第3話 絶望の淵に気づく

 岩の人型モンスター、ここでは『ゴーレム』と呼ぶがそのゴーレムはかなりの強さを誇っているようだ。


「クッ……コイツら硬いですね……」


「攻撃もなかなかの威力だのう……こんなのまともに防御しておれば身が持たんわい……」


「魔法の効きも良くないです」


 そう、SランクやAランクの強さを誇る彼らでもこのゴーレムの相手が厳しいのだ。

 20体と数の勢いもあるだろうが、それを加味してもこのモンスターの強さは尋常ではない。


 少しづつ迎撃しているロウド達だが状況はあまり宜しくない。


「マネギル、岩の方はまだですか!?」


 何とか前線を維持するロウドが後ろで岩を対処しているマネギルに声をかける。


「クソっ! この岩硬ぇ……それにどういう理屈かわかんねえが斬った箇所が再生しやがる……」


 マネギルはその声に反応する余裕がなく、まるで生き物かのような動きをする岩に困惑している。


 先程から何度も自慢の大剣を岩に向かって斬りつけているが一向に道が開かれる気配はない。


「……おいファイク! 影からあの魔導武器マジックウェポンを出せ!!」


「えっ……え……?」


 ロウド達とマネギルのちょうど間で尻もちを着いて呆然としていた俺はマネギルの言葉に反応できない。


「呆けてんじゃねえ! てめぇが何も出来ない『荷物運びバックパッカー』ってのは分かってる! 別に戦力になれって言ってんじゃねえ! その影の中にしまってある俺のとっておきの魔導武器マジックウェポンを出せって言ってるだけだ! それぐらいできるだろうが!!」


 何をするでもなくしどろもどろしている俺をマネギルは叱責する。


 駄目だ。上手く呼吸が出来ない。手が震えて動かない。怖い。このまま俺は死ぬんだ。


「何してる! 早くしやがれ!!」


「っ!!」


 依然として動き出そうしない俺を見兼ねたマネギルは一旦岩を斬るのを止めて俺の胸ぐらを掴んで中に浮かす。


「このままだと全員死ぬ! お前も死にたくねえだろ! なら手伝え! 足でまといは足でまといらしくやる事やってから震えてろ!!」


「は、はいっ!!」


 その言葉と急に持ち上げられた衝撃で自然と体に力が戻る。


 そうして地面に立たされた俺は急いで影の中からマネギルの言っている武器を探す。


 イメージすればその武器は直ぐに影から浮き出てくる。


「あ、あの……こ、これ……」


 その禍々しくも美しい真紅の鎧と同じ色の大剣を取り出し、マネギルに手渡す。


「遅せぇんだよこのグズがッ! さっさと渡しやがれ!!」


 マネギルは表情を激昴させながら俺からその大剣を奪い取る。


 魔導武器マジックウェポン

 それは武器の形をした戦うことに特化した魔導具。適正の属性魔力を流すことで詠唱や複雑な魔力展開をする必要なく強力な魔法を使うことが出来る。


 今取りだした魔導武器マジックウェポンは『焔剣イフガルド』適正属性は炎。

 魔導階級は流星級。流星級の魔導武器マジックウェポンは世界に10本しか存在しないと言われその一本がこの『焔剣イフガルド』。


「マネギル! それを使うんですね!?」


 ロウドはマネギルが『焔剣イフガルド』を手にしたことに気づき、目を見開く。


「ああ!一気に道を切り開く! 合図したらすぐに走れ! 長くは持たねぇ!!」


「わかりました!!」


『焔剣イフガルド』とマネギルの自信に満ちた声でロウド達の士気は高まる。


 彼がこの剣を抜くのは実に一年ぶりの事だった。

 どうして一年間も使うことがなかったのか?それはこの剣が強力すぎるが故に周りにも己自身にも強大な反動が生じたからだ。


 しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。死ぬか生きるかの瀬戸際なのだ、なりふり等構っていられない。


