第27話 ちょっとした変化

 あれから、一週間の時が経った。あの周辺調査からは、もうすぐ一ヶ月が経とうとしている。未だに、キティさんが目覚める兆候はない。ついでに、私の慢性的な寝不足も、完全には解消されていない。リリアさんのおかげで、倒れてしまうくらい酷いものから脱する事が出来たのは、本当に良かった。


 今日も今日とて、リリアさんの胸の中で目を覚した。リリアさんと寝てから、いつも同じように起きるので、リリアさんの言うとおり、無意識の中で抱きついているんだ。ちょっと恥ずかしいけど、本当に安心出来る。


「ん……」


 今日は、リリアさんが抱きしめてきていないので、こっそりと抜け出すことが出来た。


「ふぁ……」


 少し欠伸をしていると、一瞬だけ、脳裏にあの悪夢が過ぎった。真っ暗な空間。血まみれの地面。同じく血まみれのキティさん。締められる首。いつも通りの悪夢だ。


「……!!」


 恐怖によって、私の身体が強張る。そして、すぐに末端の方から震え始めた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 呼吸が乱れて、過呼吸になり始めた。少しまずいかもしれない。私の身体は空気を求めて藻掻く。呼吸を整えて、落ち着かないと。


 私は、乱れた呼吸を整えようとして、深呼吸を試みる。だけど、うまくする事が出来ない。呼吸の乱れは、加速していくばかりだ。目に涙が溜まってきた、その時、リリアさんが、私を背後から優しく抱きしめた。


「大丈夫だよ。大丈夫。急がなくていいから、ゆっくり、ゆっくりと、呼吸を整えよう。吸って……吐いて……吸って……吐いて……」


 リリアさんの言葉に合わせて、ゆっくり呼吸を整えようとする。最初のうちは、全然出来なかったけど、リリアさんが抱きしめながら誘導してくれているから、段々と呼吸が楽になってきた。リリアさんのおかげで、過呼吸から脱する事が出来た。


「ふぅ……すみません。ありがとうございます」

「どういたしまして。大丈夫? もしかして、私と寝るの、効果が無くなっちゃった?」


 落ち着いてきた今もリリアさんは、抱きしめたままにしてくれている。何が原因で起きたのか分からないし、リリアさんから離れたら、もう一度起こる可能性もあるので、有り難い。


「いえ、睡眠自体は、いつも通りですから、大丈夫なはずです。ただ、起きてから一瞬だけ、あの悪夢が過ぎったんです」

「そうなんだ……もし、また同じ事が起きたら、すぐに私を起こして。何度も効果があるかは分からないけど。今みたいに、落ち着かせてあげるから」

「はい。ありがとうございます」


 私は、背中から感じるリリアさんの体温で強張っていた身体も解けてきた。いつの間にか、リリアさんに寄りかかるようになっていた。そして、完全に落ち着いた事で、一つ気が付いたことがあった。リリアさんの心臓の音が、少し激しくなっている。


「すみません……ご心配お掛けして……」

「本当だよ。何か違和感があるなって思って目を覚ましたら、アイリスちゃんが苦しんでいるんだもん」


 リリアさんの声が少し涙声になっていた。起きたら、一緒に寝ていたはずの人が、過呼吸になって苦しんでいたら、心配になるのも当然だよね。


「ごめんなさい。もう大丈夫です」


 私は、身体の正面に回されているリリアさんの腕に、自分の手を添える。


「ううん……もう少し、このままにさせて」

「分かりました」


 私達は、互いの体温を感じあい、互いが落ち着くのを待った。約十分程抱きしめられていると、リリアさんも落ち着いた。


「あはは……ごめんね。お姉さんなのに……」

「いえ、リリアさんが、優しい方だっていうのは、知っていますから」

「ありがとう。じゃあ、朝ご飯作っちゃうね」


 リリアさんは、私の頭を撫でると、リビングの方に向かっていった。


「私も洗濯しちゃおう」


 私も気を取り直して、朝の家事をこなす。若干の不安は残っているけど、ずっと気にしてもいられない。この後は、ギルドの仕事もあるんだから。


 ────────────────────────


 資料室の片付けは、半分近く消化する事が出来た。私達が整理している間にも、新しい資料が来ることが、多々あったので、そっちの対応にも追われることになり、中々に苦戦している。


「すまん、また、新しい資料だ」

「またですか!? そっちに置く場所もあるはずでは?」

「こっちも一杯なんだ。すまない」


 リリアさんが苦言を呈するが、向こうもどうしようもないので、結局私達が処理することになる。


「えっと……一昨年の会計資料だね」

「じゃあ、そのまま保管しましょう」

「分かった。じゃあ、そっちの箱に入れておくね」

「お願いします」


 原本のまま保存する用の箱に資料が入れられる。


「意外と、無駄な資料が多いよね」

「昔に使っていたものが多いですからね。特に、今残っている資料は、ほとんど昔のものですからね。捨てるものの方が多いと思いますよ」


 最初に仕分けていたものは、最近のものが多かったけど、奥に進むに連れて、年代は段々と下がっていくので、今は昔の資料の方が多くなっている。


「昔の資料で、取っておいた方が良いのは、会計資料と魔物分布とダンジョンの位置と冒険者名簿とかかな?」

「そうですね。過去と現在を比較する際に使うかもしれませんから、それらは取っておきましょう。会計資料の方は、私がさっさとまとめちゃいますね」

「うん。お願い」


 ギルド運営に必要なもの、さらには、ギルドの会議で必要になり得るものを残して、その他の資料は捨てていく。得に多い会計資料は、最新の十年間を残して、後は、簡単にまとめたものにする。それだけでも、資料の数を格段に減らせるので、必要な作業だった。


 そんないつも通りの作業をしていると、部屋の外が騒がしくなった。私達の資料室にも声が届いてくる程の大声を上げている人がいるということになる。冒険者間のトラブルという感じではない。


 何だか、嫌な予感がする。

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