第11話 修行③

「親玉と言ったところかって言うか、コイツは正真正銘アイツらの親玉だよ……」


 上位種『キングスパイキーウルフ』を目の前にして思わずそんなツッコミをしてしまう。


 これはだいぶマズイことになってきた。

 どうしてこんな高レベルモンスターが10階層なんかにいるんだよ……。


 尋常ではないプレッシャーに体が自然と硬直してしまう。嫌な汗が全身から吹き出し、自身の運の無さを嘆く。


「ウガァァァアアッ!!」


 "来るぞ! 横に大きく飛べッ!!"


「ッ!!」


 咄嗟にスカーの声に反応して無意識に横に大きく飛ぶ。

 飛んだ直ぐ真横では何かが振り下ろされたような空を切る音と、地面が抉られる衝撃音がする。


 不器用に着地して、音のした方に自然と目をやるとそこには『キングスパイキーウルフ』の前足が俺がさっきまで立っていた地面を攻撃していた。


 なんて事ない踏みつけ攻撃。

 然れど、その攻撃は俺の命を葬り去るには十分すぎる威力だった。


 "ボケっとするな、もう戦闘は始まっているぞ! さっき言ったことを忘れたか!!"


 俺を叱責するスカーの言葉が脳内に響く。


 そこでやっと意識が切り替わる。

 このまま気を抜いていてはただ殺されるだけだ。俺と目の前の大狼は殺し合わなければいけない。


 それでも疑問は消えない。どうしてこのモンスターがこんな上層の階にいるのだろうか。


 コイツの仲間である『スパイキーウルフ』が死に際に遠吠えで呼んだのは分かる。


『スパイキーウルフ』は群れを作るモンスターだ。

 その上位種にあたる『キングスパイキーウルフ』はその群れを統括するまさに親玉。しかし、どの群れにも『キングスパイキーウルフ』が群れの長としている訳ではなく、ある一定の階層を過ぎなければこのモンスターが現れることは無い。


 その階層というのがこの10階層よりもさらに下の20階層から。

 それまでの階層に存在する『スパイキーウルフ』の群れというのは親玉の『キングスパイキーウルフ』がいない不完全な状態なのだ。


 しかし、俺が討伐した群れには親玉の『キングスパイキーウルフ』がいた。

 ……どういうことだ?こんな上の階層でモンスターの進化が起きたのか?

 その確率は極めて低いが……ないとは言い切れない。


 運悪く『スパイキーウルフ』が進化した群れに遭遇してしまったのか?

 そうだとしても──。


 "考え事はあとにしろ、次が来るぞ!"


 無意識に考え込んでいると再び『キングスパイキーウルフ』が前足で攻撃してくる。


「クッソッ! 大人しくお座りしてやがれ!」


 それを悪態をつきながら何とか躱す。


「ウオォォォォォォンッ!!!」


 再び地面が抉れる音と煩くて仕方がない遠吠え。


「あーもー! 考えても分からんっ! とりあえず何とかしないと今度こそ死んじまう!」


 その遠吠えで完全に頭の中がこんがらがってまともな思考が不可能となる。


 スカーの言う通り考えるのは後だ。

 今はこの状況を何とかしなければ。


 改めて気持ちを切り替えて目の前の大狼を見据える。


 見た目は完全に『スパイキーウルフ』の上位互換。とにかくデカい。金ピカの立派な角に、攻撃の威力は見ての通りで、素早さもまだまだ速くなりそうだ。

 ……正直に申し上げると倒せるビジョンが見えない。


 てか普通に考えて無理だろこれ。今の俺が使える魔法はここら辺のモンスターにならば通用するだろうがあの馬鹿でか狼をさっき見たく影で拘束とか貫ける気がしない。それこそ魔導具がなければ……。