 そう思ったからマネギルはこの剣を俺に出せたのだろう。


「ふぅ……いくぞ焔剣イフガルドバケモノ


 深紅の戦士は悠然と大剣を構える。

 可視化できるほどの莫大な魔力を体に纏う。魔力の色は彼の姿にとても似合う『赤』。


 その赤き魔力を大剣が際限なく吸い取っていく。まるで供物を狩りとる悪魔のように。


「うっ……グッ……」


 まだ武器に魔力を流し込む段階だと言うのにマネギルの表情は苦痛の色に染まり、身体中から吹き出すような脂汗が出ている。


 だがまだ足りないとばかりに大剣は深紅の戦士から魔力を奪い取っていく。


「久しぶりの魔力で興奮してんのか? クソっ……たまにはコイツで素振りぐらいしとくんだったな……」


 大剣は次第にその刀身を赤く燃え上がらせ、着々と魔法の準備が整っていく。


「もう十分に喰ったろうが……! そろそろ喰った分しっかりと働きやがれッ!!」


 その雄々しき己が大剣の姿を見て戦士は行けると確信する。


「解き放て! 焔火鳳来ッ!!!」


 その言葉を引き金に大剣を振り下ろし溜め込んだ魔力を解放する。


 瞬間、辺りを爆炎が覆い、炎の神鳥が顕現する。

 その美しすぎる斬撃は今まで切り開けなかった岩を難なく真っ二つに切断する。

 その衝撃とともに大量の火花が部屋中を包み込む。


 その幻想的な光景に思わず我を忘れて見惚れる。


「今だ! みんな走れ!!」


 だから俺はその声に反応するのに少しだけ遅れた。


「「「わかった!!」」」


 ロウド達がマネギルの合図で一斉に反応し、ゴーレムとの戦闘を止めて出口へと走り出す。


 マネギルはいち早く出口へと走り、仲間の脱出を待つ。


「クソっ! あれだけの一撃を放ったのにもう再生してやがる……みんな早くしろ! あと数十秒で岩がまた閉じる!!」


「えっ……え……まっ、まって!!」


 その声に俺は遅れて立ち上がり走る。


 俺を追い越して出口へと走っていったロウド達は次々と出口を走り抜けていく。


「ま、まって、ちょっと待ってよー!」


 何とか遅れていたロールまで追いつき同時に出口へとたどり着く。


 勿論先にロールから出口に行ってもらおうと彼女に道を譲る。


 そう思い足を動かした瞬間だった。


「ちょっと邪魔よ! 早く退けて! 出られなくなるじゃない!!」


 ロールは我先にと俺の体をその華奢な両手で横に突き飛ばす。


「───え?」


 突然視界が横に倒れていく感覚にそんな声しか出せない。


 え?ちょっと待って?


