第39話 不穏

          ★


「けっ、多少使えるようにはなっていたが無愛想なのは相変わらずだよな」


 レッドはコップを空にするとテーブルに乱暴にたたきつけた。


「まあ、奴にとって初めての遠征だからな。緊張でもしてるんじゃねえのか?」


 ウォルターは余裕の笑みを浮かべるとエールをあおり袖で口元を拭った。


 ここまでの道中でティムの動きを見てきたが、パワーなら自分の方が上だし、敏捷度もレッドには勝てていない。


 スクロールによる魔法が印象に残っているが、あんなものは急場をしのぐための物。消耗品としても高価なので連発できるはずがない。


「それにしてもマロン。お前最近随分とティムと仲が良いじゃねえか?」


 レッドは眉間に皺を寄せるとムッとした表情を浮かべた。


 グロリアがティムを気にかけていたことはウォルターもレッドもこれまで散々見てきたので知っている。


 だが、ここ数日。グロリアがティムに話し掛けることがなく、逆にマロンが話し掛けるようになっていた。


「別に、私は元々あいつに含むものなかったしね。案外好みも似ているみたいだし話してみると面白かっただけよ」


 懐中時計以来、マロンはティムに話しかけるようになった。


「それよりグロリアよ、あなたこそティムに一切話し掛けなくなったわよね?」


 見張りの夜に何かがあったのだろうとマロンは推測するのだが、ティムとこれまでの関係が良好だったグロリアがこうなる原因がわからない。


「もしかして、あいつに何か変なことでもされたのか?」


 ウォルターの表情が変わる。もしそうならただでは済まさないつもりだ。


 グロリアはさきほどから俯いたままで、エールにも手を伸ばさず会話にも参加していない。


 普段と違う様子に、いよいよウォルターたちは何かあったと確信すると……。


「皆に聞いて欲しいことがあるの」


 グロリアは顔を上げると、自分の考えを告げるのだった。



         ★


「ん?」


 翌日になって、ウォルターたちに合流すると雰囲気がおかしくなっていた。


 ウォルターとレッドは射殺さんばかりの目で俺を睨んでいて、マロンは面白そうな目で俺を見ている。


 いずれも俺に意識を向けているのだが、原因がまったく思いつかなかった。


「どうかしたのか?」


 この場で一番質問をしやすかったマロンに聞いてみるのだが、


「ん、まあ気にしないでいいわよ」


 彼女はそう言うと手を振ってはぐらかしてきた。


 元々、そんなに親しいわけでもないのでこれ以上突っ込むことができず首を傾げていると……。


「出発するぞ、おらぁ!」


 ウォルターが怒鳴りつけてきた。


「……なんなんだ?」


 結局何も聞けぬままに出発することになり、俺は不穏な雰囲気を感じ取るのだった。





「おらっ! ティム手を抜いてんじゃねえぞっ!」


「くっ……」


 ウォルターの怒鳴り声が飛んでくる。


 先日までに比べて動きが鈍くなっているので、それを見逃さずに叱責してきた。

 だがそれとは別に、気のせいでなければウォルターの目には憎悪が宿っているように見える。


「邪魔だっ! ちんたらやってるんじゃねえっ!」


 俺がモンスターと斬り結んでいると、レッドが割り込んでくる。


「うわっ!」


 奴は俺が戦っているのもお構いなしに攻撃を仕掛けてきたので、避けなければダガーが俺の身体を掠めるところだった。


「ったく! トロいんだよっ!」


 確かに前日に比べるとその通りなのだが、今のは別に強引に割り込むほどでもなかったのではないだろうか?


「はいはい『ファイアバースト』」


 他のモンスターに隙を突かれそうになっていたところ、マロンが魔法を放つ。


 彼女ははいつもの調子で魔法を使ってくれているので、これならば連携を生かすことはできそうだ。


 俺はレッドとウォルターの動きに注意しながらモンスターと戦うのだった。




「はぁはぁ……」


 戦闘が終わると息を整える。

 今回戦ったのはリザードマン。硬い鱗を持つ二足歩行する長身の亜竜だ。


 片刃のロングソードを武器にし、尻尾を振り回してくるので全方位に隙がなく、戦うのに苦労する相手だった。


「やっぱり補正なしは厳しいか……」


 現在、俺は職業を『見習い冒険者』へと変えている。


 ウォルターやレッドがいるので、戦闘力を下げてもなんとかなるという計算が成り立っていたからだ。


 リザードマンはオークよりも強いので、ステータスが下がっている分付け込まれてしまった形だ。


「これで推測から外れてたらと考えると想像したくないな……」


 今回、見習い冒険者を選んだのには意味がある。

 戦士がレベル30でスキル上限が解放されたのなら、見習い冒険者が持つスキル『取得経験値増加』『取得スキルポイント増加』『取得ステータスポイント増加』の上限も解放されるのではないかと思ったからだ。


 今までは今回の対決に備えるため、他の職業をキリがよいところまで上げる必要があったのでそこまで手が回らなかった。


 だが、こうして依頼に同行してみて、ある程度やれる感触を得たので、強いモンスターと戦える今こそがチャンスだと思い決行したのだ。


「まだ23か……」


 さきほどの戦闘で、俺はリザードマンを3体倒している。


 戦士でオークを倒した時にレベルが上がっていることも考えに入れると、取得経験値の割にはレベルが上がっていない気がする。


 恐らくレベル上げに必要な経験値が遊び人と同様に大量に必要なのではないだろうか?


 あまり役に立たない職業程レベルアップに大量の経験値が必要に設定されている気がする……。


「ティム、お疲れ様」


 マロンが話し掛けてきたのでステータス画面を消す。


「そっちこそ、助かった」


 絶妙なタイミングで魔法を割り込ませてくれたお蔭で、リザードマンのタイミングを散らすことができた。


「あっ……」


 振り返ってみるとグロリアの姿が見える。どうやらマロンについてきたようだ。


「グロリアも支援魔法助かった。ありがとう」


「う、うんっ!」


 久しぶりに話をした気がする。グロリアは胸元に右手を添えると嬉しそうに笑うのだった。

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