第102話 求婚の返事

 リリアさんが実家に帰っている間、キティさんは、リビングでゴロゴロとしていた。というよりも、私の膝の上でかな。私は、相変わらず本を読んでいる。


「暇」

「休みなんて、そんなものですよ。リリアさんも、明日まで帰ってきませんからね。私達、二人だけですよ」

「ん。何か娯楽はある?」

「う~ん……特にないですね。一人遊び用のものが多いですし……あっ、そういえば、お母さん達と一緒にやったボードゲームがあった気がしますね。どこに仕舞ったんだったっけなぁ」


 そう言いながら、本を閉じてテーブルに置く。ボードゲームを探そうと思って、腰を上げようとしているのだけど、キティさんの頭がどかない。


「キティさん?」

「ん?」


 キティさんはきょとんとしながら私を見る。


「そこにいらっしゃると、探しに行けないのですが」

「ん……」


 キティさんは、少しむすっとしながら、膝の上からどいてくれる。ちょっと不機嫌になってしまったので、頬をムニムニとしてあげる。


「じゃあ、探しに行きましょうか」

「ん」


 キティさんの機嫌が戻ったところで、私とキティさんは、お母さん達の部屋、今の私とリリアさんの寝室に向かった。


「ここにあるの?」

「多分……掃除した時に、捨てた可能性もありますから、何とも言えませんけどね」

「そう。でも、あったら、リリアも一緒に出来る」

「そうですね。最悪の場合、買っても良いですしね」

「ん」


 私達は、家中を探し回って、ようやく一つのボードゲームを見つける事が出来た。


「これ、三人以上必要って書いてある」

「……結局、リリアさん待ちですね」

「ん。じゃあ、リビングに戻る」

「そうですね」


 せっかく娯楽となるものを見つけたのに、結局、私達だけでは遊べなかった。だから、再びリビングに戻っていつも通りの生活に戻った。


(リリアさんは、今、何をしているんだろう。実家で、家族と仲良くしているかな……)


 そんな事を思いつつ、本を読み進めていった。キティさんは、私の膝の上で静かに寝息を立てていた。


 ────────────────────────


 翌日のお昼頃になると、カラサリからリリアさんが帰ってきた。


「ただいま」

「おかえりなさい、リリアさん」

「ん。おかえり」


 リリアさんは、一昨日よりも少しだけすっきりした顔をしていた。向こうで、何か吹っ切れたのかな。


「やっぱり、向こうとこっちの距離はそこそこあるね。座りっぱなしで、少し腰が痛いよ」

「お疲れ様です。マッサージでもしますか? うまく出来るか分かりませんが」

「じゃあ、お願いするね。先に着替えてきちゃうから、リビングで待っていて」

「分かりました」


 私は、キティさんと一緒にリビングでリリアさんを待つ。五分もしないうちに、着替え終わったリリアさんがリビングに入ってきた。

 リビングに入ってきたリリアさんは、そのまま敷いてあるマットの上にうつ伏せになった。

 私は、リリアさんの傍に移動して、腰を揉む。筋肉の凝りを解すようにしながら、全体の魔力の流れを整えていく。触った感じ、腰と肩の流れが滞っているようだった。

 血と魔力の流れは同じなので、その滞りで、身体の凝っている場所が分かる。


「あ~……気持ちいい……」

「そうですか? 良かったです。でも、思っていたよりも、凝っていますね。いつも机仕事だからでしょうか?」

「ああ……そうかも……でも、アイリスちゃんの手……温かいね……」

「え? ああ、手に魔力を集中させているからですかね? 魔力と血の流れも正すようにしていますので」


 正直なところ、これで合っているかどうかは分からないけど、リリアさんが気持ちいいって言っているから問題はないはず。


「魔力療法」

「へ? 何ですか、それ?」


 キティさんがぽつりと呟いた事が何のことか分からないので訊く。


「魔力を使った身体の治療法。相手の魔力に干渉することで、身体の悪い部分が分かったりする。アイリスがやっているのは、魔力を使って血流を整える方法。戦闘とかの大怪我とかには使えないけど、日常的な不良を改善するのには向いている」

