第2話 デスゲーム(戦闘)開始

 レンタル店の青い貸し出し袋ナイロンバックを振りながらイツキは言う。


「ジョンさん、これ返却期限が今日までじゃないですか。でも駅前のGE◯だったら今からいけば間に合いますよ」

 駅前のGE◯は深夜二時まで営業しているのである。


「おわあああ! いいから、余計なお世話なんだよ! スタッフは別口から戻れるようになってんの!」

 ダッシュしてイツキの手から貸し出し袋を引ったくったジョン・スミス。


「いやあ、すいません。ジョンさんも早く返しに行きたかったでしょうけど、俺たちついつい最後まで鑑賞しちゃって。でもすごいですね、俺いままでこういうのスマホやノーパソの小さいモニターでしか見たことなくって。4Kの65インチモニターで見るAVってほんと大迫力」


「えっ、待って。アンタ、その65インチモニターってあの最初の部屋に置いてあったやつ?」

 アイリスは思い出す。このデスゲームに強制的に参加させられたあの日、戸惑う彼女にこのゲームの主催者がモニター越しに姿を見せ、一方的に殺し合え、自分たちを楽しませろ。そう言い放ってきた。


 自分たちが駒として扱われ、虫けら程度の命と弄ばれた屈辱。いつかこのデスゲームを制し、あの主催者にその思い上がりを正してやる。それがアイリスをこのデスゲームの覇者たらんと行動せしめる動機であった。


「そうだよ。俺たちが気づいたときにモニターが付いていきなりAVが再生されはじめてさ。いやあすごい盛り上がった」


「いや、あのすいません。これ始末書もんなんで言いふらさないでもらえますか」


氷結の矢アイス・バレット

 アイリスはジョン・スミスに向けて氷の矢を撃ち込んだ。


「ちょ、危な!? 何するんですかクイーン! 運営スタッフへの攻撃はペナルティだって知ってますよね!?」


「うるさい。こっちが真剣にデスりあってるのに、運営が汚すってどういうことよ」


「へえ、君が発動した異能力スキルは氷を生み出して操れるんだ」

 イツキが壁に刺さった氷の矢に感心しながら。


「ええ、そうよ」

 アイリスはあっさり肯定。このデスゲームにおいて他者に不用意に自分のスキルを晒すなど完全な愚行。だが、彼女は自分のスキルの応用力の高さを自負している。スキルの表面が知られたところでなんの支障もない。


「そちらは何のスキルに目覚めたか、教えてくれる?」


「俺のスキルは言ってみれば身代わりかな。仲間がくらうダメージを自分で肩代わりできるんだ」


「ふうん」

 あっさりと返答されたことにアイリスは驚くが、同時に内心でほくそ笑んだ。そのスキルが本当であれば、その範囲や条件は不明だが自分がくらうダメージを押し付けられるとすれば、この男を配下にするのは彼女の中での決定事項となった。


 だが一方で不快感もあった。この男は仲間と口にしたのだ。


(顔だけじゃなくて中身も抜けてんじゃない。このデスゲームで自分以外は全て獲物。クランとしてまとまることはあっても、それは互いに利用しあう関係。こいつの言う”仲間”は明らかに仲良しなお友達のニュアンス。このゲームを舐めすぎッ!)


「君は俺に自分のクランに入れっていったけどさ、逆にこっちに加わらないか? 俺たちはこのデスゲームを終わらせる。誰かを殺すんじゃなくて皆で協力しあって、ゲームをクリアするつもりなんだ。そのための仲間を募る予定なんだ。君にも協力して欲しい」


「なっ……なっ、舐めるなあああああ!」


 まるで友人と共にスポーツ大会で勝利を目指す、なおもそんな陽気な態度を示すイツキに対し、アイリスは激怒し腕を振った。


突撃する暴風雪レインディア・ブリザード!」


「うわああっ」

 突如発生した局所的な吹雪。さらには氷の礫と矢が共に襲い、イツキは大きく弾き飛ばされた。シャッターの奥、残っていた陳列棚や廃材がバタバタと倒れる音がする。


「やった! その調子ですよ女王!」


「黙ってろ変態。植田、やりなさい。中に何人残ってるか分からないけど、まずは足腰立てなくなる程度に痛めつけて」


「はっ――――電棄釜!」

 インテリヤクザ、植田が両手をビルの壁に押し当てる。次の瞬間、バリバリィと音を立ててビル全体に電撃が走った。

 ビルの残っていた窓ガラスが割れ、付近の街灯が点滅して消えた。


 巨大クランのサブリーダーたる所以。

 その気になれば範囲内の生命体を絶命せしえる電撃の奔流。


 コンクリ建築は絶縁体だなどという理屈など関係ない。スキルにおいて発生する現象は実際の物理現象とは異なるのだ。


「俺も少しムカつきましてね。少し強めにやってしまいました。まあスキル次第じゃ立ってるのもいるでしょう」


「かまわないわ。――――全員突入! 意識ある者はすぐ制圧しなさい!」


「はっ!」

 付近に隠れ潜んでいた二十人の男たちがビルに突入した。このデスゲームにおいて戦闘力と残忍性で恐れられている者たちである。


 しばらくして。


「あーあ、ひどいな。妹が買ってくれた服がボロボロになっちまった。また叱られるよ。まあこのスーツなら後で就活にも使えるかな」


 入れ替わりに頭をかいてイツキが外に出てきた。いつにまにやらスーツを着込み、首のネクタイをゆるめながら。ちょっとバイトでミスをした程度のノリで。


クイーン女王、トドメ、トドメ。もっかい仕留めてくださーい!」


 ジョン・スミスを無視してアイリスは考える。


(殺しても構わないつもりで放ったけど、傷一つないわね。身代わりとか言ってたスキル、自分にも使えるってこと…………さっきと服が変わっている。それにこの平然とした態度。私と植田の攻撃力を知ったうえでこれとなると、恐らく身代わりとは文字通り影武者や分身を作り出して、そいつにダメージを押し付ける、その手のスキル!)


 これまで多くの強敵を屠ってきた女王アイリスはイツキのスキルに当たりをつける。


「余裕ぶってくれるわね。次はそちらのターンってわけ?」

 やるならば好きにしろとばかりに両手を広げ、余裕を見せるアイリス。


「いや、俺は攻撃力はないからさ。ここで皆が君の仲間を倒してくれるのを待ってるよ」


「へえ、新人のくせにずいぶんな自信じゃない。よほど戦闘向きの人間を支配下においたようね?」


「違うよ。俺たちは話合って皆で協力してこのゲームを乗り切ろうって決めたんだ。一応俺がリーダーだけど皆対等な立場だよ」


(チッ、まだヌルいことを! たしかにスキル次第じゃ頭お花畑でも入学式を突破するやつはいる。でもどんな強力なスキルであろうと、そんな平和主義者が生き残れるほどこのデスゲームは甘くない!)


「どうやら見込み違いだったみたい。そんな甘いこと言ってるようじゃ、このゲームのクリアどころかここでうちのメンバーに殺されるのがオチね」


「できるさ、俺は仲間を信じてる。出会ったばかりだけど、皆の熱い性癖はたしかにこの胸に届いたんだ」

 イツキはドンと己の胸をたたきながら言った。


「性へ……き……はあっ!?」

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