告白の返事
二人のユニークスキル、事件の真相。今ここに開示された全てをふまえ、少女は出方を考えるように沈黙していた。そして
「……ほんとに危なくないんですね?」
ドロシーは改めて僕に問いかける。やはり彼女の関心は真っ先にそこにあるのだ。僕は勢いよく首を縦に振った。
「ほんとにあなた、良い人なんですよね?」
先ほどの首肯とは一転、ぐっと返答に詰まる。こんな確認、さらっと答えて話を進めるべきだ。なのに僕の心はそのYESの一言をなかなか出したがらない。
「良い人は罪から逃げたりしない」
「……そうですか」
不細工な返事だ。彼女が聞きたかったのはそんな事じゃない。このステラが助かるかどうかの瀬戸際に、僕はまだ自身の心情などに振り回されている。
彼女はすっと背を伸ばし、改めて僕を見た。頭一つ分くらい僕と背丈の離れた少女。その目には先程会話した時とは違う真剣な色が含まれていた。
「わかりました。ステラさんを助けるため、過去に飛びましょう」
体の奥の奥に光が差し込んだような瞬間だった。
もはや手をかざす事すらしなくなっていた天上の光。どうしようもなく深く暗い地の底に横たわっていた僕の身体が、その一言に体中の血液を沸き立たせていく。
「あ、ああ、ありがとう! ほんとに良いのか!?」
喜ばしいあまりに、そんな再確認までしてしまう。心からの感謝をどもる言葉で彼女に伝えながら、何処かまだ自分の耳が変になったのではないかと疑っている。
「ええ……魔物に襲われないかは心配でしたが、あなたの態度には本気さがある。私はあなたの言う事は真実だと判断しました」
ぐっと刻み込む、少女のその一言。聞き間違いでもなんでもない……彼女は僕の言う事を信じ、その力をステラのために使ってくれる。
「それに……もしも何か起こったらあなたが守ってくれるんですよね?」
「え? あ、ああ!」
真相を考えれば別に何が起ころうはずもない。だが守ってくれるかと問われればもちろん全力で首を縦に振るだろう。そう、万が一過去にどんな強大な敵が襲ってこようとも、僕が……
「て、僕も行くのか!?」
これからに向けて決意を新たにしていた所で、何か引っ掛かっていた違和感の正体に気付く。よく見たらその見据える先の過去に僕もいるじゃないか!
「当たり前じゃないですか、あなた本人が行くのが一番早いんですよ。今から私と二人で過去に行って、事件を解決するんです」
「い、今から!?」
大体は把握できていたと思った目の前の話が想像よりもずっと性急で面食らう。まず他人を連れていく事も可能だったのかとか、何か準備する時間はいらないのかとか、ここに来てそういえばと考える事が山ほど出てくる。タイムトラベルというものに対する理解度と慣れの違いなのだろうか、話が決まった後の迷いの無さは僕と彼女とでは比べるべくもない。
「まあ……でもそうですね、一応不測の事態に備えて最低限の準備はしていきますか。10分で宿から必要なものを持ってきますので、あなたも何かあれば村で準備してください」
「お、おう」
一応彼女にもそういう発想はあったのか、それとも僕に心の準備をくれたのか、準備期間が設けられた。だとしても10分はやはりそれなりに短い気がするが。
「準備……準備か……」
そう口に出して過去に行くために何が必要かについて考える。そんな僕を尻目に彼女は村の方へと木々の間を進んでいった。
改めて準備と言われても、実際用意すべきものは何かあるだろうか? 漠然とした備えとして食料やお金を持っていくという考えもあるが、彼女の話では辿り着く先は過去のノウィンである。部外者の彼女はともかく、村民の僕ならばこの身一つあればどうとでもなる気がするが。
「それより考えるべきは……辿り着いてから何をするかの手順か」
とにかく
そう考えるとそんな危険な存在と顔を合わせるのはむしろ村外の方が良いか? 同じ顔を見た相手がパニックを起こして暴れる可能性もあるし、ステラも同席するこの場所はリスクが高いだろう。奴がステラに出会う前の時間に飛び、こちらから会いに行く形がベストか。
となると最適なのは力試しにモンスターを倒しまくっていた山の上だ。あの時誰にも見られないように選んだ、人のいない魔境。今回はそれが後腐れない話し合いの場所として最適に機能する。途中でワイアームが乱入してくるのは不安要素だが、おそらくそれまでに話を付ける事は可能だろう。
つまり手順はこうだ。まずドロシーと共にこの場所で当日の朝にタイムトラベル。過去の僕が山の上に辿り着く前に、風魔法で先回りして待機しておく。そして相手が姿を見せたら、警戒させないように気を付けながら事情を話すんだ。そうすれば過去の僕は無事に能力の危険性を理解してくれるはずだ。
いや待て、本当にそうだろうか? 正直僕は結構そそっかしい部分もある。得体のしれない同じ顔の存在にノータイムで本気で攻撃してくる事も考えられなくはない。無いと思いたいが、無いとは言い切れないのだ。何か未来の自分であると確実に伝える手段は無いだろうか……僕が僕自身である事を証明できる手段があれば……。
と、ここまで考えて、なんだ悩む必要もない事に気付く。
とにかくそこまで作戦を立てれば、あとはもう成り行き任せでもほぼ何とかなるだろう。そうなると次に考えるべきはステラが生き返った後にどうするかだな。考えてみれば彼女は勇者という立場、せっかく生き返ってもまた何者かに狙われないとも限らない。彼女がもっと強くなるまでは護衛が必要だろうな。やはり唯一無二の強者である僕がその役目を担うのが一番万全だろう。
いやだけど、そういえば彼女は僕の事についてどう思っているのかな。生き返った彼女にはあの時の記憶はあるのだろうか。彼女は僕に殺されているんだ、怒っているかもしれない。僕の事が嫌いになったかも。一緒に旅に出ようと言っていたけど、一人で行ってしまうかもしれないのだ。
でもそれでもいい。この後ステラと話す時に完膚なきまでに嫌われて二度と話もできなくなるかもしれない。でもそれでも、今よりはずっと良いんだ。ステラが生きているだけでいい。だってステラが生きているのだから。それが僕が今までずっと夢に見てきた事なのだから。
頬を柔らかな風がくすぐる。地に生えた草がそよそよと控えめになびき、開けた岩の広間に波を作っている。木漏れ日に照らされた深緑が光を反射させ、幻想的な景色が周りを囲んでいく。山菜取りがてら森林浴にでも興じたくなるような暖かな日和。
「あれ?」
ふと顔を上げる。特に変わりの無い乱雑な割れ岩の景色、先ほどから聞こえていたであろう断続的な小鳥の声。さわさわと擦れ合う木々の葉の音は静かな森の中によく響き、靴に踏まれた草も風に吹かれて元通りに背を伸ばし始めている。
「10分、経ってるよな?」
誰もいない森の中にぽつりと呟く一言。
返ってくる返事は無かった。
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