第1話 荷物運びのファイク
薄暗い洞窟内に爆炎が迸る。
「これで終いだ! 炎武天剣ッ!!」
深紅の鎧を着た金髪の大柄な男が雄叫びを上げて爆炎を纏った大剣を対峙するモンスターに上段から振り下ろす。
素早く振り下ろされた大剣は何にも邪魔されることはなく、そのまま牛頭人のモンスター『グレータータウロス』の脳天をカチ割る。
「ヴォォォォォオオオッ!!」
グレータータウロスの絶叫と共に辺りに血飛沫が舞う。
そのまま牛頭人は力なくその場に倒れ、戦闘の終わりを告げる。
「やりましたねマネギル! ターニングポイントのボスを倒せましたよ!!」
一人の皮の軽装備と腰に短剣を携えた小柄な男が大剣に着いた血を払う男に近づく。
「おうよ! やってやったぜロウド!」
勝利を喜び駆け寄ってくる仲間に大柄な男──マネギルは笑顔で答える。
「フォフォフォ、これでやっと次の階層に行けるのう」
「やったわねマネギル!!」
小柄な男に続くようにして大盾と銀色の鎧を身に纏ったドワーフの男と白いローブに身を包み宝石のはめ込まれた杖を持った女性がマネギルに駆け寄る。
「ハロルド! ロール!」
マネギルは駆け寄ってくる二人の方を見るとさらにその顔を微笑ませる。
薄暗い洞窟に勝利を喜ぶ声が響く。
それは勝者にのみ許される行為。
俺には彼らと共に喜ぶ資格は無い。
一人、笑い合う彼らを後目に先程の一撃で絶命したグレータータウロスの方へと歩み寄る。
気まずさを紛らわすために自分の黒髪をぼさほざと掻きながら、背負っていた大きめなリュクサックを地面に置いてそこから採集用のナイフやピッケル、スコップを取り出し、グレータータウロスの死体を漁る。
角や皮、身につけていた装備や武器、体の隅々まで牛の死体を切ったり剥がしたりする。
少しでも金になる部位や物は余すことなく。
取り出した素材やドロップ品をどんどん自分の影の中に入れていく。
「おいファイク! さっさと死体漁りとドロップ品回収しやがれ! 置いてっちまうぞ!!」
後ろからわざとらしく急かすようにマネギルが言ってくる。
うるせーな。
早く帰りてえならお前も手伝いやがれ。
「……はい! 分かりました!」
思ったことは口にせず俺はそこで今日初めて声を出してマネギルの言葉に答える。
「そんなことしたら私たちの荷物はどうなるのよマネギル。ファイクはFランクなんだからこんな深い階層に置いていったらすぐにモンスターの餌よ!」
「そうだぞ、荷物持ちしかできないアイツを置いていったらワシらの荷物は全部パァだ」
「分かってる分かってる! ほんの冗談だっつの! ロールもハロルドもそんな怒んなって」
取りこぼしがないか確認をしていると馬鹿にした笑い声と共にそんな彼らの会話が聞こえてくる。
「それにしても珍しい魔法持ちなのにできることが荷物持ちだけなんて! 可哀想なやつですよね~、最弱の魔法とはよく言ったものです」
小柄な男──ロウドが腕を組みながら会話を続ける。
「影魔法な。珍しすぎてその属性に適した
ロウドの言葉にマネギルが相槌を打つ。
「唯一
「その荷物持ちに特化した魔法のお籠でSランククランの俺たち『獰猛なる牙』のメンバーになれるんだからいいじゃねえか。俺たちのクランに入りたい
「それもそうだな!」
再び五月蝿い笑い声が洞窟内に響く。
「……よし、大丈夫かな。すみません! お待たせしま!!」
取りこぼしがないことを確認して依然として俺を馬鹿にしているマネギルたちの方へと向かう。
「おせーぞファイク! 死体漁りぐらい五分で終わらせろっていつも言ってるよな!? 今度時間を守れなかったら次は本当に置いていくからな!」
先程の楽しげな笑顔は何処へ行ったのか、マネギルは駆け足で近づいてくる俺を見るなり叱責を飛ばしてくる。
「……す、すいません! 次からは気をつけます!」
一瞬、その無理難題な注文に眉をひそめそうになるがすぐに笑顔で塗りつぶす。
「ふんッ! わかったならいい。さっさと帰るぞ!」
そのマネギルの言葉で俺たちは薄暗い洞窟を後にする。
・
