イヴクロテクス裏話
伏潮朱遺
その1 シリーズ内の位置付けについて
まずは、ビイベ(By-eve)シリーズとは何なのかという解説を。
家楼の最終章を迎えるにあたり、どうしても内面を探っておきたい人物がいまして。最終章に出てきてかつ、ヨシツネさんをシリーズ最大級に困らせる(予定)ラスボス(予定)の、スーザちゃんの存在です。
お蔵入りの家楼漫画版では、キリスト教系の学園に入って、ヨシツネさんと生き別れみたいになっていた妹ですが、(え?この情報、初出ですけど??笑)、何かすごくショックなことがあって、その負のエネルギィによってヨシツネさんに八つ当たりする、みたいな構想がおぼろげにあったのですが、そのきっかけがどうにも浮かばなかったので、いっそスーザちゃんの過去バナ書いてみよう!と着手したのが発端でした。
スーザちゃんの母親は、勿論ヨシツネさんと同じ人なので、この人の過去も一緒に書ける!と一石二鳥の感じで始めたんですが、1作目に関して、実は3回書き直してます。なんかうまくはまらなかったんですよね。
初期タイトルは『ヴィ=イーヴェ』です。これの意味合いは、アルファベットに直すとわかります。『VI-eve』つまり、6の前夜、家楼6部作(補足:当時は6作で終わる予定だったのですが、6作目の序章を急きょ追加したので現在は全7作です)最終話のプレリュードという意味です。当初はシリーズ化するつもりはなかったこともわかりますね。この1作で、スーザちゃんの闇落ちを書き切る必要があったんですが、2作没にした経緯からも自明な通り、駄目なんですよ。1作じゃ足りなくて。
そこで生まれたのが、ムダ君という存在でした。自称平凡な彼を主人公にしたことにより、スーザちゃんの存在がより際立ち、シリーズ化することもできました。さらっと書いたんですが、書き直す前はムダ君は影も形もありませんでした。
スーザちゃんが復讐屋でなにやら裏稼業をやっているというベースはそのままに、なぜかそんなわけのわからない民間会社に元公務員が派遣される、という話に行きつきました。スーザちゃんがすでにスペシャリストなので、彼女のスペシャル性を露にするには、新人の眼線が必要だったので、別のスペシャル性はあるけど、裏稼業の素人として登場したムダ君は、主人公=視点とするにはもってこいだったわけで。
ですが、1作目を書いてる段階から、ムダ君は「凡人を演じている」だけだということはどことなく察していたので、元公務員なら、ママ(祝多さん)を追いかけていた警察関係者にして、そこからさらに裏の経歴があるのでは?と構想を膨らませながら書いてました。つまり、ビイベの最終話までムダ君の経歴はフィックスしていませんでした。
ところで、シリーズのビイベ(By-eve)の意味ですが、イヴだとか、ヴイヴェだとかいろいろ読んでたのを、やっと固まった経緯があったりなかったりで。結局スーザちゃんを連想させるイヴ(Eve)と、「赤ちゃん」という意味のベイビー(baby)と、「さようなら」という意味のバイバイ(Bye-Bye)を引っかけて混ぜてあります。最終話まで読んでもらうと、腑に落ちる仕掛けになっています。
当初は7作にする予定だったんですが、スーザちゃん含め兄弟姉妹を四聖獣をモデルにしてるので、春夏秋冬で4作+αでちょうどいいかな、と途中で切り替えました。7作だったら、4作目『若さ原石上昇・女』と最終話『アダザムンライ』の間に2作追加になる予定でした。1作目~最終話でまるっと一年にするのは最初から決まっていたようです。スーザちゃんが夏を象徴しているので、夏に始まって夏に終わる話にしたかったようですね。
シリーズがぜんぶ7文字のカタカナなのに、4作目だけタイトルの雰囲気が違うのであれ?と思われる方がいるかと思われますが、4作目はもともと別シリーズで使おうと思ってたタイトルを輸入したので浮いてるんですよ。詳しくは4作目の解説のときに触れますが、過去バナなのをうまいこと叙述トリック的にして、主人公を誤認させる狙いがありました。ヒロインが違うので、早々に破綻するんですけどね。
