なろう360000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす
大森天呑
プロローグ〜遍歴の破邪
破邪:魔獣を狩るもの
『そろそろ近づいたな・・・』
俺は心の中で独りごちる。
遍歴の旅の途中で立ち寄った村で、大きな魔獣を見たという村人からの懇願を受けた俺は、その討伐のために一人で深い森に分け入っていた。
大きく危険な魔獣ならではの強い魔力を
段々と、地表の近くに残っている魔力の形跡が濃くなってきている。
相手に近づいている証拠だろう。
村人の話を聞いた感じでは、この山に入り込んでいる魔獣は『スローン・レパード』だ。豹の王者と呼ばれるがごとく、普通の森林豹よりも二回りはデカい。
不意打ちを食らわないように用心しながら歩みを進め、いかにも隠れ潜んでそうな濃い藪を前方に見つけた時、思いがけず、匂い、というか気配か...濃密だった魔力の痕跡が急にふっと薄れた。
師匠の言葉が脳裏をよぎる。
『魔獣は一番予想してないときに、一番予想していなかった場所から飛び出してくる』
咄嗟に俺は、転がるようにしてその場から飛び退き、回転して膝をつくと同時に刀を水平に払った。
樹上から俺の頭上に飛び降りようとしたスローン・レパードは一撃目を外したが、着地すると同時に間髪入れずに俺に飛びかかって来る。
ほんのわずかな差だったが、俺が刀を払う方が早かった。
前足から生えた鎌のような鋭利な爪が俺に届く前に、その爪の付け根部分をザックリと切り裂く。
相手がデカブツだけあって手に響く衝撃が凄い。
前足を切り落とすまでは行かなかったが、もう右前足の爪は皮一枚でぶら下がっているような状態だ。攻撃には使えない。
こっちも咄嗟に飛び退いたせいで褒められた体勢じゃあないが、気力も体力も十分だ。
こっちは被害ゼロ、向こうはマイナス一点。
さあどうする?
俺の脇を斜めに飛び抜けたスローン・レパードが身体を捻って、三回目の攻撃を繰り出そうとするが、右足の先が千切れかけていた性で、ジャンプが弱い。というか微妙にバランスが悪い。
でも、さすが猫系の魔獣は身体が柔らかいな!
右前足の爪は、仮に当たってもそれほど大きなダメージにはならないだろうと踏んで、俺は飛び込んでくるスローン・レパードに向けて身体を前に出した。
同時に体を落とし、目一杯開かれているスローン・レパードの大きな口めがけて刃を上に向けた刀を突き出す。
切っ先が奴の口の中に吸い込まれることを確信し、柄の頭に片手の掌を当て、全体重を掛けて力の限りに押し込んだ。
俺は飛びかかってきたスローン・レパードの重さと衝撃で、刀を握ったまま奴と一緒くたに地面に転がったが、すぐに身体を起こし、短剣を腰から抜いて構える。
だが、口の奥から刀をはやしたままのスローン・レパードは、もうピクリとも動かない。
切っ先は見事に奴の頭蓋を貫通して後頭部から突き出ていた。
はあ・・・この勝ちは、いい刀を譲ってくれた師匠に感謝だな。
いつか、この討伐の報酬で酒でも買って帰ろう。
++++++++++
体力よりも神経を消耗した討伐をこなし、峠を越える道を延々と登ってきた俺は、深く暗い森を抜けて、木立がまばらになってきた辺りで、一休みするのに丁度良さそうな岩場を見つけた。
ここまでかなり登ってきたので標高も高く、日差しの割に空気は冷たい。
風の当たらない岩陰で昼食にしようと岩場に近寄ってみると、岩に囲まれた窪地から流れ出た水が小さなせせらぎとなって、木立の中へと流れ込んでいる。
上流側に滝が落ちている様子もないし、激しい水音もしないところを見ると泉が湧き出ているようだと考え、これはちょうどいい場所を見つけたと喜びつつ手前の岩場を乗り越えようとして硬直した。
全く予想もしていなかったことに、その岩の向こうの大きく深い泉の中では、若くて美しい娘が全裸で沐浴をしていたからだ。
年の頃なら十代後半、俺と同じくらいだろうか?
