第289話 治安がいいんじゃなかったっけ?

 隔離敷地の事も考えなきゃいけないけれど、現在進行形で進んでいる話も考えなくてはいけない。


 ハンターチームは、とうとう大陸を分断する危険な樹海を切り開き始めたらしい。


 おかしいな。私、許可したっけ?


『マスターの最初の命令は、大陸の東側に到達する事です。違うのですか?』


 通信でもわかる程、ハンターチームが動揺している。これは私が悪い。


「君達は悪くないよ。忘れていた私の責任だから」

『いえ! マスターにそのような事を言わせてしまうなど、人形の名折れ! 今すぐ活動停止をしてお詫び申し上げます!!』

「待って待って! 本当に君達に責任はないから! 危ない樹海だと知らずに送り出した事に、負い目があるんだよ! 危なくないか、心配でもあるし!」

『まあ! 人形である私達の事を、そこまで心配してくださるなんて! ご安心ください、マスター。必ずや、大陸東への陸路を切り開いてご覧にいれます!』


 そうじゃない。いや、そうなんだけど。自分でも、どっちなんだかわかんなくなってきた。




 ハンターチームに関しては、ルチアとセレーナからの助言通り、彼女達のやりたいようにやらせる事に決まった。


 これ、放任主義とか言わないか?


「大丈夫ですよ。敷地の子達は皆優秀です」

「ええ、マスターからいただいた力を、正しく行使するだけですよ」


 セレーナの言葉に、一抹の不安が。本当に、大丈夫なんだろうか。


 とはいえ、大陸の東と西を繋ぐ陸路が出来るのは、交易という意味で大きい。今は海路しかないそうだから。


 それも、かなり危険な航海になるという。天候や岩礁などもそうだけど、海賊が出るんだとか。


「海賊ねえ」

「そのせいで、東から輸入される品は全て高値がついています」

「マスターが陸路を独占すれば、利益は莫大になるのではありませんか?」


 あれ? 私、金儲けの為に陸路を切り開く事にしたんだっけ? いや、基本的に私の目的は金儲けだが。


 敷地が絡まない金儲けでも、問題ないんだろうか?


 悩んでいたら、スマホがピロリン。


『稼ぐ場所など、問題にする訳なかろうが。大体、それを言ったらそなたは既に敷地外で稼いでおろう』


 あ、そうか。薬屋や音楽屋でも、稼いでいたわ。今更だったな。


 なら、ハンターチームの負担にならない程度に、大陸東との交易路開拓をしてもらおうか。




 ハンターチームの話だけが、現在進行形のものではない。他にも各街に作っているアイドルコンサートの映像が見られる施設の建設や、薬屋の店舗を増やす計画などがある。


 そう、薬屋は、余所の街にも進出する事になるらしい。一応私が責任者なのだけれど、これに関しては伯爵夫人が中心で動いている。


 何故伯爵夫人? と思われるかもしれないけれど、伯爵夫人の夫君、ゼプタクスを含む周辺領地の領主であるグルバム伯爵は、敷地で預かっている王女殿下を擁立する方だ。


 つまり、次期王には王女殿下を女王として戴こうと考えている。グルバム伯爵の仲間は多く、今回薬屋を進出させる街は、そのお仲間の領地なのだ。


 ぶっちゃけて言うと、領民の健康を維持出来る店舗があるから、仲間になるなら進出させるよ? って訳。


 どの領地も、今まで薬師の街と呼ばれていたアンデーダから薬を買っていたのだけれど、ご存知あの街への神様の加護がなくなったので、ろくな薬が作れなくなっている。当然、そこから薬を買っていた街も、入手困難状態だ。