没になった第1稿と第2稿をちょっと読み返したんですが、第1稿に関してはまったくもって違う話な上にネタだけ温めてある別作品と混ざってるので公開は控えますが、第2稿に関してはムダ君とスーザちゃんの立場がいまと方向性が違って面白いので、裏話の醍醐味ということでのっけます。途中までしか書けてないですが、よかったら見てやってください。
ここから下を丸々そうしますので、興味ないかたは次の章に飛ばせば裏話の続きになります。
↓↓↓↓↓
イヴクロテクス第2稿
0
「ねえ、頼むよスーザちゃん」相変わらずの締まりのないお声。
わたくしの聴覚が暇を持て余しておりませんでしたら、即刻回線を切っていました。
「仕事中ですわよ?」
あくまで相手の側から切らなければいけない気持ちにさせようというやんわりとした心づもりでしたけれど。
そんな機微に反応できましたら、そもそもこのようなタイミングでお電話なんか寄越さないのです。「折り返しますわ。のちほど」
「ママさんには了承取ったから」
機器を持ち直します。
耳に障る雑音を遮断する狙いで。
「第一声でそう仰って。どうぞ?」
待合室のソファは、見るからに座り心地が悪そうでした。座るために作られていないからなのでしょう。似ているのは、そうですわね、傘立て?でしょうか。
傘が倒れさえしなければそれでいいという。
「女の子が行方がわからなくなっててね」
「ムダさんのご職業の復唱を求めますわ」
「そうなんだけどね。いや、そうでもないってゆうか、うーんと」お得意のへらへら苦笑いが浮かびます。「実はね、居そうな場所はわかってるんだ。わかってるんだけど」
「追い返されたのですね?むざむざと」
「そう。そうなんだ。だからスーザちゃん十八番の潜入捜査を」
「あら、わたくしがいつスパイの真似ごとなど」
ムダさんは驚愕するほどに弁が立ちません。よくもそのようなお粗末なお口で犯罪者の腹の底を浚えますわね。同情させて自白かせる作戦なのでしょうか。
あらあら、こちらも吐いてしまいました。文字どおりの意味ですけれど。
先ほどまであんなに美味しそうにごくごくと飲み干していましたのに。もっとくれとばかりに舌を出して。それをすべて床にぶちまけて。
ついでに腹に溜まったご不満もぶちまけようとしたところを。
塞ぎます。文字通り。
吐いてしまうからいけないのですよ?それはすべて飲み込んでいただきませんと。
美味しいでしょう?それはそれはもう、
吐いてしまうほどに。
「またやってるの?」非難と軽蔑と。
「言いましたわ。仕事中だと」
「そうだったね」ムダさんは、わたくしの仕事内容をご存じなただ一人のニンゲン。わたくしの仕事内容を知ってニンゲンでいられた方は、ムダさんだけ。
もちろんママもご存じなのですけれど、ママは。
ニンゲンではございません。
とうに、ニンゲンの域を脱しております。
「それ本当は犯罪なんだからね?わかってる?僕が捕まえないだけで」
「捕まえられない、の間違いでしょう?捕まえたくても。よろしいのですよ?いますぐにいらしても」現在位置を教えました。医院の名を。
その待合室で、わたくしがいままさに。
お仕事に取り組んでいます。
床に這いつくばっているそれは。ニンゲンではございません。
もし、それがニンゲンであったなら。
どうしてそのようなことができたのでしょう?できるはずがありません。
ニンゲンでないから。ニンゲンでなければ。
凝視を続けた眼球が混濁してきます。何も見えません。途切れ途切れの音声は嫌悪から狂喜に生まれ変わり。何も聞こえません。表皮中の空洞という空洞をすべて、この世で最も。無意味な粘液で満たしてあげる。
なんでこんなこと。
同じことをしたでしょう?同じことをしているだけ。
なんの権限があって。
権限?ありますわ。わたくしは、
すべてのニンゲンの味方。
ニンゲンでないあなた方の敵。ニンゲンのためならなんだって。
殺してなんてあげません。
ご自分で死になさいな。
死へとひた走るためのお手伝いなら喜んで。
崖の淵まで追い込んで、ぽんと背中を押して差し上げますわ。
真っ逆さまに落ちるその無様なお姿を、
最期まで見届けてあげましょう。
さあ、とどめの一撃を。ニンゲンでないそれのニンゲンでない根源を。
わたくしの愛で包み込んで。
噛み切ってあげる。
飛び散る。血液がお洋服にかからないように後退します。
わざわざ引き抜かずとも自然に。
硬度と熱を失って。欲しいでしょう?取り戻したいのでしょう?