 思考を巡らせて色々と作戦を練ってみるが良い案は思い浮かばない。


 倒すのは難しい、良くて逃げ切れるかどうかだろう。


「はい先生……ボクでもこのおっきなオオカミさんは倒せますか?」


 一人で考えても埒が明かないのでこんな時だけは頼りになるクソジジイに聞いてみる。


 "なんだそのキモイ喋り方は……まあこれまで修行をしてきたお前では普通に無理だな。良くて逃げ切れるぐらいだろう"


「えーと、つまりそれはこの場は撤退って事でオーケー?」


 珍しく控えめなスカーの言葉に俺は加えて聞く。


 流石の自称賢者様でもいつもの殺す気満々ムーブはこの状況では無理か。


 そう思った次の瞬間。


 "馬鹿言え、逃げるわけないだろうが。馬鹿か?"


 俺の質問にスカーは大きなため息をしながら呆れる。


「は? いやだって今の俺じゃあ無理なんだろ? なら逃げないのかよ? 俺に死ねとでも?」


 "死にたいなら死ね。言っただろう? ここからが今日の修行のメインだと。今のお前にはちょうどいい相手だ"


「結局どっちなんだよ……」


 何故か楽しそうなスカーに首を傾げる。


 このクソジジイ言ってることが滅茶苦茶だ。「倒せるか?」と聞いたら「無理」と答えて、「じゃあ逃げる?」と聞いたら「逃げるわけないだろう馬鹿」と言われる。勝てないなら逃げると思うだろうが。


 トドメに「ちょうどいい相手だ」とか言い始めた。もう本当にどっちなんだよ……。結局俺は目の前のワンちゃんに勝てるのか?


 "それじゃあ改めて今日の授業だ。今度は途中で遮るなよ"


 俺が内心で不満を吐露していると、スカーの魔法講義と『キングスパイキーウルフ』の攻撃が同時に始まる。


「は? この状況でかよっ!?」


 三度目となる『キングスパイキーウルフ』の踏みつけ攻撃を躱しながら文句を言う。


 しかしそんな叫びは老人に聞き入れて貰えず授業は続く。


「今日まで基礎的な魔力操作と影の使い方をお前に教え込んできた。さっきの『スパイキーウルフ』との戦闘はまあ及第点と言ったところだが合格だ。次のステップに進むぞ」


「おい! 人の話聞きやがれ!!」


 地面を這い回る虫を踏み潰すかのように何度も地面を抉る狼の前足が頭上から振り落ちてくる。


「今までお前が使っていた影魔法は『魔法』と呼ぶには烏滸がましい程の代物だ。構築は遅いは詠唱もたどたどしい。これなら何も考えず魔力を通すだけで直ぐに魔法が使える魔導具玩具を使っていた方がまだマシと言えるだろう」


 瞬く間に襲いかかってくる攻撃を何とか躱してクソジジイの話に耳を傾ける。


「だがな、今日教えることは『本当の魔法』だ。今まで使っていたお遊びみたいな魔法や魔導具玩具頼りのモノとは比にならないくらいの魔力を使い、心像の難易度も跳ね上がる。喜べファイク、ここからお前は魔法使いとして一つ上の段階へと至る。探索者として生まれ変わるだろう。それこそ今までお前をバカにし、魔導具玩具に頼っている奴らをゆうに凌ぐ強さを手に入れる。その覚悟はあるか?」


「説明長ぇよ! もう攻撃躱し続けるのも限界だ! さっさと使い方教えろこのクソジジイ!!」


 何やら長々と楽しそうに話しているがそれに答えるられるほど今の俺に余裕はない。


 次第に大狼の攻撃は速さを増していき攻撃を躱していくのが難しくなる。

 実際、掠る程度ではあるが攻撃を受けてしまっている。


「……はあ、これからお前みたいなクソガキに教えるには勿体なさすぎることを教えてやるというのに……少しは感謝したらどうだ?」


 俺の返事が気に入らなかったのかスカーは不貞腐れたように聞いてくる。


 ああもう!本当に一々面倒な爺さんだな!


