第55話 新人冒険者ガーネット

「さて、どうしたものか……」


 俺はアゴに手を当てると悩み始めた。


 今日はこれから新人冒険者の付き添いをしなければならない。


 先日、サロメさんから頼まれた依頼はその新人に冒険者を諦めさせること。


 何でも彼女と付き合いのある貴族の息子らしいのだが、諦めさせて実家に帰るように仕向けて欲しいと言う。


 俺としても、育てろと言う依頼ならばなんとか頑張らなくもないが、そう言った依頼はあまり気乗りしない。


 だけど、彼女があれほど困り果てて頼んでくる以上、何らかの複雑な事情があるのは想像に難くなかった。


 俺はためいきを吐く。


「とりあえずなるようになるか……」


 結局のところ、俺が何を言おうと本人の意志の問題だ。数日冒険で連れまわしてやれば厳しさに耐えかねて勝手に辞めるかもしれない。


 俺はその冒険者と合流すべく宿を出てギルドへと向かうのだった。





「は、初めまして、ガーネットと申します」


 目の前では白いローブに身を包んだ女の子が挨拶をしている。儚げで、自信がなさそうで、杖を胸に抱いてこちらを見ている。


 何より目を引くのは、思わず見惚れてしまいそうな整った顔立ちで、一つ一つの動作が洗練されていて、育ちの良さが窺がえる。


「あ、あの……?」


 俺が固まっていると、ガーネットは不安そうに顔を覗き込んできた。小動物のような愛らしい仕草で、男なら守ってやらなければと自然と思考が流されそうになる。


「あー、いや。何でもない」


 ここにきて俺は自分が勘違いしていたのだと気付く。


 よく考えればサロメさんは貴族の子の性別を一度も口にしていなかった。


 冒険者になっているということから俺が勝手に男だと勘違いしてしまったのだ。


「俺はティム。現在はDランク冒険者をしている。これから数日の間よろしく頼む」


 そう言って右手を差し出す。


「あっ、はい。こ、こちらこそよろしくお願いします。ティム先輩」


 ガーネットはそう言うと、力強く俺の右手を握ってきた。その表情からして緊張しているのがわかる。


「その恰好を見る限りだと後衛の治療担当かな?」


「は、はい。い、一応『ヒーリング』と『アイスアロー』で氷矢を1本出せます」


「それは凄い」


 僧侶のスキルである『ヒーリング』と魔道士のスキルである『アイスアロー』を使えるというのは汎用性が高い。


 サロメさんから聞いていたガーネットの前情報はでたらめではないか?


「取り敢えずソロ冒険者としてやっていきたいんだっけ? まずは何か依頼を受けてみよう」


 これなら幾つかの依頼をソロでこなせば自信もつく。そう考えた俺はガーネットに依頼を選ばせるのだった。



 暖かい風が頬を撫でる。


 最近はずっとダンジョンに籠っていたため、こうして街の外をのんびり歩くこともなかった。


 今回の頼み事も骨休めをしているのだと思えばそんなに悪くないと俺は考えていた。


「もう少し先に行ったところに森がある。モンスターもあまり生息していなくて、駆け出し冒険者が良く採取をしているから比較的安全なところだ」


「はい、頑張ります」


 ガーネットが受けたのはポーション作成の材料になるハーブの採取だ。


 道中確認したところ、彼女はこれまでモンスターを1匹も倒したことがないと言っていた。


 普通、冒険者を半年もやっていればゴブリンなどに止めを刺す機会の一度や二度あるものだが、この儚げな姿を見れば理由は想像が付く。


 恐らくパーティーメンバーの男たちが代わりにやっていたのだろう。


 今回ハーブの収集依頼を受けたことから、彼女には生き物を殺す覚悟はないのかもしれない。


 冒険者を辞めるならそれでも良いが、もし続けるつもりならこれは不味い。


 ソロで依頼を受け続ければモンスターと遭遇することもあるのだ、その時になって躊躇っていては思わぬ反撃で死ぬ危険がある。


 一度どこかのタイミングで戦えるように指導した方が良いか考えていると、まもなく森へと到着した。


 街から2時間ほど離れた場所にある森まで休憩なしに歩き続けた。


 彼女は特に息を切らしている様子もなく、森を見上げている。


「確認しておくが、今日の依頼は『ハーブ20個の収集』だったな?」


「はい、そうです」


「ハーブの形はわかるか? 森に入る時は必ず木に目印をつけながら入れ」


「大丈夫です」


 元々、Fランクが受ける依頼なのでそれほど心配はしていない。モンスターが現れたら倒してやるくらいの考えで後ろからついていく。


「あっ、ありました」


 少し歩くとハーブが生えている。


「ハーブは同じ場所に再び生えやすい。自分なりに場所を覚えておくと次に来た時に採取が楽になるぞ」


「はい」


「あとは1本だけ残しておいた方が良い、そうすると隣に生えやすくなるんだ」


「わかりました」


 今話している採取テクニックは、以前サロメさんから借りた資料に書かれていた内容だ。


 俺も実際にやったことはないが、まあ間違ってはいないだろう。


 彼女は腰を少し落としながら茎を掴む。


「あ、それだと抜くのに――」


 ハーブの収集品は根元まで抜いた物を1として扱うのだが、根がしっかり生えている場合は抜くのに力がいる。


 あのような中腰では力を入れることができないので、転んで怪我をする前に注意しようかと思ったのだが……。


「えいっ!」


 ズボッと音がしてハーブが根っこから抜ける。根から土がパラパラと零れ落ち彼女のローブを汚した。

 彼女は土を丁寧に払うと収集したハーブの根を濡らした布でくるんだ。


「こうしておくと長持ちすると聞いたんです」


 俺が見ているとそう答える。


 大抵の冒険者はそこまではしない。萎びていようがもらえる報酬は同じだからだ。


 こういうところは女性ならではのやり方なのだなと感心してしまう。


「まあいい、この調子でどんどん探して行ってくれ」


 どうやら思っていたよりも力はあるようなので、俺は言葉を引っ込めると彼女に次のハーブを探すように指示を出した。

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