第17話 専属サポート

「それにしても……一年本当によく頑張ったな」


 唐突に聞こえてきた労いの言葉に思わずギルドマスターの顔を見る。


「昨日までの成果はお前が冒険者を諦めず努力した成果なのだろう?」


 さきほどまでとは違い、威圧感がなりひそめている。俺がどう答えるべきか考えていると、ギルドマスターは話を続けた。


「ときおり、お前のような奴が現れるんだ。皆と同じタイミングでスキルが発現せず、ふとした拍子にスキルを得てあっという間に同世代のトップへと駆け上がる大器晩成の冒険者がな」


 話を聞いてみると、これまでも同様の現象が起きたことがあるらしい。

 それらの多くはAランク冒険者やSランク冒険者に上り詰めたり……、あるいはそれ以上の成功を収めたとか。


「それがわかっているのなら、スキルが発現しない人間にももっと支援をしてくれても良かったのではないですか?」


 実際、スキルが発現するまでの生活はギリギリだった。

 武器もショートソードを修理して使っていたし、その日泊まる宿にも困っていたのだ。


「そうしてやりてぇのは山々だが、大半は本当にスキルを取得すらできねえからな。全ての冒険者に支援をとなるとギルドの財布がパンクしてしまう」


 気持ちの上では納得がいかないが言っていることは正しい。


「とにかく、ギルドとしてはこうして上がってきたお前に期待をしているってことだ。人格にも問題がないのは今しがた確認したからな」


「人格……ですか?」


「過去に後からスキルを取得して成り上がったやつの話はしただろ? 中にはこれまで押さえつけられてきた反動で傲慢な振る舞いをするようになった奴もいる。急に扱えるようになった力に振り回されて自滅した奴もだ」


 ギルドマスターはそういった人物が辿った末路を俺に聞かせてくれた。


「スキルが発現したばかりのお前は今がまさに成長期だ。自分の力量を見誤って死んだりしないように気を付けろよ?」


「……肝に銘じておきます」


「今回の件で冒険者の間でお前のことが噂になっている。高ランクのクランあたりから声が掛ってもおかしくねえと俺は思っているんだが……」


「俺は今のところクランに所属するつもりはありません」


 これまで手を差し伸べてこなかった人間が掌を返す点についてはまだ割り切ることができない。


 きっぱりと答えた俺をギルドマスターはじっと見つめる。


「何か困ったことがあったら相談しな。強引な勧誘とか俺が対処できる範囲でなら力になってやる」


 それ以上は説得できないと思ったのか、ギルドマスターはそう口添えをしてきた。






「あっ、ティムさん。お疲れ様です」


 ギルドマスターからようやく解放されたかと思うと、出てきた俺に受付嬢が

声を掛けてきた。


「えっと、どうしたんですか?」


 何故待っていたのか俺が理由を聞いてみると彼女は答えた。


「今回の件でティムさんは私が専属で見ることになりました。改めて挨拶をさせていただけたらと」


 その言葉に驚く。高ランク冒険者になるとギルド職員が専属になると聞いたことがある。

 だが、最低でもBランク以上からのはず。


「えっと……」


「私のことはサロメとお呼びください」


「サロメさん? 専属になるとどういう違いがあるんですか?」


 ひとまず話を聞くことにする。すると彼女はよくぞ聞いてくれましたとばかりに答えてくれた。


「まず専属となったことで、これまでよりも手厚いサポートをすることができます。例えば依頼についてですが、低ランク冒険者であれば掲示板の中から自分に合った依頼を受けてこなしているかと思います。専属の場合、あらかじめ受ける条件をおっしゃっていただければ私の方でギルドにくる依頼を抜いておきティムさんに提案することができます」


 掲示板に張り出す前に依頼を受けるかどうか確認してくれるらしい。毎朝人がごった返す掲示板で依頼の奪い合いをしないで済むのは確かに大きなメリットだ。


「他にも魔石や素材の買い取りに関してもこれまでより1割上乗せされますし、預けていただければこちらで査定しておいて後日支払いますので、この場で待つ必要がありません」


 これまで待ち時間はステータス画面を見て過ごしていたがそれも不要になるらしい。


「そんなに優遇されるんですか……」


 あまりの高待遇に俺が驚いていると、サロメさんはふふふと笑った。


「まだまだそれだけではありません。ポーションなどの消耗品もおっしゃっていただければこちらで手配をしておいて、冒険者ギルドを訪れた時にお渡しします。支払いに関しては口座を作っていただければそちらから引き落とす形になりますね」


