【1章2話-2】:思い出のプレゼント
『アフターヌーンティータイムin珠実園』と名打ったイベントは、準備をしている午前中から人が集まっていた。
プログラムの進行は結花副園長が受け持ち、調理場の花菜とは無線で常にやり取りをしながら、来園者も立食パーティーというような雰囲気で子供たちも走り回っている。
「結花ちゃん、ずいぶん思い切ったことしたのね」
「茜音先生……。今回は特別です……。夏の花火大会は園庭公開も続けるつもりです。花菜ちゃんもあれは絶対に続けるって言ってました」
夏の花火大会当日の一般公開は今でも続いている。
花菜の高校時代、その日に入った1本の電話に泣き笑いした1日を忘れるはずがない。
「うん。あとは陽人先生と二人で進めていってくれればいいわ。わたしたちもこの光景で安心したよぉ」
時間も午後2時になろうかというとき、結花がそろそろ……と思っていたときだった。
「園長先生、ガラス戸を開けてもらえますか?」
突然茜音の声がして、待っていたかのように、朝から園庭に停まっていたトラックが下がってくる。
「陽人さん、なにを始めるの?!」
「茜音先生たちからの贈り物だってさ」
「えっ?」
床面をしっかり養生して、トラックの荷台から何人もの業者さん達がゆっくりと降ろしてきたのは……。
「茜音先生……、あれって……。まさか!」
ゆっくりとホールの奥に移動させられてきたものを見て、結花は唖然とする。
「わたしたちからのプレゼント。ちゃんと定期のメンテナンスもお願いしてあるから」
茜音の自宅に置いてあった、彼女の実母から受け継いだグランドピアノ。それも通常ならコンサートホールなどに置いてあるフルサイズのタイプだ。
さすがにこれを珠実園の予算で購入は出来ない。
思い出もたくさん詰まっているであろうそれを、惜しげもなく寄贈してきた茜音。
「もぉ、茜音先生! 美味しいところみんな持って行っちゃうのは昔から変わりませんね?」
「えへへ。でもね、本物を見て貰うことが一番いい刺激なのだから、どんどん使ってもらって構わないからね」
そんな話をしている間、これまで茜音がリトミック教室で使っていたアップライトのピアノは小さい子たちのプレイルームに移動されていた。
「すげぇ……」
「これじゃどっちがプレゼントしたのかよく分からなくなりましたね」
保護者だけでなく、職員たちもこのサプライズには驚きを隠せなかった。
「茜音先生……、せっかくですから弾きます?」
茜音のリトミック教室は先週惜しまれながら最終レッスン日を迎えていたから、彼女がピアノの前に立つと、自然と子供たちが集まってくる。
「この蓋が開いているときは危ないから、絶対にさわらないでね」
同じ演奏者でも、物が違えばここまで差がでるのか……。
レッスンでも使っていた曲に、遥か昔に友人たちを唸らせた楽曲も織り交ぜながらの小さな演奏会はさすがの貫禄というところか。
「もぉ、みんな茜音先生に持って行かれてしまいました。でも、そんな茜音先生も園長先生だった健先生も、この3月で珠実園をご卒園されます。これからお二人の卒園式を行います……」
ここは園長に任せる時間だ。
「では、2枚ありますが、同時に読ませてもらいます」
陽人は子供たち、保護者、職員の視線が集まるなか、大先輩の二人を前に隣の結花から渡された証書を読み上げた。
「卒園証書
松木健殿 松木茜音殿
貴方は、この珠実園に入園以来、児童として、職員として、管理者として本園の運営と発展に尽力されました。
ここにその功績に対し、全ての関係者からの感謝の意を込め、本園での全ての課程を修了されたことを記します。
横浜市立児童福祉センター 珠実園
園長 小島陽人」
拍手のなか、陽人は先に健に渡す。
無言の中でも、両手で握手を交わし、「あとのことは頼む」と意思のやり取りが行われたことが周囲から見ていても感じられた。
陽人は1枚を横に立っていた結花に手渡す。
「副園長は自分で渡せ」
「はい……」
既に目を真っ赤に腫らした結花。証書を受け取り、茜音に渡そうとしたけれど手が上がっていかない。
「結花ちゃん……」
いつもと変わらない。
その昔、心身共に疲弊し学生という道を断念した結花。
社会復帰への第一歩を踏み出すために母親と一緒にここを訪れたあの日も、茜音は結花の手を握って彼女の言葉が出るのを待ってくれた。
「……はぃ。茜音先生はいつも……、こんな泣き虫な私に『結花ちゃんならできる』と言って、ここまで導いてくれました……。私も、お二人から受け継いだものを大切に育てていきます。どうぞ、これからも見守っていてください……」
「結花ちゃん、よく言えました……。ありがとう……」
「うん……」
男性二人の時とは違って、こちらはお互い涙の抱擁。
「形にとらわれなくていい」というこの園の運営方針が引き継がれたことを表現するには十分な時間だった
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