二人の本棚には、同じ本がある。

はいじ

1:異国の新人



「コイツが新しく入った新人のゴーランドだ。ローラー、お前色々とウチの事を教えてやれよ」

「……」


 そう言ってお頭から紹介された青年は、それはもうひたすらに大きかった。

 この飛脚商会で働く男達は皆、それぞれが自慢の肉体を有する男社会なのだが、それにしたって目の前の相手は別格だった。


「わぁ」


 日に焼けたような浅黒い肌を持つその彼は、その肌の色に似合う、とても精悍な顔つきをしていた。しかも、年齢を聞いて更にびっくりした。なんと俺よりも、三つも年下の十五歳だったのだ。


 眉は太く、目鼻立ちのやけにハッキリとしたその顔は、非常に魅力に溢れる容姿に違いなかった。加えて、彼の金色に光り輝く短い髪の毛が、肌の色と対照的で、俺の目は酷くシパシパした。


 まぁ、つまり目の前の彼は、とても素敵だという事だ。


「っは、はい!こんにちは!俺はこの郵便飛脚商会の事務を担当してる、ローラーです。どうぞよろしくお願いします!」


 その大きな少年に相対する俺は、この商会に居る男の中で唯一事務員として働く、下っ端も下っ端だ。

体の大きさも、そして体力も、この商会の中では断トツで最下位である。だからこそ、最初は飛脚員として雇われたのに、使い物にならないからと言って事務員へと格下げされたのだ。


「……」

「あの、」


 しかし、頭を下げた俺に対しゴーランドは、ただ黙って俺を見下ろしていた。そんな相手に、俺はどうかしたのだろうか、と首を傾げる。俺は体は決して大きくはないが、声はそこそこ大きい。聞こえていない筈はないと思うのだが。


「おい、ローラー」


 すると、戸惑う俺に、ゴーランドの隣に立っていたお頭が何やらニヤニヤと笑いながら、俺の肩に自身の腕を回してきた。


「ゴーランドは見ての通りだ。あんまり難しい言葉はわかんねぇんだよ。後輩だろ?少しは気を遣ってやれ」


 俺はお頭に言われてハッとした。確かにそうだ。

このような明らかに異国情緒溢れる見目である。きっと西部のサファリあたりの出身に違いない。サファリと言えば、このフリーフォールとは言語圏も異なる地方だ。その為、よく出稼ぎの若い労働者が海を越えてやってくる。


 少し考えれば分かる事だろうに、俺とした事がまったく考えが足りていなかった。


「そっか!」

「……」


 俺は肩に乗っかっていたお頭の腕を払いのけると、急いで自分の机から一冊の帳簿を持って来た。そして、ゴーランドの前にその帳簿を広げて、持っていた羽ペンで書く真似をする。


「おれ、ゴーランド達とちがって、はこぶひとじゃない!かく、ひと!」

「……」

「わからない、ことがあったら、なんでも、」


 俺は黙りつつも、少しだけ目の見開かれたゴーランドの前に立つと勢いよく自分の胸を叩いた。


「俺に、きいて!」


 その瞬間、俺の脇に立っていた親方や、飛脚員のオヤジ達が一斉に大声で笑い始めた。けれど、俺はいつもこうやって皆から笑われているので別に気にしない。だいたい、昼間に事務所に居る皆は、非番なので昼間から酒を呑むのだ。

 酔っ払いは、いつだって笑い上戸なのである。


「わかった?」


 俺よりも頭二つ分は高いであろう、その頭の上を見上げながら、俺はゴーランドに尋ねてみた。

すると、ゴーランドはその浅黒い肌の中に埋め込まれた、真っ黒い宝石のような目を、あちらこちらへと動かすと、最終的には黙って頷いてみせた。

 どうやら、言葉は通じるらしい。聞き取れはするが、喋るのは、きっとまだ難しいのだろう。


「よしっ!ローラー!記念すべきお前の初めての後輩だ!大事に面倒見てやれよ!」

「はいっ!」


 お頭の勢いの良い言葉に俺は大きく頷くと、自分よりも格段に大きな後輩に胸を躍らせた。十五でこの郵便飛脚商会に入って早三年。やっと下っ端の俺にも“後輩”が出来た日であった!

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