耳の上がほんの少しだけ尖っているから、ぱっと見はエルフ族のように見えるが・・・
エルフ族ならどのみち年齢不詳だな。
推測するだけ無駄だ。
髪は銀色で、白い肌に覆われたスレンダーな体を柔らかに折り曲げると、澄み切った泉の水を手で掬い上げて宙に跳ね上げた。
まるで、周囲の岩に水飛沫を掛けて遊んでいるようにも見える。
晴天の強い日差しを浴びて煌めく飛沫が、娘の体の周囲に虹色の宝石を撒き散らしたようで美しい。
顔はこちらに向けていないが、すでに俺の存在に気づいていることは雰囲気で分かった。
それなのに、その娘は惜しげもなく晒した自分の裸体を隠そうともせず、手で水を掬っては自分の体にかけ、肌を摩るようにして洗い続けている。
山奥の、誰も見ていない泉で
俺は即座に
こんなのヤバい存在に決まってるよな。
『この世のものとは思えないほど美しい・・・』とかじゃなくて、完全に『この世のものじゃない』でしょう、アレ。
「なんでよー!」
俺がさっさと引き返したことに気づいたソレの声が、背後に響く。
もしも強い相手だったときに無視するのも機嫌を損ねて不味い気がして、俺は振り返らずに返事だけした。
「そりゃあ、こんな山奥で綺麗な娘さんが水浴びとかしてたら、近寄っちゃいけないもんだって、誰でも思うでしょっ!?」
とりあえず、当たり障りのなさそうな返事にする。
それで納得して水浴びを続けてくれ。
今日の獲物はぜひ他の奴で。
「ちぇー、つまんない。これで気を引けると思ったのにー」
旅人を魅了して取り込む類の魔物?にしては、気の抜けた物言いだ。
なんにしろ、この類は物理的に距離を取るに限る。
近くにいて声を聞いていたり、姿を見続けていたりすれば、どんどん精神を魅了されていく危険が増すからだ。
「そうかい。じゃあ、またな!」
今日は色々と(心の)準備も(魔法的な)対策もできていない。
討伐はまた今度。
俺が返事をしつつも脇目も振らずに山を駆け降りていると、後ろからさらに声が追ってきた。
「待ってよー。話がしたいんだってばー」
「だったら、 普通に服着てる時に、山奥じゃなくて道端とかで話しかけてきてくれよ!」
「えー、ちょっと私の魅力で話をスムーズに進めようとか思っただけなのよー。聞いてよー」
声がすぐ後に近づいてきた気配があった。
俺は、背後から肩を掴まれると感じて、咄嗟に身を捩りながら振り向いたが、そこには誰もいない。
えっ?と思って、再び前を向くと、数歩先にその娘がこちらを向いて立っていた。
なぜか、すでにトーガのような服も着ている。
これは死んだな俺・・・
何者かは分からないが、俺ではちょっと勝てなさそうな相手だ。
師匠すまん、俺は戻れん!
老後の面倒は見られないから、いまからでもしっかり金を貯めといてくれ。あと、酒は控えめにな。
・・・ただ、破邪として培った感覚からは、魔物にありがちな澱んだ気配は感じない。
さっきは泉の清涼さで相殺されているのかと思ったが、そういう訳でもなさそうだ。
「逃げなくってもいいじゃないのさー。あたし魅力ないかなー?」
「いや、魅力の問題じゃなくて、時と場所の問題だ」
凶悪な魔物? じゃあなさそうだが・・・
娘? の気の抜けた物言いに、こちらもつい、まともに返してしまう。
「そんなものー?」
「そんなものだ。正直、アンタが馴染みの酒場で声をかけてきてくれたんだったら、俺はホイホイ付いて行ったと思うね」
「じゃあ馴染みじゃない酒場だったら?」
「警戒して様子を見る...って言うか、アンタが何者かも分からんけど、ただ話をしたいだけならこの状況はないだろう! 誰でも逃げると思うぞ?」
「そっかー。まだ勉強不足かなあ。人のやることとか感覚って良く分からないや」
自分が『人じゃない』と、サラっと暴露したな。
いや、元から人族の範疇だとはカケラも思ってないけどさ・・・
そう思い浮かべた時、不意に今度は後ろから男性の渋い声がした。
「だからやめておけと言っただろう? パルミュナよ」
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