第94話 『エクスポーション』を購入

「はい、確かに『アースタートルの卵』五つ受領しました」


 受付嬢の言葉に俺とガーネットはそっと息を吐いた。


 依頼を受けてから一週間、俺たちは冒険者ギルドへ戻ると、指名依頼を完遂させた。


「ふぅ、移動中が一番疲れました……」


 ガーネットはげっそりとした顔でそう呟く。確かに戦闘などで苦戦することがまったくなかったので、それほど疲れる原因はなかったのだが……。


「……ようやく、まともな飯にありつけるな」


 道中を思い出した俺がぼそりと呟くと、ガーネットの肩がビクリと震える。


「も、申し訳ありませんでした」


 突然、頭を下げるガーネットに周囲の注目が集まる。


「いや、今のは失言だった。忘れてくれ」


「そんなわけにはまいりません、私が不甲斐ないばかりに、ティム先輩には多大なる御迷惑をおかけしてしまったのです」


 何があったのかと言うと、道中に食べる料理すべてをガーネットが作ったのだ。


 彼女はどうもチャレンジ精神が強いらしく、料理の途中で妙な調味料を入れてアレンジしてしまうのだ。


 スープには『アロセラの蜜』を大量に投入して「隠し味です」とか言うし、途中で見つけた『フレシアラの実』という癖の強い臭いを発する果物を焼いて食べさせようとしたり……。


 結果として、料理はどれも微妙なできになっており、決して食べられないわけではないのだが、よく言えば個性的、率直に言えばまずかった。


 俺もガーネットも野営での食事は、王都まで向かう途中に振る舞われた料理が基準となっているので、今回の件は期待しすぎてしまったということになるのだろう。


「そんなに落ち込むなって。俺だって料理なんてできないし」


「ううう……でも、ティム先輩は魚を釣ってきてくださったじゃありませんか?」


 確かに魚は美味かったが、塩を振って焼いただけなので味については魚自体の手柄だ。


 周囲からひそひそと話し声が聞こえる。内容はガーネットを俺が虐めているんじゃないかと疑うもの。


 このままここで彼女を慰めていても、あらぬ噂が広がりそうだと俺は考える。


「ほら、せっかく手に入れた『アースタートルの卵』もあるんだし、屋敷に戻って料理してもらおうぜ」


 一週間ぶりに家に戻るのだ、伯爵夫人も笑顔で出迎えてくれるだろう。


「そうですね、ティム先輩。早く帰りましょう」


 元々楽しみにしていた『アースタートルの卵』を使った料理を想像すると、彼女は待ちきれないとばかりに俺の手を引っ張るのだった。






「久しぶりの王都はやっぱり人が多いな」


 先日はパセラ伯爵家の料理人に頼んでアースタートルの卵を様々な料理にしてもらった。


 アイテムボックスのお蔭で鮮度を保ちながら大量に運ぶことができたので、伯爵と伯爵夫人を含む全員がその料理に舌鼓を打った。


 今回の依頼は一週間の時間を掛けて行なったため、二日間の休養日をとろうとガーネットと相談していた。


 彼女は旅の疲れが出たからか、実家で安心したからか、今ぐっすり眠っている。


 一方俺の方は、せっかくの休日なので目覚めも良く、こうして朝から活動をしているのだ。


 とはいえ何の目的もなしに歩き回っているわけではない。


「……えっと、この道を曲がるんだっけ?」


 目の前には地図が表示されており、今この瞬間も俺が通った場所が更新され続けている。


 そう、王都の地図を作るのが俺の一つ目の目的だ。


 王都は道が複雑な上、様々な店が存在している。

 そのせいで、これまでは案内に従ってダンジョンや冒険者ギルドなど、迷わずに済む道を辿るだけに留めていたのだが、現在の俺には『地図表示』のスキルがある。


 このスキルのお蔭で、どれだけ適当にうろついても現在位置がわかるので、迷うことなく王都を歩き回れるということだ。


「教えてもらった感じだと、そろそろ着きそうだけど……。あった」


 伯爵家でみた地図と同じ地形が表示される。俺は画面から視線を外すとその店を見た。


「ここにエクスポーションが売ってるんだよな?」


 以前から、俺はパセラ伯爵に頼んでエクスポーションを売っている店がないか探してもらっていて、この店に持ち込まれたことを教えてもらったのだ。


 過去に、ニコルたちから襲撃を受けて瀕死の重傷を負った時、ガーネットが手持ちのエクスポーションを使って、俺の命を繋ぎ止めてくれたことがある。


 その時に、彼女が持つエクスポーションは失われてしまい、今もその状況が続いているので、どうにかしなければならないと考えた。


 店に入ると、目的の物を探して周囲を見渡す。


 すると、程なくしてエクスポーションを発見した。


 値札を確認してみる……。


「金貨50枚!?」


 流石、骨折を治す効力を持つと言われるだけのことはある。

 ダンジョンの最深部で命の危機を救ってくれるのだと考えると、この値段が高いとは決して言えない。


 そして、俺はこんな高価なアイテムを、惜しげもなく俺のために使ってくれたガーネットに改めて感謝した。


「すみません、この『エクスポーション』を売ってください」


 これで……すべてのけじめをつけることができる。

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