第20話 罪悪感のある安眠

 次の日、差し込んできた朝日に照らされて、意識が覚醒していった。悪夢どころか、何の夢を見ることも無かった。いや、ただ単に覚えていないだけかもしれないけど。


「んっ……」


 まだ眠い感じがする。もう一度、意識を沈めたいと考えていると、私の身体が温かいものに包まれている事に気が付いた。


「あれ……?」


 意識がはっきりしてくると、色々な情報が蘇り始めた。


 そういえば、リリアさんと一緒に寝ていたんだった。でも、手を繋いでいただけなはず……何で温かいものに包まれているんだろう?


 そこで、眼を開いていくと、目の前にリリアさんの胸があった。


「…………~~~~!!」


 声にならない悲鳴が出る。今、叫んだら絶対にリリアさんを起こしてしまう。目線を上に上げると、すやすやと寝ているリリアさんの寝顔があった。起こしていないみたいでよかった。


 さて、問題はここからだよ。どうやって起こさないように起きれば良いんだろう。完全に抱きしめられた状態で、身動きすることは出来ない。


「うん……?」


 そんな事を考えていたら、リリアさんが瞼が震えた。そして、ゆっくりと眼を開けていく。


「あれ……? おはよう……アイリスちゃん……」

「おはようございます」

「ふわぁぁぁ、もう朝なんだ。はぁ、よく寝た」


 リリアさんは、そう言いながら、抱きしめる力を強めていく。つまり、必然的に、リリアさんの胸が顔に押しつけられることになる。


「むぐ……」


 顔と身体を柔らかい感触が包んでくる。多分だけど、今の私の顔は真っ赤だと思う。顔が熱くなってくるのを感じたから。


「アイリスちゃん、柔らかくって抱き心地抜群だね」

「うぅ……」

「よし! 目が覚めた!」


 リリアさんは、しばらくの間、私を抱きしめてから、いきなり身体を起こした。


「そういえば、昨日の夜、手を繋いだ後に、私にしがみついてきたの覚えてる?」

「え? そうなんですか?」

「むふふ、アイリスちゃんは甘えん坊だね」


 リリアさんは、ニヤニヤと私を見てくる。


「そんな事ないです! 偶々です!」

「ええ~~、本当にそうかな?」


 私が両手を挙げて抗議すると、リリアさんはニヤニヤしたまま意地悪を言ってきた。


「本当です! もう子供じゃ無いんですから!」


 頬を膨らませることで怒っていること伝える。リリアさんは、ごめんごめんと頭を撫でた。


「じゃあ、朝ご飯は、私が作るね」

「えっ? でも……」

「いいから。作ってもらってばかりじゃ、申し訳ないしね」

「えっと、じゃあ、お願いします」


 少し申し訳ないと思いつつも、リリアさんに頼むことにした。その間に、洗濯とかをしちゃおう。


 ────────────────────────


 アイリスの家の台所に立ったリリアは、手早く朝ご飯を作り始める。


(やっぱり、しがみついてきたのは、無意識だったんだ)


 リリアが思い出していた事は、昨日の夜のことだった。手を握って、アイリスが眠りについた後、急にリリアにしがみついてきたのだ。リリアは、意識的にやったと思っていたのだが、あんなに強く否定するということは、無意識にやった事だったのだろう。


(あの時、私の身体にしがみついている手が震えてた。それに、目元に涙も滲んでた。だから、私がいても悪夢を見ないわけじゃないんだ。抱きしめてあげたら落ち着いたし、もしかしたら心配のしすぎかもしれないけど……)


 リリアは、洗濯物を干しているアイリスを横目で見る。


(今は、元気に振る舞っているし、ギルドでも何でも無いようにしているけど、空元気ってことだよね)


 リリアの頭の中に、魘されているアイリスの姿が蘇る。


(また、あんな風になって欲しくない。私の押しつけなのかもしれないけど、アイリスちゃんには、もっといつも通りに笑っていて欲しいな……)


 リリアが見ているアイリスは、昨日よりも元気そうに見えている。


(昨日の昼に起きたときは、もっと顔色悪かったし、私が一緒に寝ることにも意味があるはず!)


 朝食を作りながらもリリアは、自分の役目を果たそうと奮起していた。


 ────────────────────────


 何だろう。リリアさんが張り切ってる。朝食作りに、そこまでの気合いを入れるなんて、どんな朝食が出てくるんだろう……


 そんな事を考えながら洗濯物を干し終えた私は、先に食卓に着いていた。ここ一週間で、一番意識がはっきりしてる。リリアさんと一緒に寝ることに、きちんと意味があったって事だ。


 でも、少しの罪悪感が心に刺さっている。今の私は、どう考えてもキティさんの事を忘れようとしている。私自身は、忘れたくないと思っていても、一時的にでも忘れないと、私の心が保たないって事かもしれない。


「ダメだ……絶対に……忘れちゃ……」


 無意識にそう呟いてしまっていると、目の前にトーストと卵焼き、ハム、レタス、トマトが載ったお皿が置かれた。


「はい。朝食のセットだよ」

「ありがとうございます」


 朝食を美味しく頂いた後は、支度を整えてギルドに向かった。今日の仕事は、昨日と同じ資料整理だから、頑張らないと。リリアさんと一緒にやるから、仕事の効率は上がるはずだし、昨日よりも寝られているから、途中で寝落ちることもないはずだ。


 私は、一層気合いを入れてギルドへの道のりをリリアさんと一緒に歩いていく。

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