「それはとても助かりますね」


 消耗品各種を買いまわるには錬金術の店から雑貨店まで色々足を運ばなければならない。

 普段はその日の依頼を終えた後に回ってその辺を補充しているのだが、それをやらなくてよいというのは使える時間が増えるということだ。


 そうなるとこれまで以上にダンジョンでの狩りに時間を使うことが出来るようになる。


「あとは健康面の管理とアドバイスですね……。ティムさん今日これから時間はありますか?」


 彼女は俺の身体を見回すとそう言ってきた。





「それでは早速アドバイスをさせていただきますね」


 目の前にはサロメさんが立っていてその周りには高そうな防具が並んでいる。

 ここは先日マジックダガーを買いに来た武器防具を取り扱っている店の、試着室前だ。


「ティムさんが現在使えるスキルというのは、剣関連に魔法関連だと情報が入っています。間違いありませんか?」


「ええ、それであってますけど……」


 揉め事の証言を集めている時に聞いたのだろう。今の時点ではその通りなので肯定しておく。


「剣と魔法を同時に扱うスタイルは過去に幾つか聞いたことがあります。武器も防具も魔力の通りが良いものが使いやすいらしいですよ」


「そうなんですか?」


「ええ、鉄のプレートメイルとかだと重い上、魔力の通りが悪くて魔法の威力が落ちるんです」


 彼女は指をピッと立てると俺に教えてくれる。


「なので、防具はこのミスリル製が良いかと思います」


 照明を浴びて輝く白銀の防具。胸当てに篭手と急所を護るようにできているが、つなぎの部分は皮らしく動きを阻害しなそうだ。


「早速身に着けてもらえますか?」


 俺は試着室に入ると着替える。このような高級品を手に取ることがなかったのでわくわくして顔がほころんだ。


「どうですかね?」


 着替えを終えて試着室のカーテンを開ける。

 これまで身に着けていたレザーアーマーに比べて随分と軽い。


「よくお似合いですよ、サイズは問題ありませんか?」


 そう言われて鎧の関節部分を触ってみる。動きが阻害されることはなく、だぼつくようなこともない。


「特に問題ないですね」


「なるほど、ではそちらは脱いでいただき次はこちらのタイプのミスリル鎧をお願いします」


「えっ?」


 問題ないと答えたのでこれで終わると思っていたが、サロメさんはそう告げる。


「デザインとか身体を守る範囲の広さにも違いがありますから。最適な防具を選ぶには全部試着していただかないと」


 いつの間にか、試着室の前には両手で数えきれないほどの鎧が運び込まれていた。


「防具が終わったら武器もですね。お任せ下さい。ティムさんにピッタリな最高品質の武器を用意させますから」


 彼女のやる気に満ちた顔を見ると俺は何も言えなくなるのだった。




「ふぅ、これでひとまずティムさんの装備は完璧ですね」


 右腕そでで額の汗を拭って満足そうに笑う。


「…………ありがとうございます」


 俺はサロメさんにお礼を言う。

 あれから武器に関して『杖との持ち替えが面倒ですよね』とアドバイスをされた。


 結果としてマジックダガーを店で買った時と同じ値段で下取り交渉してもらい、杖と剣両方の役割をこなせるショートソードを別に用意してもらった。


「それにしても随分と見違えて……随分格好よくなりましたよ?」


 剣に鎧とマントまで。装備だけなら冒険者ギルドにいる高ランクにも負けていない。

 サロメさんは満足そうに頷いていた。


『お支払いは金貨250枚になります』


「はっ? えっ? ちょっと?」


 あまりにも飛びぬけた金額を聞かされ焦る。


「そんな金ないですよ!?」


 希少金属の鎧にダンジョンドロップのショートソードなので高くなるとは思っていたが、まさかそこまでするとは思っていなかった。


「一応ギルドマスターからは金貨500枚までの貸し付けはOKだと言われています」


「ごひゃ……」


 あまりの金額に言葉を失う。


「いや、そんな高額な装備じゃなくてもこれまでやってこれたし……」


 選んでもらって申し訳ないが断りの言葉を口にしようとすると、


「ギルドマスターからはティムさんが死なないように万全の装備を選ぶように言われています。この意味がわかりますか?」


 サロメさんは真剣な表情で俺を見てきた。


「冒険者ギルドはそれだけ今のあなたに期待をしているということです」


 金貨500枚を貸し付けるあたりから本気なのが伝わってくる。


「もちろん、ティムさん次第ですがこれまで持ち帰った買い取り品から考えても決して無理な金額ではないかと思います」


 サロメさんは月々の支払金額に関して丁寧に説明をしてくれる。確かに話を聞く限り問題なく支払えそうな上、もし怪我などで長期間収入がなくなった場合でも相談してもらえれば対応できるらしい。


 金を溜めて将来はこのくらいの武器防具を買っていたと考えると、先に装備を手に入れられるこの提案は決して悪いものではない。

 効率的に安全に狩りをするなら装備の質はどうしたって無視できないからだ。


「いかがなさいますか?」


 そう問いかけるサロメさんに俺は……。


「よろしくお願いします」


 頭を下げて頼むのだった。

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