『うんち垂れ赤モグラ』
ノルンは眉を顰めて、赤髪の男の周りをチョロチョロと動き回っているが、男は一切気付く事なく、ニヤニヤと笑みを貼り付けたまま俺を嘲笑っている。
「『ルーリャ』みてぇな田舎で有名な『炎剣(フレイム・ソード)』でも王都では所詮、通用しねぇ! 俺の前でデケェ態度を取るんじゃねぇぞ?」
ルーリャは俺やシャルが育った辺境都市の名であり、クロロの父親が治める都市だが、それなりの都市なので田舎ではないはずだ。
「……大きな態度をとったつもりはないんだけど?」
「あぁっ!? なんだ? その余裕ぶった態度は?!」
「……え、えっと、俺はもう『炎剣(フレイム・ソード)』のメンバーじゃないし、それを盾に偉ぶるつもりも一切ないから、気にしないでくれないか?」
無茶苦茶な言いがかりに俺は冷静に言葉を返すが、赤髪の男は大きく舌打ちし、敵意剥き出しの表情で俺を睨んでくる。
(……ゴーンみたいなヤツだな。話しが通じない)
即座に嫌悪感を抱いていると、顎先に手を当てて男の周りをグルグルしているノルンと目が合った。
「……!! マスター!! コイツは『うんち垂れ赤モグラ』です!!」
「ぷっ!!」
パーッと弾けるような笑顔と共に発せられた言葉に俺は吹いた。
その意味のわからないネーミングセンスと、絶世の美女の口から飛び出した言葉のギャップにやられてしまった。
「やっとスッキリしました! どこかで見たと思ってたんです!!」
ノルンの笑顔に更に笑いを煽られると、『3日後』の黒飛龍(ブラックワイバーン)の襲来の時に、泣き叫びながら糞尿を撒き散らしていた冒険者がいた事を思い出した。
「……くっ……ククッ……」
「なに笑ってやがる!! 『魔力0』のクソヤロウが! 俺様を舐めてるのかッ!?」
ピクピクと青筋を浮かべる『うんち垂れ赤モグラ』から慌てて視線を外すと、
「何言ってるんですか? 『3日後』にうんちを漏らしたのはあなたでしょ? マスターは『クソやろう』じゃありませんよ?」
ノルンは不思議そうに赤髪の男を見つめながら言い切る。
(や、やめてくれ……)
俺は顔を伏せ、プルプルと震えながら笑みを堪える。
巨大な体躯を『土魔法』で覆い隠し、震えながら泣き叫んでいた男には覚えがある。「何で来たんだ?」と疑問に思ったからよく覚えている。
(う、『うんち垂れ赤モグラ』……!!)
ここに来てノルンの言葉を再度思い出し、言われてみればピッタリのネーミングだと肩を震わせる。
「ガッヒャッヒャッ!! このクズ、びびって震えてやがるぜ!」
「……? ですから、それは『3日後』のあなたでしょう?」
ノルンは首を傾げながら苦笑する。困ったように俺の方に視線を向けると笑いを堪えている俺を見つけ、パーッと満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「マスターも覚えてますか? 『うんち垂れ赤モグラ』……」
小さく首を傾げるノルンは楽しそうに笑っている。笑ってはいけない状況が、更に俺の笑いを刺激してくる。
(クッ……か、確信犯だな、ノルンめ!)