「へぇ~、知りませんでした」

「私も……知らなかったなぁ……」


 知らずに魔力療法という方法を使っていたみたい。実際にある療法みたいだから、リリアさんにも効果があったって事なんだね。


「ただ、使える人と使えない人がいる。アイリスは、魔力の使い方がうまい。だから、使える。私は、少し雑だから使えない」

「でも、キティさんは、魔力弓を使いますよね? 魔力の使い方もうまいはずなのでは?」

「スキル頼り。これでも大分うまくなった方だけど、アイリスほどじゃない。だから、使えない」


 キティさんの説明は、本当に分かりやすい。でも、これなら、キティさんも使える様になるんじゃないかな。今のキティさんは、凄く丁寧に矢を精製しているように見えた。


「キティさんもやってみたら、出来る様になるかもしれませんよ。私の身体でやってみませんか」

「ん。じゃあ、やってみる」


 リリアさんの身体を使わない理由は、やってみてどうなるのか分からないからだ。


「よし! これで終わりましたよ。大分、解れたと思いますけど、どうですか?」

「う~ん……結構解れたと思う。楽になったよ。ありがとう」


 リリアさんは、そう言って私の頭を撫でてくれる。そして、マットの上から退いた。そこに、今度は私がうつ伏せになる。


「じゃあ、どうぞ」

「ん」


 キティさんは、私の傍に座るのでは無く、お尻の上に乗った。そして、腰を指で圧す。走る激痛。


「うぐっ……」

「ごめん」

「いえ……」


 キティさんは、そもそもの問題を突破出来ていないのかもしれない。そう……マッサージが下手だという問題を。


「と、取りあえず……魔力を……使ってみましょう……」

「ん……」

「ぐえっ……」


 唐突に打ち込まれる魔力に、身体を圧迫される。


「ご、ごめん」


 さすがのキティさんも、少し焦っていた。意図的で無いとはいえ、私にダメージを与えているわけだからだ。


「も、もう少し……魔力を弱くしましょう……それと、打ち込む必要はありません。魔力を私に流すイメージだと思います」

「ん。分かった」


 今度の魔力は痛くなかった。温かさを感じる。ただ、普通にマッサージが痛い。


「う……んぐ……」

「ん。やっぱり、出来てない?」

「い、いえ、魔力の調整は出来ています。でも、マッサージが下手です」

「……ん」


 キティさんは、少し悲しそうな顔をした。そんなキティさんをリリアさんが撫でる。


「そういえば、アイリスちゃんは、私に試さないかって訊かないよね? 何で?」

「リリアさん、魔力を使う事が出来るんですか? 戦闘系の授業は受けていないですよね?」

「それは……そうだけど」

「さすがに、無理は言えないですよ」


 リリアさんは、納得したように頷いた。

 ちょっとしたマッサージを終えた私達は、リビングのテーブルに着く。その前にリリアさんが、お茶を淹れてくれる。


「今日は、アイリスちゃんの求婚の返事をしようと思うんだ」

「!!」


 突然の事に、私は驚いてしまう。急いで、居住まいを正す。キティさんはいつも通りだ。

 緊張で口の中が乾いていくのを感じる。それでも、リリアさんの顔を真っ直ぐ見た。


「受けるよ。アイリスちゃんの求婚を受ける。結婚しよう、アイリスちゃん」


 私は、口をパクパクとさせてしまう。色々と言いたいことはあるけど、それが言葉にならない。そして、自然と涙が流れてしまう。


「じゃあ、私も返事する。私も受ける。アイリスと結婚する。リリアとも一緒になる」

「そうだね。キティとも一緒だよ」


 そう言って、リリアさんとキティさんが笑い合う。私の眼から流れていく涙の量が増えてしまう。何も言えず泣いてしまっている私を、椅子から立ち上がったリリアさんとキティさんが立ち上がって、左からリリアさんが、右からキティさんが抱きしめてくれた。


「ありっ……ありがっ……ありがとうっ……ございますっ……」

「うん。どういたしまして」

「ん」


 私が泣き止むまで、リリアさんとキティさんはずっと抱きしめてくれた。

 私は、本当に幸せ者だ。

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