運命の瞬間

 あまりにも変わらぬ空気のままに発せられたせいで、ともすれば聞き流してしまいそうだったその言葉。『ワイアームの牙抜きで魔道具を起動する』。


 調査用魔道具は……今から起動できる・・・・・


「て、てめえどういう事だよそれは! ワイアームの牙が無ければ魔道具は使えねーんじゃなかったのか!!」


 スミス氏の発言に、いの一番にジョシュアが声を荒げる。叫びたくなるのも当然だ。彼はワイアームの牙を買うために資金をかき集め、ポヌフールまで単身往復したのだから。


「いえ、使用自体は問題なくできます……ただワイアームの牙が無いと、使用後のオーバーヒートを回避できないんですね。せっかく作った魔道具をみすみす壊してしまうような事、魔道具課に所属する身としては耐えられないですよほんと……」


「な、なんじゃそりゃあ……」


 どう思えばいいのかわからないのか、ジョシュアは頭を抱えた。最初に言われていれば彼もここまで必死にバカ高い素材を手に入れようとはしなかっただろう。だが少なくとも今から予定通りに魔道具を使えるというのは彼にとっては朗報である。そして僕にとっては……。


「あ、あの……という事は、今から犯人を……?」


 震える声で尋ねた僕に、一時的に場の視線が集中する。尋常じゃないくらいに体中から汗が噴き出してくる。


「ええ……魔道具で犯人を特定してさしあげましょう。魔道具を犠牲にしてでも、この件は調査しなければなりませんので」


 少し落ち着きを取り戻したのか、スミス氏は柔和な笑顔でそう宣言した。その絶望の言葉に僕は一層顔の筋肉をこわばらせる。喝采をあげる村人が既に僕の方など見ていない事だけが救いだった。


「ギルド長さん、ピラー・・・は現場に置いてきてくださいましたね?」


「ああえーと、ガンドムさんに頼みましたが」


 スミス氏から突然話を振られたノウィンのギルド長が更にガンドムに話を振る。ガンドムは思い起こすように「ああ」と頷いた。


「あの五本の柱じゃな。言われた通り、現場の周辺に差し込んできたぞい」


「よろしい。五つのピラーはここにある魔道具の本体と魔力的に繋がっています。この魔道具に燃料を入れて運転させれば、犯人の姿が明るみになるでしょう」


 更により大きな喝采が村に湧き起こる。もはや準備は終わっている。あの魔道具が犯人を映し出すまでもうほんの少しの時間も無い。


 逃げ……逃げなきゃ……ここにいたくない……



「へえ。どうなる事かと思いましたが、魔道具がちゃんと使えるんですね」


 突然横に並び立たれ、心臓が壊れそうになる。診療所に待機していたはずのマリアが騒ぎに気付いて外に出てきていた。


「ライトさん……良かったですね。これで犯人がわかりますよ」


 微笑みまっすぐに見つめてくるマリアの視線に対し、もはや顔を逸らす事しかできない。不審にもこの場から立ち去る事なんてできやしない。


 目の前ではもうスミス氏が魔道具に燃料を入れ始めている。リッチの骨粉を穴に流し込んでいる。トロールの胆石をくぼみに差し込んでいる。集めた素材が全て魔道具の中に消えた。それから何の変哲もない大きな紙を魔道具の上に敷き、四隅を何かの部品で固定する。


「お待たせしました! これより魔道具を起動します!」


 宣告。

 スミス氏が魔道具を複雑な手順で触り、途端にそれは振動と共に淡く光り始めた。


 そばでマリアがその様子を見ている。ジョシュアがじっと魔道具の様子を見据えている。ガンドムも、よく見たら孤児院の皆やアナスタシアもこの場にいる。村の皆が固唾を飲んで見守っている。僕の罪が暴かれる瞬間をじっと待っている。


 十秒。まだ魔道具は動き続けている。


 二十秒。まだ魔道具は動き続けている。


 次の瞬間には僕の姿が映し出されるのではないかと一秒一秒心臓を跳ね上がらせながら、気付けば何十秒も経っている。何が起こるのを期待しているのか、汗だくになりながらただじっと魔道具を見続ける事しかできない。その時が来ないでほしいと思っているのに、いつまでこれが続くのかと吐きそうになる。


 なんだこれは。一体何が起こってるんだ。

 なんでこんなに苦しいんだ、僕は一体どうなってしまったんだ。

 眩暈がして動悸がして汗が噴き出て、何がなんだかわからない。


 誰か助けてくれ。誰か助けて、誰か。誰か━━



 ドアのベルのような安っぽい金属音がした。


 何の音が何処から聞こえたのかと思ったが、気付けば魔道具の駆動音も消えている。体の芯に響く振動が消え、晴れ渡る空に鳥の鳴き声が聞こえる。


「捉えました」


 スミス氏が魔道具の上に敷いた大きな紙の固定を外し、一瞬ぺらりと自分だけ裏を確認する。


「成功ですね。勇者と……そして犯人が精細に焼き付けられているようだ」


 犯人。


 犯人の姿が。ステラが死んだ時の光景が。


 広場が一瞬ざわついて、それが急に遥か遠くのものみたいに水の中みたいに聞こえ出す。心臓の中の血液がひたすらに混ぜ返され、聴覚にキーンとした耳鳴りが幾重にも混ざりはじめる。指を握り締めてもその感触が鈍く、吸っているのか吐いているのか呼吸が上手くいかなくなる。



 ああそうか、僕は終わりなんだ。


 これが時の感覚なんだ。



 何もかも不明瞭な中、スミス氏の一挙一動だけがいやにはっきりと目に映る。


 スミス氏がその大紙の端をすっと掴み上げ、そして。



「ご覧ください! これが! 犯人の顔です!」


 大紙が広げられ━━村人の目に晒された。




 息を飲む村人達。


 驚き、口を押さえるアナスタシア。


 目を見開くジョシュア。


 僕の顔を見るマリア。


 そして僕は


 僕は










「……え?」


 その光景が理解できず、ただその一言だけを口からこぼした。







「こ、こいつが……?」


「こいつが犯人かよ……この……なんだ……」


 数秒の静寂の後、村人たちも意外なものを見たような顔でざわつきだす。




「大して強くなさそうなが……」



 そこに描かれていたのは女だった。


 白い髪に見慣れない肌の色をした女。

 それがステラに向かって腕を振り下ろしている光景だった。

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