけた、狐獣人の女性だった。


「あなたが、俺を……?」

「はい! わたし、【白魔道士】のワカバっていいます。絶賛謝礼受付中ですよ!」

「ああ……じゃあ俺の荷物を……」

「えっ? いえいえ、冗談ですよ……ていうか、この人たちの応急処置がなければ、たぶん死んでましたからね。あと治療費もちゃんともらってるから大丈夫です」


 若干慌て気味のワカバが、早口でそう言う。

 メガネをかけていて目をあまり確認できないので、表情が読み取りづらい。


「じゃあ、みなさんに謝礼を……」

「待て待て! あんたがいなけりゃ俺たちはあそこで死んでたんだ」

「そうそう。命の恩人から、お金なんてもらえないわよ」

「拙者も、そなたが持っていたポーションを追加で振りかけただけでござる。応急処置といってもできたのはその程度でござるよ」


 部屋の入り口に、黒装束を着た鼠獣人の男性が立っていることに、遅れて気づいた。


「そう、ですか」

「ああ、そうだ。あんたの荷物はこれだけでよかったのか?」


 戦士風の男はそう言うと、ラークにポーチを渡した。


「ああ、はい。ありがとうございます」

「だから、礼を言うのはこっちだっての」


 受け取ったポーチを確認したところ、中身はそのままだった。


「おっと、遅くなったが自己紹介しておくよ。俺は冒険者のラキスト。ジョブは【戦士】だ」

「あたしはエコー。同じく冒険者で【黒魔道士】よ」

「拙者はセッター。【斥候】にござる」


 冒険者たちのあとに、ラークも続く。


「俺はラーク。【青魔道士】だよ」


 【青魔道士】と名乗ると、全員が興味深げな表情を浮かべた。


「へえ、青魔道士なんて珍しいわねー」

「俺も、はじめて会ったよ」

「だがあの見事な青魔法、相当の手練れとみえる」

「青魔法? ああ……」


 言われて、青魔法を初めてラーニングしたことを思いだした。


 なんでもあのあと、ラークの放ったウィンドスラッシュがグリフォンに直撃し、大ダメージを与えたらしい。

 そのおかげで、ラキストたちは辛くも勝利できたのだとか。


 そこでセッターが急いでポーションをかけて応急処置をし、ラキストがラークを担いでこの町を訪れた、というのが事の経緯だった。


「そこにこの天才【白魔道士】のワカバちゃんがいたわけですねー。よかったですね、ラークさん!」


 話の流れでワカバがそう言って胸を張る。

 実際彼女の回復魔法のおかげで、ラークは一命を取り留めたのだ。

 おそらくは致命傷だった傷の回復と、生命力消費のバランスをうまくとれるあたり、本当に有能なのだろう。


「ありがとうございます、ワカバさん」

「いいですねいいですねー。お礼ならどんどん言っちゃってくださいよー」


 それから5人は、とりとめもない話を続けた。

 その流れで、全員歳も近いことだし敬語はやめようということになった。


「ところでラークはこれからどうするんだ?」

「俺は迷宮都市へいって、冒険者になろうと思ってるんだけど」

「本当か!? ならよ、俺たちのパーティーに入らねぇか?」

「実はあたしたちもパーラメントを目指してるのよね」


 ラキスト、エコー、セッターは3人で『幸運の一撃』というパーティーを組んでいた。


 同郷でともに活動していたが、地元のダンジョンでは実入りがよくなく、ろくなメンバーも集まりそうにないということで、さらなる栄達を目指して迷宮都市パーラメントを目指すことにしたのだとか。

 こういうのはよくある話らしい。


「えっと……」

「ラークが加入してくれると心強いんだが」


 3人は、ラークの力を評価してくれているようだった。

 実際彼自身、〈ラーニング〉によるアビリティの成長で、かなり強くなっている自覚はあった。


「あー! なんだかおもしろそうなのでわたしも入れてくださーい」

「本当か!? 回復役の加入は大歓迎だぜ!」

「わーい」


 そしてあっさりと、ワカバが加入を決めてしまう。


「俺は……」


 青魔道士の育成には仲間、特に回復役が重要となる。

 それが、早くも揃ってしまった。


 これはなにかの運命だろうか。


「俺たちはいずれ聖銀票冒険者ミスリルタグになるつもりだ」


 ラキストの言葉にエコーとセッターが自信ありげに頷く。


 ほんの少し前にグリフォンと遭遇し、死にかけた彼らだが、萎縮する様子はない。

 危機を生き延びられる幸運もまた、冒険者に欠かせないものだからだ。


「おー」


 加入したばかりのワカバは、他人事のように手を叩いているが、それでも彼らの目標に異を唱えようとはしなかった。


「……わかった」


 ラークはそう言って手を差し出す。


 その手を、ラキストが握った。


「一緒に聖銀票冒険者ミスリルタグを目指そう!」

「おう!」


 こうしてラークは、『幸運の一撃』に加入した。

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