2章 わたしたちはやっぱり『これ』から
【2章1話-1】:最愛
「なんか、久しぶりだね。こんな河原を二人で歩くなんて」
「うん。場所は違うけど、昔に戻ったみたい。わたしたちはやっぱり河原からスタートだったね」
杖をついて歩く健の横、彼が転ばないように腕を支えている茜音が答える。
珠実園のバトンタッチから3年。
二人がのんびりと余生を送りに入ったかと言えば、全く逆の時間を送っていた。
卒園式のすぐあとから、茜音は両親から受け取っていた数億円単位の莫大な資産の整理を始めた。
自分の経験からして、これを普通に遺産相続すると額が大きすぎて親族の間に亀裂が入る。
そう危惧した彼女は、親族を集めそれぞれが合意をしている内容で遺言書を作り、それはすでに公的なものとして預けてある。
それ以外の分は、珠実園のような児童福祉に役立ててもらえるように基金寄付として生前に処理をすることとなった。
これらを茜音たち個人ですべてをやり遂げることは出来ない。
そこは持つべきものは親友というべき、佳織の法律事務所を通じて対応してもらった。
その話を聞いた珠実園のメンバーは驚きと共に「あの二人なら」と納得してしまったという。
それがようやく終わった頃、健に病が見つかった。
治療を受けても、もとの生活に戻れるかという確率は厳しいという主治医の説明を夫婦で聞いた。
「茜音ちゃん。僕はずっと茜音ちゃんのそばにいると決めたんだ。病院に入院していたらそれができない。残りの時間は自然に任せようと思う」
次の診察までに方針を決めてきて欲しいと言われた帰り道。健は自分の行き先を伝えた。
「健ちゃん……。ありがとう……。わたし、今これしか言葉が出ないよ……」
「もともと、いてもいなくても関係ない存在だったんだからさ」
「そんなことない! 健ちゃんと出会えていなかったら、わたし……、ここまで頑張れなかった」
同時、同じように片岡家に引き取られていたとしても、全く違う人生になっていたと確信していたのだから。
積極的治療ではなく緩和ケアへの方針へ決断をしてから、まだ動ける間にと二人で旅行に出かけることにした。
遠くには行けない。山奥の温泉に決めて、二人だけの旅行中での会話だ。
「今から考えたら小2で駆け落ちだなんて、そこから僕たちの人生は無茶苦茶だったよね。やっぱり原点の河原の景色だなぁ」
「そうだよね。あれは全然後悔しなかった。でもね、子どもたちにあんまり目をかけてあげられなかったのが母親としては不合格だったかなって……」
この健と茜音にも、二人の子どもに恵まれている。
ただ、珠実園に勤めている環境のなかで、自分たちの子を特別扱いすることはできないという教育方針から、二人に対して一般家庭なみの子育てをしてあげられたのか。
それだけが唯一の心残りだったから。
「あの二人、そんなことは全然気にしてなかったし、いっぱいお兄ちゃんお姉ちゃんがいて楽しかったって言ってたぞ?」
「そっか……。それなら安心したぁ」
部屋から見える渓流の景色を見ながら食事をしたり温泉に入ったり。何からも追いたてられない二人だけの自由な時間。
これが二人で行ける最後の旅行だとお互いに分かっている。
次の旅路へは、きっと一人ひとりの出発になるだろうからと。
「お願い……。昔みたいにぎゅっとしてほしい。それだけでいいから」
「茜音ちゃん……」
「いつも、わがままで泣き虫で、なんにも出来ない茜音なのに、ずっと側にいてくれた。このお礼って、どうすればいいんだろうね……。あの病院の日から、ずっと考えてて。『大好きだよ』って言葉くらいしか見つからなくて。なにも出来なくなっちゃったなぁ……」
「茜音ちゃん、それで十分すぎだよ。ありがとう……」
二人の時間は残り少ない。同時に茜音自身もゴールが近いのだと感じている。
「わたしも、きっとすぐに行くから、少しだけ待ってて……」
「待ってるよ……。僕たちは10年以上待った仲じゃないか」
「うん。そうだね。きっと、あっという間だよね」
そうお互いに笑って帰宅してから1カ月後。
健は最愛の茜音に最後まで手を握ってもらいながら静かに息を引き取った。
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