第一話 ヒーローとヴィラン④
高性能カメラによって捉えられたハルトマンが殺人光線に呑み込まれていく光景を前に地上の人々は唯々硬直し、言葉を失った。
しかしそんな中突如一つの悲鳴が上がる。するとまるでそれが起爆スイッチであったかの様に至るところから同様の声が上がり、空間が瞬く間に悲鳴で満たされていった。
地上はまるでその場の全員が同時に余命宣告されたが如き阿鼻叫喚。しかしその中で唯一人真っ赤な髪をした青年だけが笑顔を浮べ、歓声と共に拳を掲げた。
「「いけるッ、いけるぞォォォッ!!」」
一万メートル上空に居るヴィランと地上の青年の声が運命的に重なった。そして二つの口端が勝利を予感して吊り上がっていく。
プロフェッサーディックは今まで九十八度ハルトマンに挑み、そして九十八の惨敗を喫してきた。どんなに頭を捻らせ時間を捧げた作戦も真正面から圧倒的な力によりねじ伏せられ、その余な負けっぷりは人々はヒーローの勝利を確信させ屋台まで出し始める体たらく。
だがしかし、どうやらそれらは全て無駄ではなかったらしい。無様に積み重ねられてきた敗北が堆肥となり、遂に芽が出て実を結んだのだ。
現在ハルトマンはライオンに追い詰められたアルマジロの如くに身体を丸め防戦一方。頭の中で思い描いていた絵がそのまま現実として数百メートル先で展開されているのだ。鼻先を今まで嗅いだ事の無い程濃厚な勝利の匂いが掠めていく。
「ニカ、ミサイルは後何発残っている?」
『え~とね、残り七発だね』
「そうか……ではその全てを奴にぶち込んでやれ!! このまま一方的に主導権を握り続ける。レーザーもミサイルも出し惜しみ無く叩き込んで全てのエネルギーを吐き出させてやろうではないか。奴も無限ではない筈だ、今日という今日は本当に勝てるかも知れへんでッ!!」
ついうっかり何時もの口調が漏れてしまう。しかしそれに気づけない程今のディックは興奮していた。
彼は今まで一度たりともハルトマンにダメージを与えられた事が無い、全てプラズマシールドという最強の盾に防がれてきたからだ。対戦車用のロケットランチャーの直撃でさえ傷一つ創る事の出来ない驚異的な防御力が高い壁として立ち塞がり、如何なる攻撃も弾き返されてきた。
しかしこの世に無限はあり得ない、この世界の物体は全て唯存在するだけで相応の対価を払い続けている。そして奴だけその理を逸脱している訳がない、絶対にあの脅威的な防御力を維持する為何かを消費し続けている筈なのだ。
ならば絶えず攻撃を与え続け奴に元手を全て吐き出させてしまえば、最強の盾だろうと破ることは可能な筈だった。
(小さな街一個分の電力と対艦用ミサイルを持って来とるんや、流石にそれ全部喰らって今まで通りとはいかんやろッ)
始めて見られるかも知れないハルトマンの動揺した姿を描いた脳内キャンパスを七発のミサイルが貫く。同時に引き金に掛けられた指も緩められる事無く、七色が折り重なった光の層へ更に爆発の閃光が重なる。
ッドオオオオオオォォォォォォォン!!
鼓膜に痛みを覚える轟音、そして視覚を数秒潰す光と空が降ってきたと思う程の衝撃波を受けディックの乗る飛行物体が大きく揺らされた。着弾点から300メートル離れた地点でもそれ程の余波を受ける超巨大爆発がヒーローを襲ったのである。
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