第326話

 あと黒オーガのことは念を押しておかないと。


「特殊個体の件なんですが、自分が倒せるのは三本角のみです。二本角やその上は無理ですので注意してください」


「そう言えば君は一昨日また特殊個体を倒したのだったか」


「えぇ……」


「オークキングが複数存在するのだから、特殊個体が(角の種類ごとに)複数体いるのは、まったく想定していなかったわけではないのだけど……

 実際それが確定されると気持ちが沈んでしまうね」


 実は複数体いるというのはまだ確定してなかったりする。

 俺がアルタナ王国で倒した後で、新たに三本角の黒オーガになった?(角が生えたとか?)可能性もあるのだ。

 もっともそんな楽観的見解を言うわけにはいかないが。


「君は前に二本角の特殊個体を撃退しているだろう。

 軍と共闘すればもっと戦えないかい?」


「わかりません。

 本当に紙一重の戦いだったんで」


「戦場になるのはアルタナ王国だ。優秀な獣人戦士が多数いる。

 彼らに君の護衛をさせれば……」


 獣人部隊に護衛された場合か。

 頭の中で二本角との戦いをシミュレートしてみる。

 ……………………

 ……………………ふぅ。

 色々とシミュレートしてみたが、結局のところトンファーブレードによる斬撃を防げるかどうかが最大の課題だ。

 防げないのなら人が多くてもあまり意味はない。


「もし二本角と戦わないといけないのでしたら、冒険者ギルドにも依頼をして精鋭を集めて欲しいです」


 ランテスはまだアルタナ王都にいるだろうか?

 新たに2等級パーティーを結成して残りのメンバーを募集しているとのことだった。武闘大会が行われた12日前時点での話だが。


「精鋭か、何か基準でもあるのかな?」


「そうですね……」


 以前二本角と戦った際に善戦した3等級のグリードさん、彼よりも上の実力者を揃える必要がある。

 ならば2等級を募集したいところだが、三本角相手に為す術もなかった2等級パーティー『チェイス』の例もある。

 そのチェイスにしても2等級に相応しい長所はあるのだろうが、今求められているのは純然たる強さなのだ。


「武闘大会本選出場に相当する実力があること、でしょうか」


「そこまで限定しないとダメなのか。

 本選出場者の中でまだアルタナに残っている者がどれほどいるのか……」


「本選準決勝まで残った友人が、近衛の隊長を自らと同格と評価していましたよ」


「近衛隊なら実力はその通りだろう。

 しかし…………」


 ロイター子爵の言葉が途切れる。

 近衛隊を前線に、というのは難しいのか。


「派遣している第3騎士団を通じて、アルタナ側の前線指揮官にこちらの希望や要望を伝えることは可能だ。

 君がいくらいち冒険者とはいえ、武闘大会で本選に出た実力者であることは周知のことだろうから、アルタナ側としても無下にはできないだろう。

 ただし! それはあくまでも現場に限っての話だ。

 他国の、しかも中枢の軍編成に口出しすることはできない。いくら私でもね」


「ベルゴール殿下にお願いするというのはどうでしょう?」


「ん? どうしてそこでアルタナ王国第一王位継承者の名が出てくる??」


「実はですね…………」


 武闘大会本選で初戦に敗退した後でベルゴール殿下の呼び出しを受けた時のことを話した。


「君はアルタナに行くたびに内部事情を持ち帰ってくるね。

 今回は前回みたいな密偵まがいのことはしていないから問題ないのだけど……」


 前回というのは不本意ながら伝令役を務めた件だ。

 レイシス姫が俺のことを頑なに『ツムリーソ』と呼ぶ理由でもある。


「レイシス姫がそのような苦しい立場に立たされているとはね。

 とは言え、君をレグの街救援に派遣した判断を間違いだったとは思わないが」


 俺だって間違ったことをしたとは微塵も思っていない。

 (イリス)姫様に悲しい思いをさせずに済んだし、レイシス姫も多少困った一面は持ち合わせているものの、美しくもありながら可愛らしさも稀に見せてくれる素晴らしい姫君だ。


「話を戻すが、君がベルゴール殿下にお願いするのは却下だ」


「どうして……」


「いくらウチ(=ベルガーナ王国)と同盟を結んでいるとはいえ、他国の者にそこまで干渉されたくないと考えるのが普通だ。

 アルタナ側の不興を買って、両国の外交関係に影響を及ぼす事態に発展しないとも限らない。

 それに実現したとしても近衛隊に死傷者が出た場合、君に責任を負わせてくることもあり得る」


 その可能性があるのか。

 責任取って婿入りしろとか嫁もらえぐらいは普通にありそうだ。もっと酷いと奴隷落ちとか。姫様にも迷惑かけてしまうかもしれない。

 考えてみれば俺はまだベルゴール殿下とは1度しか話したことがない。

 お願いできるような間柄ではないのかもしれない。


「この件についてはこちらに預からせてくれ。

 さすがに私の一存で決断できる類の話ではないので、閣下ともよく相談しないといけない」


「承知しました」


 閣下とはバルーカを治めるエルスト・グレドール伯爵のことだ。


「それと君にはこの後イリス殿下に拝謁してもらうよ。

 君を派遣する許可を得た際に殿下がそう望まれてね。

 彼が案内する」


「わかりました」


 従卒らしき男性の後に付いて行く。

 ロイター子爵と言えども俺のことは姫様の了解を得ないといけないのだな。

 さすがに緊急時は事後承諾という形になるのだろうけど。



 いつもの謁見の間に通じる廊下の隅でしばらく待機することになった。

 案内役は従卒らしき男性から姫様付の侍女さんにバトンタッチしている。

 ほんわかとした雰囲気の20代前半の女性で中々のスタイルの良さだ。

 が! これからお会いする姫様のロイヤルボディとは比ぶべくもないので俺の眼中にはない。


 イリス姫に会うのは約10日ぶりなので、ドキドキと緊張感が高まってきた。

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