「はいはい感謝してますよ! 本当にこんなクズみたいな私に素晴らしい魔法の知識を授けてくださってありがとうございますぅ! だから早く教えろ! マジでもう限界!!」


「何いきなり手のひら返しで褒めてきてんだ? キモッ。……まあいい、取り敢えずさっき見たく影でデカ狼の動きを止めろ話はそこからだ」


 クッソこのジジイ、こっちが下手にでりゃ無駄に煽ってきやがって……いつか絶対に泣かす……。


 全くもって納得のいかないスカーの態度に戦闘のことも忘れて怒りがふつふつと湧き上がる。

 だが長々と文句を言っている暇もない。今はとりあえずこちらを小馬鹿にしたように踏み潰そうとしてくる大狼の動きを止めなければ。


 心像イメージするのは先程の『スパイキーウルフ』達を拘束した何をも逃すことの無い無数の影の手。しかしこれだけでは足りない。『スパイキーウルフ』よりも何倍も大きな体躯と力を持つ目の前の大狼にはこんなちっぽけな心像イメージでは歯が立たない。


 一瞬だ、一瞬だけ足を拘束するだけでいい。そうすれば後は勝手に大狼の体勢を崩すことができる。


「集え──」


 体の奥底が熱く燃えたぎり、意識を深く沈め夢想する。


 それらは全てを掴み取る巨人の一手。


「──顕現するは奈落へ引きずり込む巨人の魔手ッ!!」


 魔を帯びた言葉を引き金に影は激しく蠢く。

 そのまま影は一瞬にして大狼の後脚の元へと伸びると形として成す。


「ギャウッ!?」


 一本の巨人の魔手と成った影は悠々と『キングスパイキーウルフ』の後脚を掴み体勢を崩す。

『キングスパイキーウルフ』は情けない声を上げると大きな地鳴りを起こしながら地面に平伏す。


「よしっ、上手くいった……ッ!?」


 心像イメージ通りに大狼が体勢を崩してくれたがその喜びも一瞬だった。

 全身に今まで感じたことのない激痛と脱力感が襲いかかってくる。


 な、なんだこれ?


 突然の事に上手く言葉が発せれず、崩れ落ちるように片膝が地面を着く。

 それと同時に大狼の後脚を拘束していた魔手が爆散して地面の影に戻ってしまう。


「ふむ……何とか魔法は行使できたが、未熟なお前には行き過ぎた心像イメージだったな」


「ど、どういうことだ……?」


「お前にはまだ身に余るほどの魔力行使だったということだ。日々の精進が足りてないということだ」


 スカーの返事を聞いたところで理解ができない。というより全身が軋むような痛さでそれどころでは無い。


「今日はお前に調整を任せすぎた所為か魔力の消費が激しいな……まあいい、いざとなったら俺が運ぶか……」


 スカーは何やらブツブツ言っているがそれに反応できないほど本当に余裕が無い。

 マジでやばい。


「とにかく動きは止められたな、クソガキにしてはよくやった方だ。それじゃあお前に俺の魔法『影遊カゲアソビ』を教える」


「……カゲアソビ?」


 何とか激痛に耐えながら答える。


 それはいつぞやの『ゴーレム』達を殲滅した時に聞いた魔法の名前だ。

 あれを俺が使えるのか?


 あの時の圧倒的な力を思い出しそんな疑問が浮かぶ。


「『影遊カゲアソビ』とは俺がよく使用した十の影魔法の総称。この十の魔法で攻防の全て補うことができ、戦闘に置いて絶対的な強さを誇った魔法だ。『遊ぶような圧倒的な力で勝つ』そんな俺の心像イメージが生み出した魔法だ」


 聞くだけではあまりピンとこない。

『遊ぶような圧倒的な力で勝つ』

 なんと傲慢な心像イメージなのだろうか。

 しかし、簡単に馬鹿にすることもできない。あの時見た魔法は……スカーの戦い方は正しく遊んでいるようだった。


 今から自分があの魔法を使うのだと考えると身震いする。

 それが恐怖なのか好奇心なのかは分からない。


「……どうすればいい?」


 俺は自然とスカーに問うていた。


「ふむ……それでいい。常に強さを追い求めろ……そして覚悟して挑め、先程の魔力行使の比ではない魔力を使うことになる。一瞬でも気を抜けば魔力が暴走してお前は死ぬぞ。自分の影だけではなくここに存在する全ての影を支配する心像イメージだ」