 そんな中、グルバム領のゼプタクスには、よく効く薬があると噂が流れれば? 薬を買えず、病気や怪我で大変な思いをしている人達は、喉から手が出る程欲しいだろう。


 領主としても、領民の声から耳を背けるのも限度がある。


 なので、グルバム伯爵に縋って、助力するから薬屋を我が領地にも、となる訳だ。


 ただし、この手が使えるのは伯爵の明確な敵以外の人達。明確な敵……王女殿下以外の王族を擁立しようとしている人達は、さすがに縋れない。


 縋ったが最後、自分達の負けが確定するから。


 そんな明確な敵の領地ではどうしているかと言えば、アンデーダ産と偽って、どこの誰が作ったかも怪しい薬を売っているんだとか。


 その薬により、死人も相当数出ていると、伯爵夫人から聞いた。そりゃ怪しい薬じゃあ、薬効なんてあったもんじゃないだろうし。


 大体、神様が本当にいるこの世界で、まともな薬を作ろうと思ったら、薬師スキルか医薬神であるフォリアペエル様のご加護が必要だ。


 うちには、その両方を持つ人形がいる。彼女達が作り出す薬は、以前のアンデーダ産のものよりも質がいい。


 表立ってそう宣伝している訳ではないけれど、使った人達の口コミで、評判は広がっていってるそうだ。ありがたや。


 うちの薬を政争に使うのかという思いも少しはあるけれど、普段面倒な貴族連中の牽制をしてくれていると思うと、伯爵夫妻には頭が上がらない。


 うちの敷地が貴族相手でも商売出来ている事こそ、伯爵夫人やグルバム伯爵の手腕なのだから。


 とはいえ、この辺りはWin-Winのようだけど。


 うちは貴族相手に単価の高い商売が出来てウハウハ。伯爵夫妻は敷地関連のあれこれで味方を増やせてウハウハ。


 音楽屋に続き、薬屋も余所の街に出店するので、担当の子の選別や、クロネコ運送のルート設定、薬そのものの生産計画などを一新する必要があった。


 もう薬屋も音楽屋同様固定の担当を作ろうか。番犬にワンコを置いておけば、防犯もバッチリだし。




 ワンコ車の方も、そろそろ試験運用が始まる。ちなみに、秋田犬のシリーズ名は「るん」。由来は、尻尾がくるんとしているから。


「アカリちゃんのネーミングセンスって……」


 エリーさんが呆れた目で見てくるけれど、ワンコの名前なんだからわかりやすさが一番だろうに。


 それに、ワンコ達は私のものなので、命名権も私にあるのだ。


「という訳で、るんシリーズは初期三十頭とします」

「了解。これで、ゼプタクスとの間のローテーションを組めばいいんだな?」

「お願いします」


 カナタさんは話が早くて助かる。


 ワンコ車の予約管理も、事務所の仕事だ。予約窓口は、ゼプタクスの音楽屋。あそこ、色々な予約だのなんだのの窓口にしているから、忙しくなりすぎてないだろうか。


 マリエッラ達からは、特に苦情は来ていない。捌けているのならいいのだけれど。人員、補充した方がいいのだろうか。


 ちょっと悩んだので、その日の夕食時にルチアとセレーナに相談してみる。自分が作った訳ではないけれど、人形に相談するのも、何だか変な感じだ。


 でも、神様製の彼女達は、下手したらそこらの人間よりも知識が豊富だから、相談相手にはもってこいである。


「という訳なんだけど、マリエッラ達を増員した方がいいのかなあ?」

「その場合は、マリエッラを二人にする訳にいきませんから、新シリーズを作っていただく事になりますね」


 それもそうか。一つの店で、名前を呼んだら同じ顔の店員が二人同時に振り向いたら、客が混乱する。


「今は繁忙期のみ、敷地から応援が行きますが、薬屋も店舗を増やすとなると、そちら専用の子を用意するのもいいかもしれません」


 薬屋に関しては、現在ゼプタクスではビアンカとルフィーナの二人体制だ。なら、余所の街の薬屋も、彼女達をベースにビアンカシリーズとルフィーナシリーズにするか。


 それと、薬屋と音楽屋は別店舗なので、音楽屋の人手を増やす事も考えておかないと。


 転生組で、街中の仕事がしたい人、いないだろうか。




 既に敷地に残る事を決めたフタバさん、マリカさんに事務所で軽く話を振ってみたら、即答で拒否された。


「やでーす」

「私も。ここの方が暮らしやすいし、安全だし」


 やはり、安全はネックか。


 店舗の護衛はワンコが担うけれど、街中で暮らすとなるとずっとワンコと一緒という訳にもいくまい。


 ちょっと街中を歩いただけで、誘拐される危険があると聞いたら、さすがに勧められない。


「ただの噂ならいいんだけど、実際ちょっと夕暮れに買い忘れたものを店まで買いに出た若い子が、行方不明になってるんよ」

「親とか近所の人が総出で探したんだけど、結局見つからずじまいでさあ」

「え、じゃあ、その子、まだ行方不明なの?」


 エリーさんの疑問に、フタバさんとマリカさんは無言で頷く。ゼプタクスって、治安がいいんじゃなかったっけ?

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