第332話

 今までバルーカから東のメルクを経由していたのを、バルーカから直で北東に飛んで商都を目指すルートに変えたのが良かったのだろう。

 商都までの飛行時間をかなり短縮することができた。


 商都の西門で降りて、門を警備している兵士に司令部の場所を聞く。

 俺は男性にしては"少しだけ"背が低いので、見た目子供と判断されて場所を教えてもらえないかもと思ったのだが、意外にもあっさりと教えてくれた。

 特にピリピリとした雰囲気でもなく、俺をはじめ通行人に笑顔で対応している様子はとても平和的で、一度防御線が突破されてしまえばたちまち亡国の危機に直面する現在の状況との落差がすごい。

 もっとも後方なんてそんなものなのかもしれない。

 アルタナ王国の時なんて直接王都を攻められていたが、王都内の人達は割と平和そうで緊迫した雰囲気はなかった。



 コートダール軍の司令部は南門近くの大きな建物みたいだ。

 許可などないが構わず商都内を飛んで行く。

 商都の西側は人の背丈より少し高いぐらいの塀と水路が南北に伸びていたが、南側には立派な城壁が築かれている。

 この城壁はバルーカ城に負けず劣らずの立派なものだが、南側にだけ城壁があるのは都市としてはかなりアンバランスだ。

 もちろん南からの攻撃以外想定してないからだろうが、高い山々が物理的に塞いでいる西側はともかく、イズフール川沿いの防御線を突破した魔物が、東側から回り込んでくることを想定していないかのような商都の造りだ。

 あるいは南側の城壁は三国志等で言うところの陽平関や虎牢関といった関なのかもしれない。


 南門から東に行ってすぐのところの3階建ての大きな建物の前に降りる。

 軍服姿や鎧を装備した兵士の出入りが激しい、ここが間違いなくコートダール軍の司令部だ。

 屋上からは魔術士が南へと飛び立った。前線への伝令だろうか。


 さて、どうするか…………

 司令部の入り口を見ても受付があるようには見えない。

 両脇に立っている兵士(衛兵?)に話し掛けるべきなんだろうな。


 兵士に近付き、『あの~、すいませ~ん』と何なら両手をモミモミ揉み手をしながら話し掛けようとしたのを、その寸前で思い留まった。

 俺は今回いち冒険者として来たのではない。バルーカを代表して援軍に来ているのだ。

 ここで下手な態度を取ってしまったら姫様をはじめ、領主様やロイター子爵にまで迷惑を掛けてしまう。

 堂々とした態度で相手に接しないといけない。


「…………こほん。

 ベルガーナ王国のバルーカから援軍として馳せ参じたのですが、軍司令官閣下にお取次ぎ願いたい」


 兵士は俺のことをいぶかしげに見るが、


「対応可能な者を呼んでまいります。しばらくお待ちください」


 そう言って建物の中へと入って行った。


 事が進んでとりあえずホッとする。

 兵士に見える位置で空から着地したのも良かったかもしれない。


 待つこと3分ほど……


「バルーカから援軍として来られたというのは貴方ですか?」


 兵士が補佐官? 士官? らしき20代後半の男性を連れて来た。


「はい。

 私の名はツトム、本業は冒険者をしています。

 この度の貴国の危機に際してバルーカから援軍として参りました」


 冒険者というのは隠すべきだっただろうか?

 でも後でバレるより最初に言っておいたほうが無難だと思うが……、どうなんだろう?


「貴方の他には……」


「派遣されたのは自分1人です」


 援軍がたった1人なんて失望させてしまうかと思ったが、意外にも目の前の男性に表情の変化はない。

 他国から派遣されたと主張する者に対して隙を見せるようなことはしないって感じか。

 あるいはハナから期待なんてしていないのかもな……


「失礼ですが、バルーカからの正式な援軍であることを証明できる物をお持ちですか?」


 ロイター子爵から渡された公文書を見せた。


「こちらはお預かりしても?」


「どうぞ」


 ちなみに公文書の中は見ていない。封をされたままだ。


「ではご案内します」


 男性に建物の中の応接室に案内される。


「司令に報告して参りますので、しばらくこちらでお待ちください」


「わかりました」


 ふぅ~

 ここまでは上出来だろう。




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-商都の軍司令部・作戦室にて-


「閣下、バルーカから援軍として来たという者が閣下に目通りを願っております」


「バルーカ? ベルガーナの最前線ではないか。王都からの間違いではないのか?」


「いえ、バルーカ領主の書状も持参しております。こちらを」


「ふむ……」


「ヤケに動きが早いですな。昨日伝令を飛ばしたばかりだというのに」


「それだけベルガーナも今回の事態を重く見ているのでは?」


「閣下?」


「…………この書状には前線で独自判断で動くことの許可を求めている。

 軍務卿の印すらないので、バルーカ領主の独断らしいな」


「しかし、少数の魔術士が独自に動いたところで前線が混乱するだけではありませんか?」


「やって来たのは1人です」


「なに?」


「援軍として来たのはツトムと名乗る年少の魔術士1人だけです」


「なんと……」


「どういうことでしょう?」


「この非常時にふざけ……」


「待て!

 バルーカの領主であるグレドール伯爵とは面識こそないが公正な人物と伝え聞く。

 何の根拠もなくこのような申し出はすまい」

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