ひとみごくう

 

「そうやって青年団は若返っていくってわけだ。そういえば、その卒業した若者達はどうしてるんだい? 尾児さんみたいにアドバイス役?」


「いや、オジサンは特別で。他の皆は大学とか仕事とかでこの町出ていくんですよ。それもまた寂しいっすけど、伝統みたいなもんで」


 頼斗は変わらず微笑んでいるが、どこか寂しさを滲ませていた。

 長束は笑って返すことはしなかった。


「春日井君も、その予定が?」


「頼斗でいいっすよ。そうっすね、高校卒業したらO市で就職しようと思ってます」


「へぇ、都会に行くんだね」


「親戚のコネってやつっすけどね。叔父が町を出た方が良いって昔から言うもんで」


 少し後ろめたそうに言う頼斗に、羨ましいよ、と長束は言った。

 ろくに親戚付き合いをしてこなかった長束にとってコネなんて無縁のものであった。


「どうだい、取材捗ってるかい?」


 倉庫の入り口から声がして長束が振り返ると尾児が立っていた。

 オジサン、と頼斗が手を振り尾児も手を振り返した。

 周りの青年達も一斉に尾児に手を振る。

 人気者だな、と長束はその光景を見て呟いた。


 

「それで、取材の方は?」


「ああ何だかすっかり個人情報な話になっちゃってたね」


 近寄って来た尾児に答える様に長束は頼斗に目をやり、頼斗は、そうっすね、と微笑みながら頷いた。


「といってもなぁ、オレこの祭の伝統性とか話せませんよ。毎年祭を楽しんでるだけで深い意味とか考えたこと無いし」


 頼斗は尾児に目をやり、肩をすくめる。


「だろうと思ったよ。長束さんにお前を紹介してから私も気づいたんだ。若い奴に伝統的な話できるヤツなんていないんじゃないかって」


 尾児は笑いながらそう言って、頼斗は、ひでえなぁ、と言いながら同じ様に笑っていた。


「ほら、七夕の織姫と彦星みたいな昔話があればいいんですが、そういう伝聞していく話が無いもんでね。だんだんと祭を楽しむって事以外は薄れていってるんじゃないかな。神輿が町中を走るってのは、だんじり祭みたいで派手で若い奴にも人気はあるんですがね」


 尾児は神輿を見上げながら言った。

 青年達が担ぐ事になる縦横に伸びた四本の棒の上に、神が一時的に滞在するという神社を象った輿が乗っかっている。

 輿は金色に輝いていて、屋根の四方には鳳凰が飾られていた。


「うちの町は、昔の田舎町じゃよくある人身御供をやってたらしくてね」


「ひとみごくう、ってなんすか?」


「生け贄ってヤツだね。生け贄はわかるだろ、頼斗君?」


「ああそれならわかります、って生け贄?」


 頼斗は尾児にすがるような目を向ける。

 その意味を長束には予測つかなかった。


「昔の話、だがな。災害とか飢餓とかに備えて昔の人間が出来たことっていったら神に人間を供えることだったんだよ」


「お伽噺とか昔話ならよくある話ですね」


 長束は頷く。

 祭を調べているとそう言った話が幾つも出てくる。

 すっかり聞き慣れた逸話だ。


「よくある話、っすか。なんか怖いっすね」


「まぁ怖いよな。自然の脅威にさらされた恐怖から、そこに神を垣間見てしまい人間を捧げるわけだからな。その妄信さは聞き慣れても信じられないさ」


「で、その怖い怖い事をこの町も昔はやってたわけだ。神じゃなくて鬼に供えたらしいがな。流行り病か何かを鬼のせいだと思ったんだろう」


「鬼? その鬼に何を供えたんすか?」


「何をって、人身御供だって言ってるだろ。人だよ、人。つまり、この町で言えば巫女だ」


 やっぱり、と頼斗は呟いて顔を青ざめさせていた。


「巫女、というのは初耳ですが?」


 長束が手帳を開きながら尾児に問う。


「ああ、この町の祭はね、神輿を神社まで担いでいってその巫女を救うのが目的なんですよ」


「巫女を救う?」


「そう、巫女を救う。昔のそういう人身御供を誰かが過ちだと思ったんでしょうな。だから形として、鬼に供えられた巫女を神に導かれた若者が救いにいくんです」


 神輿に乗ってね、と尾児は続けた。


「へぇ、感動的な話ですね」


 長束はそう返事したものの、横で青ざめている頼斗を訝しげに思っていた。


「感動的、ですか。いや、本当は程遠い、ただただ過去に生け贄となった巫女への償いですよ」


「償い、ですか」


 尾児の言葉に頷く長束の横で頼斗は、償い、と確認する様に呟いていた。


「頼斗君? どうしたんだい、大丈夫かい?」


「あ、いえ、何でもないっす。大丈夫っすよ」


 長束に手を振って答える頼斗は、笑おうとしていたが上手く笑うことができず頬を引きつらせていた。




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