返しますわ。こんなもの。
「さっさといらっしゃらないから」すべて終わってしまいました。
「君は僕が止める。捕まえるよ。この世に男が僕だけになったらね」
まあ、なんて。
素敵な殺し文句。
心の臓がぐいぐい締め付けられましょう。
ママは、わたくしの真の意味でのママではございません。近いのは、そうですわね。
お師匠。でしょうか。
わたくしのお仕事は以前ママが従事してらしたものを、そのままごっそり受け継いだものです。方法も顧客も。わたくしの代で多少拡大しましたけれど。
ママは、女の子に限っていました。お客を。
しかし、わたくしは。
全ニンゲンに。
すべてのニンゲンの味方。それがわたくしの存在意義。
捕まえられるものならばどうぞ?
いつなんどきでもわたくしは。お待ち申しあげておりますわ。
「それで?どのような後ろ暗い組織が首謀されてますの?」少女誘拐だなんて。
いかがわしい目的と相場は決まってますわ。
少女。というのはとかく使い道の多い。
第1章 医学はペルシア
1
患者。とかく女の子に性犯罪的な治療(決して治療などではございませんけれど)を繰り返した下半身脳院長が開業した下らない医院は本日を以って廃業となりましょう。
お仕事の成果とはいえイカ臭い手下の方々が荷台にすし詰めになる自動車に、どうしても同乗したくありませんので。仕方なく、汗臭い方々が多数お乗りになる電車で。
なんという酷い臭いでしょうか。
ハンカチで呼吸を制限しないと、満足な呼吸もままならないという。皆さまはこんな劣悪な環境によくも耐えていらっしゃるのですね。我慢強いというか、鼻が機能停止していると申しましょうか。
早々に諦めてタクシーを拾いました。しかし、そのタクシーも大概に酷いもので。
いっそ飛び降りようかと思いました。やめましたけれど。
「攫われたってゆうより、うーんとね。自分からいなくなったってゆったほうが」電話口でムダさんが情報の出力を始めました。「家出なんだよね、そもそもの発端は」
驚愕するほどに弁の立たないムダさんにも、驚愕すべき長所というものがございます。ニンゲンというものは、一つくらいよいところを持ち合わせているものですのね。他がすべて駄目でも、その一点によってのみ存在価値を認められるような。
「家出したっきり帰ってこないと思ったら、みんながみんなおんなじところで共同生活してましたってゆうね。そこはね、世界に馴染めない少女たちをサポートして」
「そちらに忍び込めばおよろしいのでしょう?」
「そう。家出少女に扮してね」
居所がわかっているが、連れ戻せない理由。
「とても重要なことを仰ってないのでしょう」ムダさん単体はともかく。ムダさんの背後に君臨するえげつない権力をもってしても。こじ開けられないドアなど。
ママもママです。どうしていつもいつもムダさんのご希望を叶えるような。ムダさんを出世させてえげつない権力とお近づきにでもなりたいのでしょうか。だとしたら随分と遠回りで時間のかかることと。だって、ムダさんの将来など。
大した男ではございませんのよ。ママはほんと、男だけは見る眼のない。
せいぜい利用して、使えなくなったら捨てましょう。その程度の。
「肝心なことをわざと欠落させたまま放り込みますでしょう? そのせいでわたくしがどれほど命の危機にさらされていますことか。ご考慮くださいな」表示料金に見合っただけの働きを果たしてあなたは致しましたのか。
追及したところで運転手の方が吐いた呼気をわたくしが吸って吐いて。
なんて恐ろしい。おぞましい。
黙って払ってきました。
さようなら。二度、はございません。「聞いていますの?ムダさん」
「大丈夫。スーザちゃんならやれるって」
「答えになっていませんことよ」ケータイを持つ手を速やかに交代しまして、カードキーでロックを解除します。エレベータを乗り降りするたびに後頭部や背中に浴びせられる野太い挨拶(3階所属)はないものとしまして。
地上3階、地下2階建ての雑居ビル。
