第34話 司とセブン



 時間は既に午後六時を越え、タイムリミットをとっくに過ぎていた。それでも、俺は諦めなかった。聖上教会の前に着き、深呼吸をする。そして、入り口の大きな扉を開ける。


「………」


 中は、暗く、周囲に何があるかも認識できないほどだった。しかし、一番奥、一筋の光が差し込む祭壇の手前に、誰かがいた。


「………セブン?」


 恐らく直線であろう道をゆっくり進む。姿は、やがてはっきり確認できるようになる。白い装束に身を包んだ華奢な体躯、純白のベール。その後ろ姿からして、恐らく女性だろう。


「7……なのか?」


 返答はない。無音の空間。しかし、その静寂を打ち壊すように、一気に照明が点灯された。眩しくて目を閉じる。そして、耐えながらもう一度見開く。

 そこには、ウエディングドレスに身を包んだ7がいた。後ろからは、拍手喝采。長椅子にはクレアも、8も、ヒルダも、Qも、父さんも、母さんも、クレイグもジョーカーも座って拍手を続けていた。……なんで?


「えーあー、ゴォッホン!」


 把握できない俺の後ろから、わざとらしい大きなせき払いが一回。そこには神父服を着た赤毛の少年が悪ガキのような笑みを浮かべていた。


「シュタルス! 何でお前」

「おめでとさん、司。……お前の勝ちだよ」

「でも、時間は――」


 シュタルスは首を横に振った。


「もし、時間を過ぎてしまって、両者がお題の物を持ってこなかった場合は、先に持ってきた方を勝者とする。だそうだ」


 だったら、余計おかしい。シュタルスは先にいた。ならば、その時点でこいつの勝ちだ。


「オレ様のお題は〝今一番祝福するべき人間〟だ。オレ様が今祝いたかったのは、和解したお前たち二人だ。だから、オレ様の借り物は今揃った。……先に7を行かせたお前が教会に入った時点で、お前の勝ちだ」

「だけどお前は……7を奪うって」

「ん~やっぱオレ様はアカデミー賞狙えるくらいの演技力があるんだよな~やっぱこんな仕事やり続けるのおかしいって」

「へ?」


 間抜けな声を出してしまう。シュタルスは悪ガキのような満面の笑みを見せる。


「あのくらい言わなきゃ、オレ様と決闘しなかったろ? それに、お前が守るべきものを、オレ様が奪っても仕方ないさ。………7に相応しい男は、他の誰でもないお前だよ、剣条司」             

   

 審査の結果、満場一致でOKだった。……ということは、本当に、


「今回のジョーカー、シュタルス・ヴィ・グレンフェルと、スペードの7、剣条司との決闘は、剣条司の勝利とします!」


 勝った……勝ったんだ!

 嬉しさのあまり、7を抱きしめる。


「やった! やったぜ7!」

「ツカ……司! こんな人前で……!」


 そんなことは関係なかった。ただこの現実を、喜びを分かち合いたかった。


「……そうですね! やりました!」


 鳴り止まない拍手の中で、シュタルスがため息をついた。


「はぁ……本当に7が帰ろうとしたときはヒヤヒヤさせられたけど、ようやくここまでもってこれたな。これだからガキは……」

「……どういうことだよ?」

「え? い、いやそのな! 別に、お前達の結婚を成功させるためにクレイグが来たわけじゃないぞ? そ・れ・に! お前達がうだうだしてるから、皆で計画してやったわけじゃないぞ? 断じて! 絶対! うん! ……あれ」

「………………」


 会場に盛大な溜息が漂った。


「こらシュタルス! わしが練ったプランをバラしてどーするんじゃ!」


 クレイグが立ち上がってシュタルスに怒鳴る。


「あーっ! そうやって、『後継者争いの最中で身を固めた方がロマンチックでいいじゃろ?』なんて提案したはお前じゃねぇか!」

「………………………」


 疑心が確信に変わっていく。俺と7は目を合わせ、心の内を確認する。


「もう! せっかくいいムードだったのに、アンタのせいで台無しじゃない!」


 クレアもクレイグの勢いに乗り、シュタルスを責める。


「う、うるへー! 従兄弟の一生の相手が決まったんだ。いいじゃねぇか! なぁ司!」


 要するに、最初から仕組まれていたという事だ。俺と7はまんまと嵌められていたらしい。


「お………俺の努力は、一体………」


 床に倒れ込む俺を、7がそっと支える。


「でも、空港で私に言ってくれたあの言葉……あれは本物じゃないですか、司」


 空港でのプロポーズを思い出すだけで、恥ずかしくて嫌になる。よくもまぁ、あんな公衆の場で言えたもんだ。なんだか火照ってきたぞ!


 ……でも、悪い気はしないな。みんなが皆、これから先多くの困難が待ち受けているかもしれない後継者争いの中で、こうして祝福してくれるんだから。


「……そうだな! 俺は7が好きだー!」


 会場から大きな拍手が湧く。7の顔が赤くなっていた。


「んじゃ、そろそろ………」


 シュタルスは一度深呼吸をして俺たち二人を祭壇の前に並ばせた。


「コホン……7、貴様を今日よりスペードの7として再度任命する」


 シュタルスが俺から無理矢理取って、7にカードのケースが渡される。


「グリズランドの人材不足により、クレイグ=フラムスティードは本国へ帰還。解任した7を復帰させる、だそうだ」


 そして、シュタルスが拍手を止めた。祭壇の中からやけに分厚い本を取り出すと、真ん中あたりのページを開いてわざとらしくもう一度咳ばらいをした。


「えー、めんどくさいなぁ。……新郎の剣条司と、新婦の……」


 そこで一旦、シュタルスが口をつぐんだ。……そうだ。スートとして生まれて育った人間には、名前が…………でも、名前ならちゃんとあるじゃないか。


「なぁ、7?」

「どうしました、司?」


『司が望むのなら、私に名付けても構いませんよ』

 

もう7には……立派な名前がついてるじゃないか。幸運の意味の名前が。


「お前の名前、今思いついた」

「……何ですか?」


 期待と不安の混じった表情でこちらをうかがう少女。俺は朗笑して少女の手を取った。


「――セブンだ。数字の7じゃない…………………どうかな?」


 ざわつく会場内で、俺達二人だけの、静かな空間があった。少女は鉄面皮を完全にはがして、明るい微笑みで手を握り返した。


「………ありがとう、司」


 熱いねぇ、とシュタルスが茶化す。俺達はまた二人で赤くなって俯く。


「え~、それでは面倒なので……とにかくお二人さんは色々諸々誓うか?」

「「はい」」


 ……そういえば、俺、まだ十七歳なんだけど……


「それでは~、ムフフ……誓いの口づけを」


 予想通りの展開だった。でも、絶対カメラに撮られてるよな…………さすがに人前では。というか、まだちゃんと手も繋いでない! セブンに目をやると、顔を真っ赤にしてしゃがみこんでいた。周りはキスコールがやまない。中学生かよこいつら………!


「セブン!」

「え、あ、ちょっと、ツカサ!」


 セブンをお姫様だっこで抱えて、バージンロードを一直線に走る。扉を開けて走る。さわやかな夜の風が、火照った体を冷やしてくれた。だけど、心は躍ったまま。とても清々しい気分で、少女の名を呼ぶ。


「行こうぜ、セブン?」


 銀色の髪を揺らして、少女は満面の笑みで答える。


「はい、ツカサ!」


 こうして、俺たちは何とか大人数の前での口づけから逃れた。………まだ、そんな勇気はない。しばらくは、できなさそうだった。




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