第249話

 しかし無情にもロザリナ渾身の一撃は空を切ってしまった。

 獣化移動で高速回避したジャッドールが隙だらけのロザリナに猛撃を加える。

 左腕を動かせずに右手一本で防御するロザリナは滅多打ちにされた。


「ロザリナ……ダメっ……」


 ルルカが口を抑えながら身を震わせている。


 (もういい! ロザリナ! 棄権するかそのまま倒れろ!)


 しかしロザリナは倒れるどころかなんとか体勢を立て直そうとしていた。

 圧倒的優位な状況から決めきれなかったことでプライドを傷つけられたのか、ジャッドールはさらにムキになって攻めかかった。


「マ、マズイぞ!?」


「くっ!?」


 居ても立っても居られず客席を飛び出した!


「ツ、ツトムさん!?」「ツトム!」


 飛行魔法で舞台上の2人の間に割って入り、魔盾でジャッドールの攻撃を防御する。


「!!」「ツ…………ト、ム……」


「そこまでだ! 彼女は棄権する!!」


「し、勝者ジャッドール!」


「チッ!」


 ジャッドールは俺を睨みながら舞台を後にする。

 俺はロザリナに回復魔法を施した。


「申し訳ありません、ツトム様」


「いや、よく頑張ったぞ」


「こんなところで敗退なんて……

 ツトム様のために何のお役にも立てず……」


「そんなことはないぞ。

 それより観客に手でも振って応えてやれ」


 ロザリナが恐る恐る手を振ると拍手と大歓声が沸き起こる。


 もう伯爵の紹介状を手に入れるためのノルマは既にクリアしてるし、この試合をロザリナが勝ったところで俺に利することは何もない。

 俺のためというよりもロザリナ自身が満足したかどうかが重要なのだ。


 兜を脱いで素顔を晒して手を振るロザリナに歓声が一段と大きくなった。




……


…………



「ロザリナ!」


「ルルカさん!」


「ケガはない?」


「はい。ツトム様に治して頂きましたので」


 美女2人が抱き合う姿は美しい。

 余は満足じゃ、と頷いてると、


「回復魔法で治せるのならとことんまでやらせても良かったんじゃないか?」


「いや…………

 回復魔法も万能ではない。

 死んでしまったら蘇生は無理だし、障害が残るケースとかの検証はできてない」


「障害?」


「後遺症だな。要は元のように元気でいられないってことだ」


「回復魔法も絶対ではないのだな」


 重傷者は範囲回復で複数人を一気に治すことが多かったので、症例みたいなのを地道に積み重ねることができてない。

 本来であれば重傷者こそ1人1人丁寧に治療しないといけないのだけど。


「その鎧もかなり破損してしまったわね」


「よく攻撃を防いでくれました。

 ここまで粘れたのもこの鎧のおかげです」


「今度新しいのを買おう。もちろんディアの分もな」


「はい!」


 ロザリナの元気な返事に、どうやら敗戦のショックからは立ち直ったみたいで安堵した。




 本予選3日目。

 昨晩、この朝とロザリナからの濃厚な奉仕が加わって俺は既に疲労困憊ひろうこんぱいだ。

 最近奉仕に集中できてなかった(参加しなかったこともある)ことへのお詫びのつもりらしいのだが……

 試合の当日は自粛すべきだったかもしれん。後の祭りだけど。


 宿を出て会場へと向かう。

 ロザリナはもう軽鎧を着てないので、内2人は帯剣してるものの3人共私服姿だ。

 既に試合が始まっているということもあり(※俺の試合が11試合目なので遅めに宿を出た)、会場へ向かう道はそれほど混んでいない。

 つまりもの凄く目立つのだ。

 男達の視線が3人に集中している。

 俺へと向けられる視線は、『このガキは3人の何なんだ?』的なことだろう。


 別に3人は露出の高い派手な恰好をしているわけではない。

 極めて一般的な普段着だ。

 しかしエロい!

 体型的に何着たところでエロいのだ!

 せめてその大きな胸を隠すような恰好をしてくれれば……


 そこで3人を目立たない路地に誘導する。


「ツトムさん、如何なさいましたか?」


「えっとだな、想像以上に目立ってるから対策をしたいのだけど……」


「目立つ?」「なんなんだ?」


 ルルカとディアは自覚がないのか?


「ロザリナはわかるだろ?」


「はい。ルルカさんとディアに向けられる男性の視線をどうにかしたいってことですよね?」


「ロザリナに対しても、だからな」


「私などにそのような……」


 つい昨日の会場での人気ぶりや大歓声を忘れたのだろうか?


「男の方は皆ツトムさんと同じように胸が大好きなんですよね?

 若い頃は悩んだ時期もありましたが、今は見られるぐらいでは気にしませんけど」


「部族の男連中もツトムと同じように見てくるからもう慣れたぞ」


 こっちの2人はもう慣れた派かぁ。

 それにしてもわざわざ俺の名前を出す必要があるのだろうか?


「とにかくどこかで胸を隠せるようなマントかコートを買って着るように」


 ルルカに5万ルクと今日の観戦チケットを渡す。


「はっ?! そういうことですか!

 かしこまりました。そのように致します」


 なにがそういうことなんだ??


「俺は先に行くから……」


「ケガなどなさいませんように」

「御武運を」

「がんばれよ!」


「ノルマは既に達成していて負けても問題ないから気楽に観戦してくれ」


 3人と別れて1人会場へと向かった。




 受付を済ませて、予備予選の時に最初に戦った大きな建物の中に案内される。

 試合会場側の廊下に兵士用のテントで作られた個室が並んでいた。


「ツトム様の待機室はこちらでございます」


 向かい側にはテントと同じ数のきちんとした個室があるが……


「あっちの個室は?」


「こちらは第1シードの皆様の待機室となっております」


 やはりか!

 待遇格差はまだ続いているらしい。


「おっ! ツトムじゃないか」


 大剣を肩に担いで運営員に案内されてやってきたのはグリードさんだ。


「よくもまぁ予備予選から勝ち上がってきたものだ」


「準々決勝で対戦した3等級が厄介というか面白かったぐらいで他は楽勝でしたよ。

 グリードさんはこれから試合ですか?」


「おう! 格上相手だがなんとか勝ちたいな」


「観客席ではサリアさんの姉が見てますので、勝てばアピールになるかも?」


「マジか!? こりゃあ気合入れないとな!」


 買い物をすぐ済ませれば間に合うはずだ。

 女性が衣服とか買う際は呆れるほど長い時間をかけるが、仮にロザリナがグリードさんの試合を見てなくても俺に責任はない。


 手を振りながら去って行くグリードさんを見てちょっと気になることが。

 グリードさんは10組なので3試合目か4試合目のはず。


「試合の進行が遅くないか?」


 ここまで案内してくれた運営員に聞いてみる。


「本日は試合前に第1シードの皆様の紹介を行いました。

 試合が開始されたのはついさっきのことですよ」


 運営員からは他にトイレの場所などを聞いた。

 頼めば食事も提供されるとのこと。もっとも第1シードに提供される食事とは格差がある口ぶりだった。

 部屋割にしろ食事にしろここまで差を設けるのは大会運営側に何らかの意図があるに違いない。

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