仕事場はママのお下がりです。むしろ何もかもがお下がりなのですけれど。
駅から徒歩5分圏内という絶好の立地条件なのですが、大通りを大きく逸れた薄暗い裏通りに面しておりまして。日が出ている間はゴーストタウンも同然。静かなものですが、日が落ちてしまってから軒並み活性化する店舗が勢揃いでして。
わたくしのような、一見して未成年な小娘など。
手をつないで駅まで送っていただける。親切な方が多いんですのよ。
ママが、お仕事をこの仕事場ごとわたくしに任せてくださった当初は。それはそれは苦労しましたわ。仕事場まで辿り着けないんですもの。親切な方の妨害工作に遭って。
本当はすっぱりと移転するつもりでした。受け継いだその日に。だって、
上も下も、この世の異臭という異臭を生き見本されてるんですもの。
こんな如何わしい臭いに挟まれてまともな営業などできましょうか。
ビルの所有者がわたくしになっていますので、売ろうがどうしようが。それこそわたくしの勝手なのですが。ビル放置の噂を耳聡く聞きつけた各フロアのトップの方総勢四名が雁首揃えていらっしゃいまして、床に額をなすりつけて熱心にも反対運動をされましたので、しぶしぶ。わたくしの仕事場で不必要に異臭を振り撒かないでいただきたかっただけなのですが。その夜は窓全開で消臭スプレーを使い切りました。
わたくしがいようがいまいが、放置。なのですから、単にわたくしがこの2階からいなくなるだけのことで。あなたがたの営業は変わらず守られます、と説得したはずなのですが。どちらかというと、トップの方々が反対されていたことは。
わたくしの不在。
いいえ、わたくしのお師匠のママの。予告もなくある日を境にあっけなくいなくなってしまいましたので。ご自分たちは見捨てられたのだと思い込まれていたようでして。
一番弟子のわたくしがいなくなることで、金輪際。未来永劫、恩人のママとの接点がなくなることを恐れていたようです。
空気清浄機の作動中ランプを確認しましてから。「世界に馴染めない少女たちをサポートしていますとかいうその組織の名称と住所を教えていただける?」
「やってあるよ。出先なんだっけ」
メールボックスに。
ムダさんからの。
「仕事がお早いのは賞賛に値しますけれど」
それが、
ムダさんの唯一良いところ。
二手先までは読めて先手を打てる。
「あ、帰ってたんだ。なら部外者の僕なんかよりずっと、当事者から話聞いたほうがやる気も出ると思うな。誰か来てない?教えといたんだけど」
「その当事者の方、未成年ではございません?」
「よくわかったね。ばりばりの十代。花の女子高生」
ムダさんは、
二手先まで読めるのにどうして。
三手先を読もうとなさらないのか。ですからあなたは、階段の感触を一段一段踏みしめて上がることしかできない。勿体のない。
「未成年だとまず」まで言って気づかれましたので。決して読む能力がないわけではないのです。
「ごめん。そうだった。あー」駅まで手をつないで送られる。
いったいそれを何セット繰り返すだけの、
やる気を見せていただけますのか。そうしたらばわたくしだって、
本気をお見せしましょう。それこそ何もかもかなぐり捨てて。
あなたの渾身のご依頼を遂行しましょう。
「その方のお名前は?なんと仰るの?」エレベータで1階へ逆戻りしまして、門兵よろしく出入り口で控えていらっしゃるガタイのおよろしい方(3階所属)に尋ねました。
うら若くかわいらしい少女を駅まで送り返しませんでしたか、と。
「すんません自分、ついさっき交代したとこで」ガタイのおよろしい方(3階所属)は、いましがた迎え入れたはずのわたくしがほどなくして戻ってきたのを見て一瞬怯みましたが。わたくしが、言い訳など求めていないことをすぐに理解していただけたご様子で。「確認します」通信機器を耳に当てました。
「お願いしますわ」ムダさんとの会話はいったん中断しまして。
無駄だとは思いますけれど。
ママに。「お今晩はでございますわ。いまおよろしいです?」
「いかん思うとったら切りん」キリン?
