第273話

 ルーディック侯は中年太りした体を浮かして椅子に座り直した。若い頃は均整のとれた体形だったのだが前線から退いて20年近く、もはや以前の面影は薄くなってしまっていた。


 新国王の即位と共に実行されたバルーカ南に建築された砦の奪還。

 その報告に対する調査は、本来であれば形式的なものでしかなかった。

 新国王エリッツ・ルガーナ陛下の政敵だった実の姉君イリス・ルガーナ殿下の存在が、単なる調査に都落ちした政敵の動向を探るという重大要素を加えたのである。

 その調査の過程で浮かんで来た魔術士ツトム。しかしながら実は……


「大前提として、以前バルーカから伝わったきた新魔法の発案者もこの魔術士であることを忘れてはなるまい」


「た、確かに……」


「そうでしたな」


「それに今の時期にイリス殿下と事を構えるのはマズイ。

 陛下が即位されてまだ日が経ってないこともあるが、問題はエリッツ陛下がまだ16歳というお若さにある」


 ここでルーディック侯は数名の軍幹部に視線を向ける。

 同じ国王派の中にもイリス殿下を討伐すべしという過激論を唱える者が少なからず存在する。


「陛下はただでさえ姉君を王都より追われたのを負い目に感じておられるのに、その上討伐するような事態に陥れば陛下の心身のご成長にいかほどの悪影響を及ぼすことになるか……」


 イリス殿下を討って王権を確たるものにしたとて、エリッツ陛下御自身が歪まれてしまっては意味がないのだ。


「幸いにもイリス殿下はもう王位に執着はしておらぬご様子。

 今後は慎重に観察するに留めるのが妥当であろう」


「閣下、この魔術士の処遇はいかがなさいますか?

 この者がこれからも勲功を重ねれば、それだけイリス殿下を担ぎ出そうとする輩の企みを許す結果となります」


「ふむ……」


 たかが魔術士の1人、葬ったとしても問題ないように思える。

 しかしイリス殿下と魔術士との関係性が不透明な内は手を出さないほうが無難か?


「しばらく!

 それほどの魔術士を安易に排除しては国家の損失になりはしますまいか?」


「左様。排除するよりもこちらへ引き入れる方策を模索すべきだ!」


「ならば魔術士に関しては更なる調査を継続させることとしよう。

 こちらがどう動くにせよ魔術士の情報を集めるにしくはなかろう」


「御意!」


「では、バルーカ及びイリス殿下関連におきましてはここまでとし、次は国軍への志願者が年々減少してる件への対策について……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 三重城壁に囲まれているベルガーナ王国の王都は、中心部の王城、貴族街と役所関連のある第1区画、住宅街と商業関連の第2区画、城壁の外側の壁外区に分かれている。

 第2区画までは自由に飛ぶことが許されていて、第1区画を飛行魔法で飛ぶには特別な許可が必要になる。


 第1区画に入るための通用門近くで降りて、役所関連の建物が並ぶ通りを歩いて王城へと向かう。

 3つある城壁の1番内側、3番目の城壁を通り、貴人要人への面会希望者はそのまま王城へと入っていく。

 俺に必要な魔術研究所への立ち入り許可は軍務部の管轄なので、城の外に幾つか建てられている塔の中の1つが目的地だ。




「またアナタですか……

 子供の遊び場ではないと前回言いましたよね?

 おウチに帰ってママに叱られませんでしたか?」


 少し待って呼ばれたのがよりにもよって前回と同じ軍務ねーちゃんの受付だった。

 他にも受付はあるのに一体どうして……


「どうして凝りもせずにまた来るのかしら。

 ひょっとして……」


 軍務ねーちゃんが俺の目を覗き込んでいる。

 年齢は25か26といったところか。結構綺麗系の顔立ちなのがムカつく。


「私に叱られたくてまた来たの?

 ダメよ! 子供の内から妙な性癖に目覚めたら大人になって苦労するのよ」


 このねーちゃん、とんでもないことを言い出したぞ!?

 反論しようと思ったが逆に無視することにした。


「アナタの気持ちもわからなくはないわ。

 私のような美人なお姉さんに構ってもらえるのが嬉しいのよね?」


 構わずに申請書に必要事項を記入していく。

 出願理由はもちろん前回と同じく、『闇の軍勢を創設して魔物共を蹴散らしたいから』だ。

 俺にも最低限譲れないプライドというものがある。


「でもダメよ!

 私はアナタの思い出の中にだけいる女なの。

 大きくなったら思い出すわ。

 少年だったアナタの心の中にいた青春の幻影を……」


 まるで舞台上で演技をする女優のように声を張り上げる軍務ねーちゃん。

 この軍務部に用があってやって来た人は目を白黒とさせている。

 隣の受付を担当している人は苦笑してるし、奥にいる上司っぽい人はこめかみをピクピクさせている。

 そんな即席舞台に惑わされずに俺は申請書を提出する。


「魔術研究所への立ち入りを申請します。

 こちらがバルーカ領主であるエルスト・グレドール伯爵閣下の紹介状です」


 ポーズを決めたまま固まっている軍務ねーちゃんと見つめ合う。

 俺の断固たる決意を察したか、ため息をついて紹介状を読み始める。


「またこんな凝ったイタズラを仕掛け……て……」


 段々と言葉を失っていく軍務ねーちゃん。

 どうやら偽物に違いないと決めてかかったようだが、それは本物の伯爵の紹介状なんだよ!

 勝利を確信して、『これは土下座コースかぁ』とニヤニヤしていると、


「かっ…………」


「かっ?」


「確保ぉぉぉぉーーーー!!」


 いきなり俺の腕を掴んで組み伏せられた!

 意外に力が強くて外せない!?


「な、なにを……」


「この紹介状はどこから盗んで来たのっ?!」


「盗んでなんかない!

 それはちゃんと正式に……」


「どうしたのかね?」


 ここで奥にいた上司っぽい人がやって来た。


「実はこの少年が…………」


「…………なるほど。とりあえず離してあげなさい」


 軍務ねーちゃんが渋々といった体で俺の拘束を解く。


「君はこの紹介状が自分の物だと証明できるかね?」


 紹介状の中身はチェックしてなかったけど、どうやら俺の名前が書かれてないらしいな。


「バルーカに戻ればその紹介状を手配してくれたロイター子爵に一筆書いてもらうことは可能だ」


 まさか盗んだと疑われるとはなぁ。

 レイシス姫に会う為にアルタナに寄ってからバルーカに戻るとなると、今日中に再び申請しに来るのは難しいだろうな。


「ふむ……、この申請書によると君は冒険者とあるが?」


「5等級冒険者だ」


 ギルドカードを提示する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る