第334話

 どういうことなんだろう?

 ロイター子爵の話しぶりでは、どこか一ヵ所でも南の防衛ラインが突破されて国内に魔物の侵入を許せばコートダールは滅びるかもしれない、そんな切迫した状況のはずがうまく防衛できてると言う……

 目の前に座る補佐官のレイチェルさんも落ち着いていて特に焦ってる様子もない。


 戦況を偽っている? 大本営発表的な?

 それにしてはレイチェルさんもそうだが先ほどの司令官もその随員も、さらにこの司令部全体の雰囲気からしてとても劣勢に追い込まれている軍隊のものではない。


 ロイターのおっさんの分析が間違っていたのだろうか? あるいはコートダールから伝えられた初報に誤りがあったか……

 しかし"あの"ロイター子爵が不確かな分析や情報を元に、俺をバルーカからの正規な援軍とする措置を講じるとも思えない。

 この雰囲気に流されて油断だけはしないよう注意しないと。


「ツトム殿には戦況の変化に対応できるよう司令部内に待機して頂ければ……」


 こんな他国の司令部でただ待っているというのもなぁ……

 それに未明に起こされて急いで飛んできた意味もないし。

 よし!


「防衛が成功しているのでしたら、今のうちに南の防衛ラインを見てこようと思います。

 地形や距離感などを把握しておきたいですし」


「バルーカから来られたばかりなのに魔力は平気なのですか?」


「大丈夫ですよ。すぐにでも戦闘に参加するつもりで来てますから」


「っ?!」


 レイチェルさんは驚いてるようだ。

 当然か。

 ロザリナが言うには伝令役の優秀な魔術士でも(ベルガーナの)王都からこの商都まで、休憩して魔力を回復させながら1日掛かりで飛ぶらしい。もちろん1日掛かりというのは朝から夕方or晩のことで24時間でということではない。


 ただ見て来るというのも体裁がよろしくないかな?

 ならついでに……


「あと負傷者の治療ってどうしてますか?

 陣地ごとに行っているのか、それとも他へ移送してるのか」


「軽傷の者以外は陣地の後方にある物資の中継拠点に送っています。そこで回復術士が待機していますので。

 中継拠点は3ヵ所で、場所はここと……」


 レイチェルさんが地図上に指を指していく。

 こちらも自分の地図を出して中継拠点の場所と、ついでにイズフール川沿いの主な防御陣地も場所も書き記した。


「すぐに戦線復帰の見込みのない者はそこからさらに商都へ移送されます。

 ……ひょっとしてツトム殿は回復魔法を?」


「はい。使えます。

 負傷者が多いようでしたら治療を手伝おうかと思いまして」


 戦況が優位に展開してるのだったら、無理に戦闘に加わらないほうが良いだろう。

 手柄を横取りされた! みたいな難癖を付けられたらたまったものではないし、他国軍とのトラブルは絶対に起こさないようにしないと。

 回復魔法もアルタナ王国の時のような辻範囲回復! みたいなことはやるべきではないだろう。

 ちゃんと中継拠点の偉い人に話を通してから実行しないと…………面倒くさいけどこればかりは仕方ない。


「それは助かります!!

 戦闘中は回復術士の魔力は常に枯渇していますので、手伝って頂ければこれほど有難いことはありません!

 前線にいる将兵もさぞ喜ぶことでしょう」


 負傷者から前線に復帰する兵士が増える→防御陣地が強化される→新たな死傷者を少なくすることができる、というまさにプラスの循環を生み出すことができる。


「それにしても、回復魔法を使えるのによく前線で戦うことを許されてますね。

 こちら(=コートダールや帝国)では考えられません。

 もしやベルガーナでは回復術士でも前線に投入されてるのでしょうか?」


「いえ、そちらの扱いと大差ないです。

 自分は冒険者でしかもソロで動いてますので……」


「そうですか」


 ベルガーナでは回復術士ですら前線に投入しなければいけないほどの魔術士不足なのか?

 もしくは、前線で戦わせることができるほどに回復術士の数を揃えているのか?

 果たしてレイチェルさんはどちらの意味で聞いてきたのだろう?


 いずれにせよ回復術士の扱いはどこの国も大差ない、ということだ。




 商都を飛び立ち、まずはレグザール砦を目指す。

 砦への魔物の攻撃は撃退したとのことだが、ロイター子爵が気にしてたこともあって最初に見に行くことにした。


 途中飛行速度を落としてルルカの家族がいるワナークの様子も見てみる。

 空からわずかな時間見ただけだが、混乱してたり非難する人であふれているといったこともなく、街に変わった様子はなさそうだ。

 前線に近い街なのでこのような状況には慣れてるのかもしれない。 


 ワナークを過ぎて右へ(西へ)と針路を変える。

 ベルガーナ王国とコートダールの間の山岳地帯を目指す形だ。

 ワナーク周辺までは農地や村があって開拓されていたのだが、それを過ぎると人家も農地も見かけなくなり山岳地帯に近付くにつれ眼下の景色は森の木々に覆われていく。


 商都の司令部で見せてもらった正確な地図を思い出しながら飛んでいくと、山に隣接する形の大きな砦を見つけることができた。


 レグザール砦……

 バルーカの南砦より一回り大きく、西側の防壁だけ高いいびつな形をしている。

 砦の南側は崖になっていて、峡谷が南へと続いており下には細い川が流れている。この川がイズフール川の源流と思われる。

 この峡谷が魔族側の領域とコートダール領を分断している天然の要害となっており、この一帯においてはレグザール砦を突破しない限り魔物が侵攻することはできない。飛行種以外は。


 砦の東門のところに降りようとして気が付いた。

 内部の建物のいくつかが破壊されていた……

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