どうもこちらの方言が慣れません。切りなさい、という意味なのですが。
「進んで行方不明になった少女を捜し出すことでどれだけの利益がありますの?」
「困っとる友だち助けるのに理由なんいらん」その少女の親御さんからたんまりと報酬を受け取れるということでよろしいでしょうか。「しっかりやりんよ」切られました。
「すんません、何度送り返してもバネみてえに帰ってくるんで、見兼ねたうちのもんが預かることにしたらしく」ガタイのおよろしい方(3階所属)が、わたくしを3階まで案内しようとしていますので。
「呼んできてくださいな」絶対に御免ですわ。あのような阿鼻叫喚。
「見つかった?」ムダさんが待ってましたとばかりに声を。「そうそう。名前ね。ちょっと待ってね」
ガタイのおよろしい方(3階所属)に連れられて、依頼主が2階に降り立ちます。ごく普通の少女の反応ですと、多少なりとも表情を強張らせて然るべきなのですけれど。それに3階に預かられたということは、3階に属する方々に囲まれて。いつ帰ってくるともわからないわたくしを。ただひたすらに待ち続けていたということですから。
有害な煙にまみれて対面できないほどに臭いのは予想の範疇としましても。
なんだかちっとも、動じていらっしゃらない。緊張のしすぎで反応に滞りが生じていますというよりは、慣れています。ガタイのよろしい方々に取り囲まれることが?
本当に花の女子高生ですの?
見たこともない制服を身に纏っていますが。マイナな私立でしょうか。
ショートボブで小さなお顔の。
少女はわたくしを視界に入れてから、首で軽く会釈しました。「イワタ出張サービスの方ですか。あの、わたし、刑事さんに聞いて」
「二代目でございます。長々とお待たせして申し訳もありませんわ」
イワタはママの偽名。
わたくしは、イワタではございません。
「あの、ソウコちゃんがいなくなっちゃってそれで」ということは。
行方不明なのは、
ソウコアリヤ。
「伺っていますわ。立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」
「出会えたみたいだね。よかった」電話口のムダさんがふう、と息を吐く。ご自分の失敗が致命的なものにならずに安堵の。「あ、ちなみにその子がソウコちゃんね」
はい?
2
行方不明になった少女が、ソウコアリヤで。
いままさにわたくしのお隣を歩いていらっしゃるのもソウコアリヤで。
「同姓同名ですの?」思いついた端から訊いてしまっていますが。
はっきりした答えを戴けません。初対面の翌日になっても。
イブン・シェルタ
世界に馴染めない少女たちをサポートしている慈善団体の名称です。
仮に、わたくしの元を訪ねてきてくださった依頼主を、他称ソウコさんと呼ぶことにいたしますが。困りましたわね。行方不明の方も現時点では、他称ソウコさんに違いありません。
依頼主ソウコさん。
行方不明ソウコさん。で如何でしょう。これならわかりやすいですわね。
「ソウコちゃんは」行方不明ソウコさんのこと。「こっちにはいません。だから潜入とかされても」意味がない。と仰りたいらしいのですが、
「失踪者が最後に目撃された場所を見ておくのは決して無意味とはいえませんわ」
ムダさんのお話が案の定食い違っていましたので整理しなおしますと。
行方不明ソウコさんは、行方不明になった結果。イブン・シェルタとやらに匿われていて、原因のイブン・シェルタに乗り込むことこそ。行方不明ソウコさんを取り返す唯一の方法。なのではなくて。
行方不明ソウコさんは、期間限定で行方不明になることが多いそうで。頻繁に起きることでして。限定期間を過ぎれば行方不明は解除されますので、団体側も問題にすることはないそうで。
「放浪癖でもございますの?」またも思った端から口に出してしまいます。これというのも依頼主ソウコさんが、必須の情報をわたくしに与えてくださらないのが。「今回の行方不明は、行方不明ですのね?本来の意味での」
「いえ、その。はい」
「どちらですの?はっきり仰ってくださいな」
「あ、行方不明です」
「いらっしゃる場所をあなたはつかんでいますの?」
「あ、その」依頼主ソウコさんが下を向いて口を閉ざしてしまいます。
ですから。
「潜入する必要がありますのよ?おわかりになられて」
イブン・シェルタとやらが思いのほか近隣にありまして。恣意性を疑ってもおよろしいのかしら。ママの息吹がふうふうかかった団体だと。大体、少女たちをサポートという文言が決定的なものにしています。
同じ路線の隣の駅から、徒歩数分。特に気にも留めていませんでしたが、一旦気に留めるとなかなかに。怪しいビルで。いいえ、どの口で仰るという感じですけれど。
ガラス張りで内部が窺い知れるのですが。
ジャングル?