心の中で呟きながら笑みが溢れないように必死で唇を噛み締めていると、赤モグラは更に怒りの形相を浮かべ俺に歩み寄る。
「……テメェ、もしかして笑ってんのか? 少し時間はかかったが、俺も『A』なんだよ。どうせクビになったんだろ? 魔力ゼロのクズなんてAランクパーティーには要らねぇもんな!!」
覆いかぶさるように見下してくる『赤モグラ』に未だに収まらない笑みを噛み殺す。
(……こ、こんなヤツを相手にしてる場合じゃ)
これからもっとしないといけない事がいっぱいあるのだ。換金したお金を回復薬(ポーション)に変えたり、アリスの顔を見に行ったり、剣を用意したり……。
シャルの好物のクッキーを見て回ったり……。
「ふふっ。マスター? 面白かったですか?」
嬉しそうに俺の様子を伺うノルンに、『お仕置き』を決意しながら、ふぅ〜っと長く息を吐き心を落ち着かせる。
「おいおい……、誰か止めろよ……」
「アイツ、最近Aに上がった『土怒(ドド)』のギースだろ? 大丈夫か? アイツ……」
「キレちまったら手がつけらんねぇ暴れ者だろ? あの黒髪、殺されちまうぜ……」
周囲の冒険者の言葉に苦笑を浮かべる。
(この赤モグラで『A』。気づいてはいたが、やはり『A』のレベルはかなり低いんだな)
チラリとクロロの姿が浮かぶ。
控えめに言って100倍くらいはクロロの方が強いと思う。クエストの達成率と昇格条件を満たすのに3年かかっただけで、クロロやゴーン達の能力は最高位である『S』と言っても過言ではない。
何度も繰り返すことで、『最果て』の中層までいけるパーティーは一握りだとわかった。
アリスが言うには勇者パーティーでも45階層で攻略を断念したほどの魔境。ノルンが言うには『冥界』へと続く地獄の階段。
『最果て』はそれほどまでに難易度が高い。
だが、無理難題だとしても、俺はシャルのためならば地獄にだって足を踏み入れる。あの笑顔を守るためなら、何でもすると決めた。
(こんなところで赤モグラと戯れている暇は俺にはない!!)
笑ってばかりはいられないと赤モグラに視線を移すが、(こんなに威張り散らしているのに3日後には泣き叫びながら糞尿を垂らしているんだ)と3日後の姿が脳裏をよぎる。
「……くっ……うっ……」
これは全部、……全部、ノルンのせいだ。
もうまともにコイツの顔は見れない。
「……ガッヒャッヒャッ!! やっぱ、ぶるってんのか!? 地べたに頭をつけて、誠心誠意、謝罪すれば見逃してやってもいいぞぉ?」
赤モグラは周囲からの言葉と、笑みを必死に堪える俺にニヤニヤと機嫌が良さそうだが、(変な笑い方するんじゃない!)などと、もう全てが面白くて仕方がない。
「マスター……。ぷっ……くっ……ふふっ……」
ノルンも笑い始めてもうカオスだ。
笑い声は聞こえないのに何故かノルンまで堪えている事に、俺の腹筋は爆発してしまいそうだ。
(ダ、ダメだ。このままじゃ……)
あと数秒もすれば吹き出して腹を抱えて笑ってしまうと限界を迎えた時、俺の前にパッと手を広げながらミラが飛び出した。
「や、やめてください! ギースさん! ローランさんは何もしていないのに、あんまりです!」
あまりに予想外のミラの行動に驚き、俺はキョトンとしてミラの後ろ姿を見つめる。
「……なんだぁ? ミラ……。俺様に楯突くのか?」
「ここは冒険者ギルドです! ギルマスが留守だからと言って、秩序を乱す事は黙認できません!」
「ガッヒャッ……。その綺麗で可愛い面に傷をつけたくねぇんだがな。そうだ!! 今日の夜、俺様の宿に来い。お前が一晩中、俺様の相手をしてくれりゃあ、そこの『無能』は放って置いてやるよ」
「……なっ、そ、そんな」
少し後退りしてきたミラの肩を優しく支えながら、『ギース』の下品な笑みを見据える。
(……下衆が)
あまりに横暴な態度とミラが飛び出した『驚き』で、もうすっかり笑えなくなってしまった。小さく震えているミラの肩から恐怖が伝わってくる。
「ありがとう、ミラ。俺は大丈夫だから、気にしなくていい。それにしても、とってもかっこよかったぞ? さすが、王都1番の受付嬢だ!」
「……ロ、ローランさん」
瞳いっぱいに涙を溜めるミラに俺はニコッと微笑みかけ、小さく息を吐き出しながらギースの前に立った。
ーーーーーーーー
【あとがき】
次話「一蹴と賞賛」です。
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