第53話 Aランク冒険者ニコル

「さて、まずはスキルの実験だな」


 翌日になり、四層を訪れた俺は狩りの準備をしていた。


 現在の職業は戦士だが、本日は魔法で戦うつもりだ。


「この『ダブル』の威力をまずは見てみたい」


 先日まで魔道士レベル40だったのが急に戦士になったことで『魔力』補正が80も落ちている。


 戦士補正で筋力が60増えているのだから、剣で戦った方が良いと考えそうになるのだが……。


「計算すると威力が上がるんだよな」


 魔力が落ちたとはいえステータスでいえば全体の5分の1しか落ちていない。

 それに対し、ダブルで受けられる威力の恩恵は1.5倍だ。


 もちろん魔力が落ちる前の話なのでこの差がはっきり適用されるということはないが、それでも今までよりも高火力を出せるのではないかと考えた。


 そう考えている間にもモンスターと遭遇する。

 戦士ゴブリンに戦士コボルト、それにコボルトアーチャーにゴブリンメイジ。


 先日までずっとここ四層で狩りをしていたのでいい加減見飽きたメンツだ。


 向こうもこちらに気付いたのか、剣を抜き向かってくる。


「まずはいつもの牽制をするか」


 『ファイアバースト』で蹴散らして個別撃破するのがここ数日繰り返してきた方法なので、俺は魔法を唱える。


「『ファイアバースト』」


 目の前が炎が広がり前に進む。そして戦士ゴブリンと戦士コボルトにぶつかると、


『ゴブブブブッ!』


『ガルルルルッ!』


 吹き飛んでいった。普段ならここで剣を抜いて追撃をするところだが……。


「『ダブル』」


 俺がダブルを発動させると、再び目の前に炎が現れる。


『ゴブッ!?』


『ガルッ!?』


 コボルトアーチャーとゴブリンメイジが慌てている。ちょうど奴らは吹き飛んできた戦士ゴブリンと戦士コボルトを押しのけて、こちらを牽制しようとしていたからだ。


 連続で同じ魔法を出せるというのは二発目が無詠唱に近い速度で展開されるということ。

 威力こそ落ちるが、初撃で2手先制できるというのはソロで冒険者をしている俺にとってはかなりでかい。


 一人なのに二人で戦っているようなものなのだから。

 なおかつ、ダブルのスキルが使えるのは魔法に対してなので、遠距離からの連続攻撃は俺が目指す理想的な戦闘方法に近かった。


 そうこうしている間に、二発目のファイアバーストが4匹へと到達する。


『『ゴブブッ!!!』』


『『ガルルッ!!!』』


 爆発が起こり熱が俺の頬を撫でる。しばらく爆発した中心を見ていたが、モンスターたちは起き上がってこなかった。


 やがて、モンスターたちがダンジョンに吸収され魔石が残る。


「四層の一確がとうとうできるようになったぞ!」


 ダブルのお蔭で初撃でモンスターを倒せるようになった俺は、拳を握り締めると狩りの効率が格段にアップするのを確信した。




「五層でマナポーションを貯めて四層で一確狩りをするのが一番効率が良くて安全だろうか……?」


 今後の狩りについて、色々検討していると冒険者ギルドへと戻ってきた。


「ん、なんか今日は普段よりも混んでいる?」


 ふと周囲を伺うとカウンター前に人だかりができていて、その中に一際目立つ男が立っていた。


 全身を魔法が付与されている装備に身を包んだ金髪の顔立ちが整った男だった。

 歳は俺より結構上で20は越えていそうだ。彼はサロメさんに親し気に話し掛けて笑っていた。


「よっ、ティム。お前も今日はあがりか?」


 サロメさんが空いていないようなので、どうしようか悩んでいるとユーゴさんが話し掛けてきた。


「あっ、こんにちは。最近は五層で狩りをしてるんですよね?」


 話しているとリベロさん、ミナさん、オリーブさんも合流してくる。


「この前なんてコボルトアーチャーが5匹もいる部屋にあたってな、オリーブに『セイフティーウォール』張ってもらって俺の矢とミナの魔法で持久戦になって大変な目にあったぜ」


「あはは、わかります。五層って編成に偏りがあると本当に厄介ですから」


 オリーブさんから聞いていたが、どうやら五層の洗礼を受けて苦労しているようだ。


「それにしても、どうしてこんなに人だかりができているんですか?」


 他の冒険者とは関係が断絶しているのでユーゴさんに質問できるのはありがたい。


「ああ、それはAランク冒険者がこのギルドに復帰してきたからだ」


「……復帰。ですか?」


 妙な言い回しに俺は首を傾げる。


「あの人の名前はニコル。元々はこの街の冒険者だったんだが、デビューしてから数年で頭角を顕してAランクになり、早々に王都へと移動したんだよ」


 地元の街で実力をつけた冒険者が王都へと行くというのはよくある話だ。

 小さな街と比べて王都では様々な依頼がある上、近隣にあるダンジョンの難易度も高くなっている。


 武器屋や防具屋、錬金術屋もそこらにあって物資も豊富な上、人が集まるから飲食店も多く、見たことがないような美味い料理も存在しているとか。


 冒険で成功した者なら王都で実力を試したい。誰だって考える栄光への道筋だ。


 高価な装備に身を包み、自信にあふれた態度で人前に立つ。

 彼は、俺たち冒険者が目指しているものを持っているからこそ注目を浴びていたようだ。


「あの様子じゃサロメさんはそう簡単に解放されそうにないな。どうするんだ?」


「今日はそんなにたいした成果があったわけじゃないので、後日改めることにしますよ」


 あの中に割って入っていくほど空気が読めないわけでもない。アイテムボックスにはまだ空きがあるので待つのは止めておく。


「俺たちはもうすぐ精算が終わるんだが、良かったらこのあと飯でも行かないか?」


「え。飯ですか?」


 意外な提案に俺が驚いていると、


「ティムも五層に入ってそれなりに狩りをしているんだろ? 良かったら情報交換しないか?」


 なるほど、意図は理解できた。

 五層は様々なモンスターが現れるので対処方法が複雑になる。


 この先、どのような編成がきても事前に行動を決めておけるようにしておきたいのだろう。


「そう言うことなら喜んで」


「久しぶりにティム君と食事だね。オリーブ」


「う、うん。そうだね……」


「よっしゃ、今日は一杯食うぞ」


 俺が了承するとミナさんとオリーブさんとリベロさんも笑顔になる。


 彼らの精算が終わるなり、俺たちは酒場へと繰り出すのだった。

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