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魔法歴1753年。生物が魔法という摩訶不思議な力を使えるようになってからもうそれほどの時間が経った。
人類は魔法の力によってより良い生活、文明を築き、発展させていった。
それは一重に
一昔前の魔法とは一定の才能がなければ使うことの出来ない、選ばれた人間だけのモノだった。
しかしこの
そんな魔法なんて珍しくも何ともなくなってきた世の中で満足に魔法を使うことのできない人間がいた。
それがこの俺ファイク・スフォルツォ、16歳だ。どこにでもいるような平凡な男だ。
「思いのほかあの牛の素材が言い値で売れたなぁ!!」
「はい! そうですねマネギル!」
「今日は祝杯だ! 盛大に飲み明かそうぞ!」
「カンパ~イ!」
「……」
俺たちはあの洞窟から無事に帰ってくると素材やドロップ品の換金を済ませ、祝杯ということで迷宮都市クレバスの主街区にある酒場『呑んだくれ』に来ていた。
迷宮都市クレバス。
ラビリル大陸、メイジェンス王国が管理、所有する大迷宮クレバスを攻略するために作られた拠点都市。
先程いた洞窟がその大迷宮クレバス。
俺はこの迷宮都市で大迷宮クレバスを探索、攻略する
探索者ランクは1番下のFだ。
今目の前で豪快に飲み食いをしている男女四人は一緒に大迷宮を攻略している仲間……と一応言っておこう……奴らだ。
Sランククラン『獰猛なる牙』。
複数人の探索者の集まりをクランと呼ぶ。俺達もそのクランという集まりで、かなり実力のあるクランだ。
クランの強さを象徴する
俺は一応この迷宮都市で一、二位の実力を争うクランに所属している。……荷物運びとして。
「おらおらどうしたファイク! 全然酒が進んでねぇな、じゃんじゃか飲みやがれ!!」
既に3杯目となる麦酒が入った大グラスを片手にマネギルが煽ってくる。
「あはは……」
俺は乾いた笑いでそれに答え、少ししか減っていない麦酒の入ったグラスを口につける。
……帰りたい。
内心はそんな思いで一杯だった。
いつもならば迷宮探索を終えたあと俺はすぐに間借りしている宿屋に帰るのだが、今日はどういう風の吹き回しか飲みに誘われた。
俺とマネギル達は決して仲良しこよしで一緒にクランを組んでいる訳では無い。
なんなら仲が悪い。
俺は俺の目的のために、アイツらはアイツらなりに俺に利用価値があるから互いに一緒に迷宮に潜っているだけである。ビジネスパートナーと言うやつだろうか……いやそれとは違うような気もするがまあいい。とにかく同じ酒を飲み交わすぐらい仲が良い訳では無い。
しかし、飲みの誘いを断れるほど俺にクラン内での地位、発言権は無く。『
『荷物運び』とは迷宮探索に置いて役立たずな者のことを指す言葉だ。
モンスターとの戦闘や戦闘後の回復、迷宮内に張り巡らされた罠の解除や索敵などなど、その全てにおいて役に立てない。唯一できることといえば荷物運びのみ。そんな探索者のことを総じてそのまま『荷物運び』と呼ぶ。
普通、荷物運びは日雇いでクランに雇われることはあっても、クランに入ることが難しい。1番下のDランククラン、良くてCランククランぐらいならば入ることが出来るかもしれないがSランクのクランなど入ることは不可能だ。
迷宮探索とは稼ぎのいい代わりにとても危険な仕事だ。そんな仕事に誰が足でまといにしかならない荷物運びをクランに入れようと思うだろうか。
普通の探索者は「荷物ぐらい自分で持つ」と言う思考になるだろう。
それならばどうして荷物運びの俺がSランククランのメンバーなのかと言うと理由はただ一つ。俺が使える魔法だ。
俺が使える魔法とは何千年かに一度現れるかどうかの超が付くほど希少な『影魔法』と言うものだった。
その影魔法でできる唯一のことは自分の影の中に際限なく物を入れれるということ。
普通、どの荷物運びも邪魔ではあるが沢山の荷物を運べるように自分の体よりも何倍も大きなリュックを持って迷宮探索に望む。しかしどれだけ大きなリュックを使おうが持てる荷物は有限。だが俺の魔法はそんな悪い要素が全てなく、しかも好きなだけ荷物を持ち運びできる。