 慌てて立ち上がり出口の方を見る。

 するとこそには先程まであったはずの大きな切り傷が完全に塞がろうとしていた。


「まっ、待って!!」


 手を伸ばすがもう間に合わない。


 僅かに残った岩の隙間からはロールや他のマネギル達の「助かった」と喜びの声が聞こえてくる。


「待ってくれ! まだ助かってない! 俺がまだここにいる!」


 もう二度と開くことない岩を一生懸命叩いて助けを求めるが答えは返って来ない。


「マネギル! もう一回! もう一度さっきの魔法を使ってくれ! 俺を助けてくれ!!」


 何度も何度も岩を叩く。

 しかしそこにはもう誰もいないのかマネギル達の声は聞こえない。


「……おいふざけんな!! 助けろよ!! 俺が今までお前らにどれだけこき使われたと思ってんだ!! 自分たちが助かればそれでお終いってか!?」


 何度も叫ぶがその声はもう届かない。


「……待って……待ってくれ……まだ、俺がいるんだ……助けてくれ……」


 足に上手く力が入らず、崩れ落ちるように地面に座り込む。


 部屋に残ったのは何も出来ない俺とゴーレム、数は少し減って17体ほど。


 駄目だ勝ちようがない……。


 全身の血の気が引いていくのが分かる。

 寒くないのに体が震えて仕方がない。


「誰か……助けて……」


 俺には助けを乞うことしかできない。俺は何もできない、他人の力に頼るしかない、誰かに寄生していないと生きていけない哀れな『荷物運び』だから。


「助けて……ロウド──」


 仲間の名前を呼び助けを乞う。


 無意味に足は迫り来るゴーレムたちから逃げようと一生懸命動かして後ずさる。

 しかし、もう既に行き止まりの位置へとたどり着いており、足が無意味に地面の土を抉るのみ。


「──助けて……ハロルド……ロール──」


 順番に仲間の名前を呼んで縋る。


「──助けて──」


 何度も何度も彼らの顔を思い出して、縋る。そうしないと気がどうにか成りそうだった。


「──助けてマネギル──」


 その名前が口を出た瞬間に気づく。


 ……違う。


 俺と奴らは別に仲間なんかじゃなかった。ただお互いがお互いを利用していた。

 所謂『ビジネスパートナー』みたいなものだ。割り切った関係だと。コイツらと極力一緒に居たくはないと、自分でそう言っていたじゃないか。


「は……ハハ……」


 不思議と笑みがこぼれる。

 それは楽しいから、嬉しいからじゃない。

 自分自身を哀れんで、蔑んでいるからでた笑みだ。


 なんて都合がいいのだろうか?

 自分が死にそうになったら仲間なのだろうか?

 助けて欲しいから仲間なのだろうか?


 なんて都合がいいのだろうか?


 "本当にそうだな"


 さっき聞こえた老人の声が再び聞こえてくる。


 また幻聴だろうか?


 "本当に弱いくせに、考え方や口だけは一丁前だ"


 その声はどんどんはっきりと大きくなって聞こえてくる。


 "お前は努力をしたか? 血反吐を吐くまで何かに没頭したことはあるか? ないだろう? よく知っている、俺は見てきたからな"


 しゃがれた声が妙に鼻につく。


 "自分にはそれしかないと決めつけて、勝手に見切りをつけて、無限の可能性を切り捨て、他人に依存することでしか生きていけない。お前はそういうどうしようもなく屑みたいな人間だってのをよく知っているさ"


 随分と知ったような口を聞く。

 俺を見ていたって、どこで見ていたんだよ?


 目の前に無骨な岩が並ぶ。


「あ──」


 目を上げるとそこには大量のゴーレムが岩でできた両腕を振りかぶっていた。


「死んだ……」


 確信する。

 これは逃げようのない。完璧なまでの殺人の形。


 流れるように振りかぶったゴーレムたちの腕が振り落ちてくる。

 自然と目を逸らし強く瞑る。


 全てなかったことにしてくれと願うように。


「はあ……ここまできてまだ誰かに頼み事……それも神様と来たもんだ。とことんどうしようもない奴だな、お前という人間は……」


 次の瞬間に訪れるのは無慈悲に振り落ちてくる岩の打撃感だと思っていた。

 しかしそれはいつまで経っても訪れる気配がない。


「……え……」


 今度ははっきりと肉声として聞こえたその声に俺は再び間抜けな声を出して閉じていた目を開ける。


 するとそこには真っ暗な薄い壁があった。


 ……どういう事だ?


 理解の追いつかない脳は考えることを放棄しようとする。


 だがそれを老人の声がさせてくれない。


「どこで見ていたんだって言ってたなクソガキ。その答えを教えてやろう。お前が生まれた時から俺はずっとお前を見てきた、ファイク・スフォルツォ。なんとも忌々しいことか……俺はお前の影からお前の事をずっと見て、この時を待っていた!」


 黒い壁から聞こえてくるその声は老人のものだ。


「何を……言って……?」


 全くわけが分からない。

 いや、分かったところでこの状況がどうとなる訳でもない。

 それならば分からなくてもいいのか。


「ふむ。まあ、お前のような低能な知力で理解できるとは最初から思っとらん。まずはこの状況を何とかしてそれからゆっくりと説明してやる」


 影は何かを納得すると俺を馬鹿にする。


「この状況を何とかって……どうやって……?」


 影はこの絶望的な状況を打開する気満々のようだが俺には到底そんなことができる未来が見えない。


「ふんっ。見ておれ、この世界最強の魔法使いスカー・ヴェンデマンがお前に本当の魔法というものを見せてやろう」


 そうして影は不気味に蠢き出した。

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