観葉植物というには暴走気味の。緑化は目的にはしていないようです。樹冠がもの寂しいですもの。幹や枝に養分を独占され、葉のほうにまで回らなかったのでしょうか。
そんな木々の間を散歩する小径も見えます。誰も利用していないようですが。
周囲をぐるりと見回しましたが、このビル以上に怪しい建物はございません。地上5階といったところでしょうか。その高さも、この辺りだと若干自己主張が強すぎます。
わたくしのアイコンタクトをしぶしぶ受け取って、依頼主ソウコさんが。「こんにちは。連れてきました。リーダに報せてください」
受付と書かれたプレートの張り付けてあるデスクに。依頼主ソウコさんとよく似た制服を身につけている、メガネをかけた女性が。「スイナさんは入浴中ですが」と言いつつも、ちゃっかり受話器を耳に当てています。
スイナさん。というのは。「どなたですの?」依頼主ソウコさんに尋ねます。
「リーダです」
「それは聞きましたわ」
「ここの代表者であり象徴です」受付の方から補足説明を戴けました。受話器を耳に当てたままですが、入浴中。と仰っていましたので、いまだ繋がらないのでしょう。「お会いになればわかります。とても心のお優しい方です」ちょっとすみません、と前置きして。繋がったのでしょうか。「ええ、はい。よろしいのですか。はい。はい、わかりました。そのように。失礼します」静かに受話器を戻します。「5分ほどで来られるそうです。もうしばらくお待ち願えますか。せっかく足をお運びいただいたところ恐縮ですが」
「いいえ、アポも取らず突然来てしまったわたくしにすべての原因がありますわ。お気になさらないで」
受付の方の案内で、ジャングルを見渡せるソファに腰掛けます。この絶景についての是非を尋ねようかと迷いましたが、答えなど。訊く前からわかっています。
ですが、気になった点が。
随分と腰の低い莫迦丁寧とも言えますこの対応。まったくの無関係のどこの馬の骨ともわからない侵入者でしかないわたくしを。意図も簡単に代表と会わせてしまってよろしいのでしょうか。もしわたくしが、代表を殺すために正々堂々と正面から面会を求めに来たとしましょう。
死にますわよ?代表は。取り次いだ受付のあなたの眼の前で。
致命的なセキュリティレベルの低さ。出入り口も、せめてここを利用されている方には個別にIDを発行すべきですわね。せめて一見さんお断りにされては?
わたくしが大歓迎で。
ムダさんが門前払いな理由。入団希望者でなかったから?
「どんなことを聞かれますの?動機?入社試験のようなものですの?」傾向と対策をつかんでおく必要がございます。不採用の烙印を押されないために。
後方に控える受付の方に気づかれないよう、さりげなくこっそり尋ねましたが。
依頼主ソウコさんは、やはり。だんまりを貫き通す所存のご様子で。
「協力していただかないと」帰りますわよ?本当に。
やる気の欠片も感じられません。
行方不明ソウコさんを、捜してほしくて。依頼主ソウコさんが、国家権力の出先機関に助けを求めて。たらい回しの終着点として、わたくしの元にいらしたのでは?