この考えようによっては超絶便利な魔法のお陰で俺は『獰猛なる牙』にいることができた。
最初はSランククランに所属できていることに飛び跳ねるほど嬉しかったのだがその喜びもつかの間、俺はこのクランに入ったことを後悔した。
この『獰猛なる牙』と言うクランはとてつもないクズ共の集まりだったからだ。
人使いは荒いし、理由もなく俺の事を痛めつけて楽しんでみたり、常に罵詈雑言を浴びせてきたり、持つ必要のないデカいリュックに沢山の必要の無い荷物を入れて俺に持たせりなど、沢山の横暴を振るってくる。
何度もクランを抜けようと考えたが、Sランククランと言うこともあり稼ぎは良かった。普通、荷物運びは収入が安定しない。俺はその荷物運びだと言うのにそこら辺の探索者よりは稼いでいる。
それに夢を叶えるのならばこのクランにいた方が効率的だと思ったこともクランを辞めなかった理由だ。
その夢とは……。
「おいファイク! 何か面白いことやれぇーい!!」
「……っえ!?」
突然のマネギルの無茶ぶりに俺は呆けた声しか出ない。
「お、面白いことって……何をすれば?」
「んなこと自分で考えやがれ! 荷物運びのお前を俺たちは快く置いてやってるんだ。お前俺に感謝してるよなあ?」
「え、あ、はい……それはとてもとても……」
恩着せがましいマネギルの言葉に俺は同調しかできない。
「だよなぁ? その感謝の気持ちをここで示してみてくれよ。なんでもいいぜ? そこにある酒樽を一気飲みでも近くの冒険者に喧嘩吹っかけてボコボコに返り討ちにされるでも、全裸で踊るでもなんでもなあ?」
マネギルは他の仲間と下品に大笑いしながらそう提案してくる。
はぁ……本当に帰りてぇ……。
思わず無理やり貼り付けていた笑顔が剥がれて顰めっ面がコンニチワしそうになる。
しかし、やらなければならない。
ここで「嫌だ」と反発したら今以上に面倒臭いことになる。ならばこの時の一瞬の恥を甘んじて受け入れよう。
そう決心して俺は辺りを見渡す。
「……そ、それじゃあいきます」
「おうおう! 何を見してくれるんだ!」
適当に目に付いた一人の女性に当たりをつけて俺はその女性が座る酒場のカウンターの方へと真っ直ぐ足を進める。
「あのっ……すっすみません!!」
こちらに背を向けて優雅にウィスキーグラスを煽っている女性に声をかける。
「……なに?」
女性はくるりとこちらに体を向けると小首を傾げる。
ウェーブの掛かった綺麗なプラチナブロンドの髪、瞳は青い水晶のように透き通っている。均整の取れたその顔立ちは美人と言わざるを得ない。
歳は俺と同じか一つ二つ上だろうか?
とても落ち着いた様子の麗しい女性だ。
「……っえっと……その……」
遠目で適当に選んで声をかけた女性がこれ程までに綺麗だとは予想がつかず、思わず言葉が詰まってしまう。
これからしようとすることを考えればそれは尚更だ。
「……?」
女性は怪訝そうに眉をひそめて無言で俺を見つめてくる。
ええい!もう覚悟は決めた!
ここまで来ればもう後には引けないやるしかないんだぞファイク・スフォルツォ!!
「すー……はー……」
心の中で自分を鼓舞して折れかけていた覚悟をたち直させる。
酒場で楽しげに飲んでいる客全員がカウンターの方に注目する。
先程までけたたましい喧騒に満ちていた酒場は静寂に包まれている。
やけに自分の心臓がバクバクと脈打つ音がうるさい。
言うぞ!俺は言うぞ!
最後に胸を叩いてようやくその口を開く。
「お、俺と結婚してくださいッ!!」
勢いよく頭を下げて俺は目の前に居る名前も知らない女性に手を差し出す。
そう、俺がマネギルからの無茶振りでしかない地獄の罰ゲームをやり過ごすために選択した方法は『酒場での公開プロポーズ』だった。
酒樽一気飲み、喧嘩、腹踊り。
こんなことをするのならば適当に勢い任せで誰かに告白する方が今の俺の心情的にはマシだった。
……だが、今考えれば自分で選んだこの方法もなかなかにイカレている。
全然やり過ごせてはないな……。
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