「ああ……」


 依然として痛む体を無理やりに動かし立ち上がる。


心像イメージしろ……それはその場にある全ての影を掌握し、己の刃として研磨すること』


 いつもとは少し違った感覚でスカーの声が聞こえてくる。


『決して折れぬことないその刃は唯一信じられる己の武器』


 深く引きずり込まれていく。

 それはスカーの思い描いた心像イメージを覗いているような感覚。


心像イメージし、想起しろ。それは黒よりも深い黒』


 不思議とその心像イメージは何の違和感もなく自分のモノとして脳内に流れ込んでくる。


 思い描くは漆黒の刃。

 何者にも砕くことはできない一振の剣。


『無限に潜む影は必殺の剣』


 俺の影と空間に無数に存在する誰のものでもない影が一つになる。意識は自然と開けていき、この階層にある全ての影が俺の支配下となる。

 何処に何が居るのか、実際に目にしていないというのに至る所の10階層の景色が脳内に写り込む。


「クッ……! 頭が……割れ……ッ!!」


 一気に流れ込んでくる情報量の多さに脳は悲鳴を上げる。

 鋸で頭蓋をぶった斬られるような激痛が襲う。先程の軋むような痛さとは全く別の鮮烈な痛みに無条件で意識は飛びそうになる。


『耐えろ。できなければ死ぬぞ』


 老人の声が聞こえる。


 五月蝿い……んなこと言われなくても何となく分かるわ。


 憎たらしい声を頼りに何とか意識を繋ぎ止め、心像イメージを揺るがないものにする。


「──無限に潜む影は必殺の剣──」


「ウォォォォォオオオオンッッ!!」


 詠唱を始めたところで体勢を崩されていた大狼がやっとこさ立ち上がり、怒りの雄叫び上げる。

 耳を劈くような雄叫びの後に、大狼は頭部に生えた金色の角に大量の魔力を帯び地面を蹴る。


「──出鱈目な足取りで影は舞う──」


 怒り狂った大狼はその自慢の角で俺を貫くつもりなのだろう。

 駆ける健脚はどんどんとその速さを増していく。


 しかしそんな事を気にしているほどの余裕は無かった。

 意識が朦朧としていく中で我武者羅に魔法を紡いでいくことで必死だ。


「──その姿はまるで遊び笑うよう──」


 だから全く気が付かなかった。

 次に意識を前に向けた時には目の前に大狼の姿がすぐそこにあるとは。


 紙一重だった。

 あと数瞬速ければ確実に殺せていた。


影遊カゲアソビ──潜影剣」


 詠唱が終わると辺り一帯を覆い尽くすように大きくなっていた足元の影が波紋し、そこから一本の黒い剣が生み出される。


 剣は当然かのように俺の右手に収まり、その姿を主張する。


 刹那の間、目と鼻先までの距離まで近づいていた大狼と視線が交じる。

 自然と申し訳ない気持ちが胸の内から湧き上がり──


「残念だったな……」


 ──そんな哀れみの言葉と共に目の前の大狼に一歩踏み込み黒い剣を上段から縦に振り下ろす。


「──ッッッ!!」


 声にならない悲鳴のような大狼の声が俺の鼓膜だけに響く。


 真っ二つに斬られた大狼はそのまま満足に声を出すことも出来ぬまま地面に平伏し完全に死ぬ。


「……」


 それを見届けた後、直ぐに俺も意識が消え失せていく。


 全身がさっきよりも痛い……。

 もう満足に指先ひとつ動かすこともできそうにない。


 "まあ良くやった。後は俺に任せろ"


 意識が消えていく中、嗄れた老人の声だけがハッキリと聞こえた。

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