ないのでしょう。どうやら、裏が。ございます。
それを早急に探らなければ。
わたくしごと、呑まれてしまいますわ。
5分経ったのかはわかり兼ねますが、代表者のスイナさんとやらが。わたくしたちの眼の前に現れました。大きな方でした。見上げるほどに。わたくしがソファに座っていたせいかとも思いましたが、立ち上がっても。やはり見上げるほどに。
綺麗な長い髪を揺らせて。自然界のあらゆる現象を是と受け入れる微笑みで。「はじめまして。お会いできて嬉しいわ」
「突然の訪問に応じてくださって」
「いいの。何も言わないで。わかってるのよ」スイナさんがわたくしの両手を包み込んで首を振ります。「お名前も、経緯も。無理に話す必要はないわ。でも話したくなったらいつでも言ってね。わたしでも、そこにいる」受付の方。「ハルドさんでも。勿論アリヤさんでもどなたでも構わないわ。わたしたちはあなたの味方よ」
反応に困りましたが。
何か反応しなければいけませんので。「仰っている意味がよくわからないのだけれど」
「無理しないで」スイナさんは、わたくしの手を掴まえたまま。ぎゅうと、自らの胸の合間に押しつけます。なかなかの弾力です。「時間はあなたを癒すためにあるわ。ゆっくりゆっくり。急がないで。あなたはそのために来たのだから」
なにかの、勧誘でしょうか。狐につままれているような。
「でもね、お名前を言わなくていいといっても何か呼び名がないと不便なの。ここでは皆愛称を名乗ってるわ。あなたも」
「スーザでよろしいですかしら」決して本名ではございません。お仕事上の呼び名。「スーザとお呼びくださいな。スイナさん」
「そう。よろしくね。スーザさん」ようやく両手を解放してくださいました。「一つだけ質問させてほしいの。みんなに訊いてるからそう構えないで。あなたは女かしら」
「ええ、もちろん。見ての通りですわ。よろしければ」服を脱いで確認されても。
「体も心もどうでもいいの。ただあなたが女といえば女よ。わたしが確認したいのはそのこと。わたしの身体は」
「スイナさん」受付の方、ハルドさんが口を挟みますが。
「いいのよ。ハルドさん。あなたも知っていること。ここで暮らすみんなが知っていることを、どうしてスーザさんだけが知らないまま」
ハルドさんが険しい表情で。続きをどうぞ、とばかりに一歩引きます。
「わたくしとは違う作りですのね?」
「あなたにないものが、わたしにあるわ。反対に、わたしにはないものをあなたが持っている。でもわたしは女よ。信じてくれる?」
わたくしが大歓迎な理由。
わたくしの性別にあったようです。
「性別など大したことではございませんでしょう?名前も」
スイナさんがにっこりと微笑みます。「そう。大したことないのよ。性別も名前も。だけど大したことがあったの。スーザさん?あなたの知り合いよね」
受付の方、ハルドさんが席を立って。
デスクの下から。見覚えのあるムダさんが。
目隠しされて。口にタオルを咥えさせられて。両手両足を縛られて。
「あなたの知り合いよね?」スイナさんがもう一度質問します。
どうして二手先まで読めていて。
三手先を読もうとなさらないから。
「男の方と同伴は困るわ、スーザさん。ここは男子禁制よ」
ですからわたくしはスパイの真似ごとなど。
3
女だと嘘をつかないのがムダさんらしくてよろしいのですが。
「帰っても構わなくて?」失敗です。潜入する前に。
このようなことは前代未聞ですわよ。
「いや、スーザちゃんが心配で」
返す言葉もございません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここまで書いて、なんか違う、と思って書き直したぽいです。
確かに、ムダ君を主人公にしたほうがストーリィがわかりやすいですね。本シリーズの全能者は間違いなくスーザちゃんなので、何も知らない主人公からの視点のほうが親切な構成になるでしょう。
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