第56話 対面

 「待たせてしまったようで申し訳ない」


 部屋の扉をノックもせずにいきなり部屋へと入って来たのはエドゥアールだった。


 「セルジュ殿と有意義な話をしていたので、待ち時間もあっという間でしたよ」


 エドゥアールという男がどれほどセルジュを軽んじているのかを推し量るために、敢えてセルジュの名を出す。


 「その愚兄もにそんな話ができるとは驚きだ」


 どうやら本人の前で愚兄と言ってしまうくらい軽んじているらしい。

 セルジュは顔に笑みを貼り付けたままだ。

 悲しいかな、もう慣れてしまったということなのだろう。

 本当は傷ついているだろうに……。

 なんと言うべきか返す言葉に困っているとグイッと間合いを詰めて来て、俺の視界にどアップでエドゥアールの顔が映る。


 「で、どんな話をしていたのだ?」

 「今、巷でも話題の王位継承権戦争の行方についてですね」

 「ほー、それは興味深い!ヴェルナール殿の私見で構わん、その行方とやらを言ってくれ」


 この遠慮なく来る感じ、苦手なタイプだ。

 

 「私見で良ければ構いませんよ。この戦争、間違いなくシャルル陣営が負けます」


 そう言うとエドゥアールはたいそう機嫌を良くしたのか俺の肩を親しげに叩いた。


 「よく言ってくれた!して、その理由は?」

 「貴方が招いた人物が優秀だからですよ」


 ここぞとばかりに自分の価値を上げておく。

 

 「なかなかヴェルナール殿も言うなぁ」

 「というのは冗談で、シャルル陣営の貴族達は、百年戦争の疲労から完全に立ち直ってはいません。その点、新興貴族の多いエドゥアール殿の陣営の方が財政的に持久力がある、単にそれだけの話ですよ」


 ヴァロワ朝に仕える古株の貴族連中は、百年に渡る戦争で疲弊した過去がある。

 既に終結から半世紀以上が経過しているとは言え、半世紀ばかりの時間で塞がるような傷では無いはずだ。

 何しろ、戦争とは金食い虫で公国うちで言うならば、スヴェーアとの戦争までの間で軽く一年分の国家予算が消し飛んでいる。


 「アルデュイナの化身の洞察力、なかなかのものとみた」


 そう言うとエドゥアールは、グラスいっぱいのワインをあおる。


 「なに、少し考えれば聡明なエドゥアール殿のことだ、簡単にわかることです」


 自分の耳に心地良いことを言う人間は傍に置いときたくなる。

 そういう人として当然の心理に漬け込んで、ここぞとばかりにヨイショしておく。

 もちろんこの後、エドゥアール陣営とシャルル陣営で潰し合うように仕向ける俺の策を彼に選ばせるための布石だ。

 信任を得てしまえば後は、こちらのものだ。


 「ふはは、ヴェルナール殿に褒められるとこそばゆい」


 そう言うとエドゥアールは、俺のグラスにワインを注ぐ。


 「シャルル陣営が潰れるんだ、乾杯しようじゃないか」


 エドゥアールは、こちらに向けて僅かにグラスを傾けた。


 「そうですね」


 俺は話を合わせて僅かな音ともに、エドゥアールのグラスに自分のグラスを押し当てる。


 「シャルル陣営が負けるとは目出度い!」


 目の前で上機嫌のエドゥアールを見て、ふと思った。

 シャルル陣営が負けるとは言ったがエドゥアール陣営が勝つとは言っていない。

 俺がセルジュと一緒にいて何も企まないと考えるのは油断でしかない。

 どうせセルジュは何もしない、何も出来ない――――そう高を括っていた思慮の浅い男に母親の立場だけで冷遇されるセルジュがますます気の毒になった。

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