二人の道

 夕暮れ時、ノウィンの中ほどを横切る道を二人の冒険者が歩いている。まだ仕事をしている大人も多いが、子供達が家まで走って帰っていった後の村は少し静かな空気に包まれていた。


「ライトさんはもう帰ってたんですね。今日の休憩時間に会えるとは思ってませんでした」


 あれから授業が終わり、僕はマリアと診療所へと歩いていた。戻る場所が同じである以上、自然と二人一緒に帰る事となる。


「ん? うん……」


 もう帰ったんですねという口ぶりが、なんだか僕の村外遠征を言い当てられているような気持ちにさせられる。別に村内の用事だって行ったり帰ったりするのだから特別な含みは無いのだろうが。


「一緒に休憩に出る時以外は、村でも全然姿を見かけないですもんね。もしかしてダンジョンにでも潜ってるんですか?」


 何気ない調子でこちらに尋ねるマリアに、返答に詰まらされる。透き通るような長い髪が夕日に照らされ、手を伸ばせば触れられる距離の彼女に神秘的な雰囲気をまとわせていた。


「ま、まあ色々だよ。それにしてもマリアが子供たちの先生をやっていたなんてな」


 自分の用事をごまかしつつ、話の流れをマリア自身の方へと向ける。思えばこの村に来た時からこんな事をしてばかりだ。彼女の方は僕が注意を向けるとちゃんとそれに応えてくれるのに。


「ええ、休憩時間に何かやる事が無いかなって考えてたら思いついたんですよね。それでリーダーや村長に聞いてみたら是非にって言われたもので」


「なるほど」


 経緯に納得する。村の後に続く何かを考えた場合村民への教育は重要であるし、提案を受けた村長達はもろ手を挙げて歓迎した事だろう。その立場にいない僕でさえ、村の子供達が教育を受けている場面にはほっとする気持ちがあった。


 ただ同時に、大勢の子供に分け隔てなく自分の知識を分け与えているマリアを見ると、なんだか少しもやもやしたような変な気持ちにもさせられた。思えばパーティを組んでいた時は主にマリアの話を聞いていたのは僕だった。彼女が何気なく話す雑多な知識に一番多く質問を返していたのは僕だし、彼女もそれに応えて色々な事を教えてくれた。例えば先ほどの子供達が同じように彼女のもとを訪ね質問すれば、彼女は僕にしたのと同じように自分の知識を分け与えるのだろうか。


「どうしましたか?」


 笑顔で無防備にこちらの顔を覗き込むマリアに、一瞬心臓が跳ねる。今考えていた事をそっくりそのまま見通されてしまったのではないかと、そんな訳も無いのに変に焦って挙動不審になってしまう。


「い、いや、良い活動だなと思って。文字もそうだけど、それに合わせて色々な事を教えてあげてるだろ」


「そうでしょ! 知る楽しさを経験できないなんてかわいそうですもんね! これからどんどん色んな事を教えて、村中の子供を物知り博士にしてあげます!」


 もう明日以降の授業にやる気を見せているマリア。僕の心の奥の事など気付いてもいないその様子に、思わず笑いがこぼれてしまう。


「マリアは先生が向いてるんじゃないか? これからもずっとノウィンで教えてくれたらいいのに」


 マリアが教えてくれるならノウィンの子供たちにとってもこれ以上ない待遇だろうと、冗談半分にそんな事を言ってみる。


「ええ~? ライトさん、それはあれじゃないですか~(笑)」


「あれとは?」


 にやにやしながら言うマリアに、僕は言葉の真意がわからず聞き返す。


「だから~。ず……ずっと、一緒に村にいてほしいって事じゃないですかあ」


 ふざけ半分で言っていたはずが途中で照れて尻すぼみになるマリア。……いやだからそういうのは照れるくらいなら言うなよ! なんかドギマギした空気になって結局こっちまで恥ずかしいんだよ!


「えっとまあ……そうだ、マリアは世界地図って売ってるの見た事あるか?」


 変な空気になったのを払拭するため、マリアにも世界地図に心当たりがないか聞いてみる。話題が彼女向きだった事もあってか、すぐに反応が返ってきた。


「あー、世界地図はちょっと……実家にならあるんですけどねえ」


「そっか。まあ普通の場所には無いよなあ」


 彼女の興味の広さからして、店で地図などを見かけたらその事を覚えているだろう。マリアが見ていないというのなら、やはりそうそうお目に掛かれるものではないらしい。


「それっぽいのならあったんだけどなあ。でも信憑性が怪しいし、都市の名前も書いて無いんだ」


 そう言い、町で買った観賞用の地図を広げる。するとマリアも興味を惹かれたのかそれを覗き込む。


「あー、これはちょっといい加減な地図ですねえ」


「やっぱり?」


 薄々予想していた事をこの場に言い渡され、少しガッカリとした気持ちになる。


「例えばここ、ドルナシャ大陸の形がかっこよく誇張されすぎです。この半島はこんなに角ばってないですし、あとガムラ大陸のこの山脈もなんか一本多いですね。ここには聖域都市ロドゥワがあるんだから、こんな上書きするような位置にあるはずありません。そもそもこの地図全体に言える事なんですけど、河の流れが全部無視されていて……」


 広げた地図を指さしながらあれやこれやとダメ出しするマリア。なるほど観賞用に元の地図を誇張したものだという事がよくわかる。しかしそれを横で聞いていた僕はふとある事に気が付いたのである。


「もしかしてマリア、世界地図を全部暗記してるんじゃないか?」


「え? ああはい。細かい地形はともかく基本の内容は把握してるかと」


 何という事もなさそうにそう返すマリア。


 という事は誇張されてはいるものの世界地図を元にした地図がここにあり……そしてその元の世界地図に関して正確な知識を持っている人間がまたここに一人いるという事で……? つまり……?


「うおおおお! 行けるぞこれ!」


「え? あ、あの?」


 思わずマリアの両手を取り快哉を叫ぶ。マリアは突然の事にまた顔の朱色が戻っていたが、僕は大発見に興奮していたのでそれに気付かない。いや本当は彼女の恥じらう様子とか絹のようになめらかな手の感触とかには普通に気付いていたが、それに意識を向けるとまた僕も照れ出してしまう気がしたので、とにかく大発見にかこつけて彼女の手をずっと握りしめてブンブンと振り続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る